びんの悪魔 / 2023

yamatsuka

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第十八章

第一話

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「……それで? どういうつもり?」

 智香はペットボトルを強く握りしめ、鬼平を見据えた。鬼平は、意味がわからず目を丸くする。

「これは何? 手品のつもり? 私をからかおうっての?」

 智香は鬼平を疑わしそうに見つめた。その視線に怒りを感じ、鬼平は戸惑った。鬼平は自分に悪意がないことを見せるために首を横に振る。だが智香はまだ信じられない。

「わかった。そのびん、二つあるんでしょ? それで、まず私に、びんを見せておいてベンチに置いたと見せつける。もう一つは、どこかへ隠し持っている。それでここに来たらこれ見よがしに私に見せる。どう? 飲み物は……偶然。そう偶然。お茶なんてみんな飲むしね。あの人が買わなかったら、あなたが買えばいい。そう、絶対そう」

 鬼平は気まずそうに智香を見ていた。智香は動揺しながら、なんとか理性を保とうとしていた。

「当たりでしょ? ま、なかなか面白いけど、トリックがわかると、けっこう単純……え?何?」

 鬼平は智香に向けてびんを差し出した。智香の視界が、びんの表面で埋まった。

「も、持ってて。すぐ、戻る」

「え?」

 理由を聞いている暇もなかった。びんが押し付けられ、そこから智香が顔を上げた時には鬼平はすでに走り出していた。あっという間に遠ざかり、鬼平のぼさぼさの髪がさらに乱れながら後ろになびいているのが見えた。

「ちょっと! どういうつもり?」

 智香が叫ぶのを聞きながらも鬼平は振り返らなかった。智香の声など聞こえないかのように走っていく。智香は、すぐに鬼平が戻ってくることを期待して鬼平の姿を追っていたが、その期待も虚しく、やがて彼は住宅地の奥に消えてしまった。

「もう! どういうこと⁉ 何考えてるのか全然わからないんだけど!」

 智香は憤慨して、言われたことを無視して帰りたくなった。だが、今はびんを持っていて、「戻る」と鬼平も言っていたために、帰りづらかった。

 それで智香は仕方なく、ため息をついた後、びんを眺めた。びんは雪のように白く、表面はなめらかで、傷一つないくらいに綺麗だった。でも、それだけだ。別にさっきと姿が変わった様子もないし、変わったとしても気付かないほど、装飾や他に特徴と言える部分はなかった。ただ、それを見ていると妙に心の奥がざわざわとした。

 さっき、あの変なことを見せられてからというせいなのか、それとも「びんの悪魔」という先入観のせいなのかわからないが、智香にはそれが現実の物体のようには思えなくなっていた。

「……ねえ、本当にあなたは、『びんの悪魔』?」

 びんに誘惑されるように、智香が語りかけた時だった。彼女はもうびんを持っていなかった。何が起きたのかわからなかった。落としたのかと思い、下を見て、周りを見た。雑草の脇に落ちて隠れてしまわなかったか探した。どこにもなかった。びんは跡形もなく消え去ってしまった!

「どういうこと? 幻でも見てたって言うの?」

 智香はひとしきり周囲を探した後、呆然として呟いた。それから文句を言おうにも、鬼平の姿が見えないことがわかって、頭を抱えた。

「もう嫌、なんでこんなことばっかり……」

 智香はうんざりしていた。「びんの悪魔」なんてどうでもいい。それよりも、失ってしまった日常の方が大事だった。そのためにどんなことだってしたいと思っているのに、こんな、――持っててと言われたものを失くしてしまったというだけで、自分が無力な気がしてくる。あるのは鬼平を、誰かを待っている時間だけ。……それでも何もしていないと思う時間よりましだったのかもしれないが。

「ちょっと! どういうつもり?」

 返ってきた鬼平の姿を見るなり、智香は以前と同じ言葉を繰り返した。鬼平は息を整えながら手に持っている白いびんを掲げた。

「ほ、本物でしょ? 消えて、こっちに来た」

 無邪気に興奮して息を弾ませている鬼平を見て、智香は呆れて苦笑いをした。

「あのねえ、それだって、どうせ林の中、とかから取ってきたんでしょ?」

 鬼平はそれを聞くと、がっかりした様子を見せた。彼にはもうこれ以上引く場所も言葉もないようだった。

「でも、消えたでしょ? ……びん」

「……失くしたの。手が滑って、茂みに落としちゃった。取れそうもないところにね」

 智香は苦し紛れに言ったが、その途端鬼平があまりにも悲しそうにしているのを見て、悪いことを言ってしまったと気付いた。智香は首を振ると、自分の強情さを認め、白状することにした。

「嘘。そう、消えたよ? でもどうやったの? まさか糸がついてた……ってわけでもないでしょ?」

「そ、それは、本物、だから……」

「……本物だから、お金のやり取りなしで、手放せないって? だから消えたって?」

 鬼平は顔を明るくして、何度も頷いた。が、智香の方は芳しくなかった。智香はまた、ため息をつき、腰に手を当てた。

「それで? そこまでしてそのびんが本物だって証明して、どうしたいわけ? ひょっとして、要らなくなったから私に売ろうっていうの?」

 “売る”という単語が聞こえると鬼平は勢いよく首を振った。

「じゃあ、なんで?」

 智香は鬼平の回りくどいやり方と口調にいら立って、声を荒げた。鬼平はそれでもまだもじもじしていた。彼の中では発せられそうな言葉がいくつも暴れて、その口に突撃しては、弾かれていった。彼はその中から、自分でも言えて、端的に伝えられる言葉を選んだ。

「ね、願いを言って」

「え?」

 
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