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第十七章
第二話
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「……ま、別にいいけどね」
智香は、急に熱が醒めたようにびんを鬼平に返した。鬼平はほっとしたと同時に肩を落とした。
「ね、願いごと、ない?」
「え?」
智香は首を傾げ、退屈そうに鬼平を見た。それは、まだその冗談続いているの? と言いたげだった。だが鬼平は真剣に智香を見つめている。智香は気まずくなった。仕方なく、智香は、自分の爪先を見ながら願いを絞り出す。
「そうだなあ……、喉渇いたかな? ずっとここにいたし、たくさん歩いて汗かいたし。冷たい飲み物が欲しいかも。お茶とか」
智香の願いを聞いて、鬼平は小刻みに頷くと、びんを持って額につけた。そのまま願いを言ったのだが、それは智香には、ぶつぶつと何やら怪しげな呪文を唱えているようにしか見えなかった。
「こ、これでオーケー。あ、あ、あとは、待つだけ」
「そうね。まあ気楽に待つことにする。さ、もう帰らなくちゃ。遅くなっちゃう」
智香はスカートを払って、葉がついていないか確認し、髪を整えた。その間、鬼平はベンチに近づいて、――何をするつもりなのか智香が眺めていると、びんをその上に置いた。
「何してるの? それどうする気?」
智香に聞かれてもしばらく、鬼平はその場に固まり、びんを見ていた。智香は、また鬼平が喋らなくなったのではないかと不安に思った。
「……見せる。びんが戻ってくるところ」
「そう」
智香はもうびんに興味はなかった。――飲み物を要求した時、例えば、それが鬼平のポケットから出てきたら、もっと鬼平のことを見直していたかもしれない。
「本当にいいの? あれ、「びんの悪魔」なんでしょ?」
ベンチから離れて、びんが遠くに見えて初めて、智香は半ばからかうように言った。鬼平は落ち着かなくなって、髪をかきながら、頷いていた。
「ま、別にいいけどね」
智香は、鬼平に対してちょっとばかし、失望しながら早足で林を抜けた。後ろから鬼平がついてきて、その内、びんはおろか、ベンチまで林に隠れて見えなくなった。公園を出る間、二人に会話はなかった。智香と鬼平は、クッションのように柔らかい落ち葉を踏みしめて、道を行くと、ボロボロの看板のところまで戻ってきた。
そこまで来ると、振り返って鬼平に声をかけた。
「じゃあね。あのさ、私が泣いてたのは、内緒にしてよ?」
別れを告げたつもりだったが、鬼平には伝わっていないのではないかと思うくらいに、彼は、そわそわと落ち着きがなかった。智香はしかし、もう家に帰ってやらなければならないこともあるし、これ以上用もないのに鬼平と一緒にいるつもりはなかった。智香が帰ろうと足を踏み出したその時、道路の向こうから声がした。
「……あ~、その件については、明日にならないとわからないんですよねえ。申し訳ない。ええ、ええ」
白い車が止まっていた。横に立っている白いワイシャツの中年の男性が、電話をしながら自販機のボタンを押していた。男は、電話の向こうの相手に向かって頭を下げた。もう一度ボタンを押したと思ったら、男はばねに弾かれたみたいに跳ね上がった。
「え!? 今からですか? 今からはちょっと……」
そう言って男は腕時計を見やって、苦笑いを浮かべ、腰に手を当てて天を仰いだ。
「しかし、ええ、ええ、あー、そうなんですか? ええ、はい! はい! ……わかりました。今向かいます! はい! はい! では……、ちくしょう、あの野郎、いつもこうだ……」
男はスマホを乱暴にポケットにしまうと、自販機に手を伸ばして、ペットボトルを掴み白い車に乗って、乱暴にドアを閉めた。そして、車体が揺れているうちにエンジンをかけると、そのままどこかへ去ってしまった。
一部始終を見ていた智香は、鬼平に振り返って、肩をすくめた。鬼平は智香の横を通り過ぎ、自販機までたどり着くと、手を伸ばし、そこからペットボトルを引き出した。
智香は戸惑いながらその様子を見つめた。それから鬼平によって差し出されたそのペットボトルのラベルを見て、目を見開いた。
「飲み物……お茶……」
微かに鳥肌が立っていた。それを抑えられないまま、お茶を手に取った。冷たかった。
「でも、こんなの偶然でしょ? よくあるとは言えないけど、たまにはあるよね?」
