びんの悪魔 / 2023

yamatsuka

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第二十四章

第二話

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あれは、ゴールデンウィークが始まる少し前だったかな。たぶんそうだったと思う。少し暑かったから。

 私はその日、放課後、それまでしていたように英語の教科書を持って、職員室に向かったの。三國のもとにね。私と三國は、三年になるまでは、ほとんど話したこともなかったけど、今年は受験の年だし、そのために、勉強もそうだけど、進路の相談もすることが増えていた。

 ……それで、その日は確か、お母さんと喧嘩をした後の日だった、と思う。私が英語の質問を終えた後、――私は別に何も言わなかったけど、たぶん、今まで話した内容から推測して、三國は私がお母さんとのことで悩んでいるのを見て取ったのらしいのね。

 まあ隠すつもりもなかったけどね。でも、見破られたのは驚いた。それでね、ちょっとそのことを聞かれて一言二言、言葉を交わした後、三國がここじゃまずいからって、私たちは別の教室に移動した……どう、ついてこれてる?

 鬼平は頷く。

 そう。よかった。でね、そこで、私は初めて、三國に、しっかりと自分の境遇のこと話したわけ。私の両親が中学の時に離婚して、お父さんと離れ離れになって、それから……それからしばらく私が不登校になったこととかをね。

 その後、色々あって回復して、学校に行けるようになったこととかも。三國は、私の話を黙って聞いてくれた。それだけじゃなくて、話が終わった後は励ましてくれて、褒めてくれた。よく頑張ったねって。一人で大変だったね、とか。今考えれば、別に特別でもなんでもない言葉を投げかけてくれた。

 でね、私は、その時何ていうか、すごく言いにくいんだけど。とても不安定だったのね? だからそういうことを年上の男の人に初めて言われて……ああ、なんであんなこと思ったんだろ。

 あのね、三國のこと、すごく大人で、余裕があって気が利けるいい先生みたいだなって思った。だから、その、いいなって思っちゃったんだよ。今から考えたら馬鹿だなって思うんだけど。

 鬼平は自分に呆れるように笑う智香に見つめられたが、どうすればいいかわからなかった。智香は続けた。

 それで、三國の奴も私の気持ちを感じ取ったんだろうね。これはイケるって思ったんじゃない? 気づけば、あいつは私の肩をつかんでいて、私の髪を撫でて、胸に手を置こうとして……ああ、ダメ。やっぱり、続きは話せない。

 智香は呼吸を整えると言った。

 あのね、要するにさっきの映像みたいなことをされたの。で、私は何が起きたのか全然わからなかった。あんなに、もしそういうことされたらぶん殴ってやるって考えていたのに、いざとなると、びっくりして、身体が凍り付いたみたいに動かなかったの。

 でも、たぶん、ううん、運が良かったんだね。私が驚いて上げた膝が、ちょうどあいつの股間に当たって、あいつは悶えた。

 気付けば、あいつは、私の下でうずくまってた。何が起きたのかわからなかったけど、それで逃げるチャンスが生まれたわけ。そこでやっと、身体が動くことに気付いた私は、逃げることができたの。もう三國には近づかないって思いながら、必死に、動いたばかりのそのガクガクの脚で、走って逃げたの。

 智香は遠い目をしながら、自分の腰に手を当てて、もう片方の手で髪を触った。

 もしそれで終わりなら、どれだけよかっただろうって思う。あの時のことがなかったら、私が三國の誘いに乗って人気のない教室に二人きりにならなければ、私の家族のことを話さなければって。そんなことを思わない日はなかった。

 でも本当に大変だったのは、この後だったんだよね。私の最大の不幸はたぶん三國のことを信用してしまったことだと思う。あいつは自分のしたことを忘れてなかった。私にしたことをばらされることを恐れた。だから、脅迫してきたの。もし誰かに話したら、自殺するってね。証拠も何もない私に向かって言ってきた。

 智香はレコーダーに手を触れ、流し目でそれを見ていた。その手が震えているのを、鬼平は見ていた。

 まあそんなことを言い出したのも、少しはわかる気がする。だって、私にバラされたら破滅だものね。でも、あいつの犯行は未遂だったし、私には証拠が何もなかったから、私はこのことを誰にも……話せなかったのね。それに何よりあいつは最初、情けない顔で、反省しているみたいに言ってきたから。

 その時は、私にも落ち度があるって思ってたし、だからお互い間違いを認めて、それで終わりにしようって思ってた。まあそれでも、私は自分に起きたこととか、もしかしたら起こっていたことを考えると、もやもやして、何度か吐いたりもしたこともあった……。

 でも、最後の部分までは奪われなかったのは、不幸中の幸いなのかもって、次第に思うようになった。おかげで、私はまだ、私でいられたから。それはね、私を失うってところまではいかなかった。

 最初、私は告発するつもりなんてなかった。だって、できそうもなかったし。さっき言ったとおり、証拠も何もないしね。だから、全部自分のせいだって思ってた。私が信用したのが悪い。二人きりになったのが悪い。だからもう三國とは関わらない。私はずっとそう考えたし、考えを変えるつもりはなかった。

 でもいきなり自殺するって言われて、私は頭が真っ白になったし、その後話し合おうと思っても、あいつは別人みたいに私の話すら聞こうとしなくなってた。

 智香はレコーダーから顔を上げ鬼平に向かって笑いかけた。

 
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