智香の声は震えていた。彼女はペットボトルから顔を上げた。すると鬼平は腕をあげて、もう片方の手に持っていた物を智香に見せた。それは「びんの悪魔」だった。
智香は、急に熱が醒めたようにびんを鬼平に返した。鬼平はほっとしたと同時に肩を落とした。
「ね、願いごと、ない?」
「え?」
智香は首を傾げ、退屈そうに鬼平を見た。それは、まだその冗談続いているの? と言いたげだった。だが鬼平は真剣に智香を見つめている。智香は気まずくなった。仕方なく、智香は、自分の爪先を見ながら願いを絞り出す。
「そうだなあ……、喉渇いたかな? ずっとここにいたし、たくさん歩いて汗かいたし。冷たい飲み物が欲しいかも。お茶とか」
智香の願いを聞いて、鬼平は小刻みに頷くと、びんを持って額につけた。そのまま願いを言ったのだが、それは智香には、ぶつぶつと何やら怪しげな呪文を唱えているようにしか見えなかった。
「こ、これでオーケー。あ、あ、あとは、待つだけ」
「そうね。まあ気楽に待つことにする。さ、もう帰らなくちゃ。遅くなっちゃう」
智香はスカートを払って、葉がついていないか確認し、髪を整えた。その間、鬼平はベンチに近づいて、――何をするつもりなのか智香が眺めていると、びんをその上に置いた。
「何してるの? それどうする気?」
智香に聞かれてもしばらく、鬼平はその場に固まり、びんを見ていた。智香は、また鬼平が喋らなくなったのではないかと不安に思った。
「……見せる。びんが戻ってくるところ」
「そう」
智香はもうびんに興味はなかった。――飲み物を要求した時、例えば、それが鬼平のポケットから出てきたら、もっと鬼平のことを見直していたかもしれない。
「本当にいいの? あれ、「びんの悪魔」なんでしょ?」
ベンチから離れて、びんが遠くに見えて初めて、智香は半ばからかうように言った。鬼平は落ち着かなくなって、髪をかきながら、頷いていた。
「ま、別にいいけどね」
智香は、鬼平に対してちょっとばかし、失望しながら早足で林を抜けた。後ろから鬼平がついてきて、その内、びんはおろか、ベンチまで林に隠れて見えなくなった。公園を出る間、二人に会話はなかった。智香と鬼平は、クッションのように柔らかい落ち葉を踏みしめて、道を行くと、ボロボロの看板のところまで戻ってきた。
そこまで来ると、振り返って鬼平に声をかけた。
「じゃあね。あのさ、私が泣いてたのは、内緒にしてよ?」
別れを告げたつもりだったが、鬼平には伝わっていないのではないかと思うくらいに、彼は、そわそわと落ち着きがなかった。智香はしかし、もう家に帰ってやらなければならないこともあるし、これ以上用もないのに鬼平と一緒にいるつもりはなかった。智香が帰ろうと足を踏み出したその時、道路の向こうから声がした。
「……あ~、その件については、明日にならないとわからないんですよねえ。申し訳ない。ええ、ええ」
白い車が止まっていた。横に立っている白いワイシャツの中年の男性が、電話をしながら自販機のボタンを押していた。男は、電話の向こうの相手に向かって頭を下げた。もう一度ボタンを押したと思ったら、男はばねに弾かれたみたいに跳ね上がった。
「え!? 今からですか? 今からはちょっと……」
そう言って男は腕時計を見やって、苦笑いを浮かべ、腰に手を当てて天を仰いだ。
「しかし、ええ、ええ、あー、そうなんですか? ええ、はい! はい! ……わかりました。今向かいます! はい! はい! では……、ちくしょう、あの野郎、いつもこうだ……」
男はスマホを乱暴にポケットにしまうと、自販機に手を伸ばして、ペットボトルを掴み白い車に乗って、乱暴にドアを閉めた。そして、車体が揺れているうちにエンジンをかけると、そのままどこかへ去ってしまった。
一部始終を見ていた智香は、鬼平に振り返って、肩をすくめた。鬼平は智香の横を通り過ぎ、自販機までたどり着くと、手を伸ばし、そこからペットボトルを引き出した。
智香は戸惑いながらその様子を見つめた。それから鬼平によって差し出されたそのペットボトルのラベルを見て、目を見開いた。
「飲み物……お茶……」
微かに鳥肌が立っていた。それを抑えられないまま、お茶を手に取った。冷たかった。
「でも、こんなの偶然でしょ? よくあるとは言えないけど、たまにはあるよね?」
智香の声は震えていた。彼女はペットボトルから顔を上げた。すると鬼平は腕をあげて、もう片方の手に持っていた物を智香に見せた。それは「びんの悪魔」だった。
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