19 / 62
第十一章
第一話
しおりを挟む
「ああっ! もう!」
鬼平は自分が落としたばかりの、土が被さって、枯草にまみれた、口が結ばれたビニール袋をトングでもう一度持ち上げた。中には何かが入っているようだが、別に見たくもなかった。そのまま持っているゴミ袋に投げ入れる。
“掃除”とは便利な言葉だと思った。ゴミ拾いも掃除、箒で落ち葉を集めるのも、玄関の砂利をどかすのも掃除、窓を拭くのも掃除、厄介な生徒の言うことを聞かせるのも、“掃除”……。
鬼平は最後に思いついた皮肉に笑った。なんだ、自分も“掃除”させられていたのだ……。そして額の汗を拭うと、周囲にゴミがないか目を光らせた。
「源はたいした奴だ。社会のゴミをこうやって再利用しているんだから」
鬼平は自分の口から出たあまりにも辛辣な言葉に自分で驚いたが、もう取り返しがつかなかった。自分の言葉に自分で傷つきながら、ゴミ拾いを続けた。利用されているのをわかっていながら、なぜかやめようとは思わなかった。それが不思議だった。自分でも知らなかったが、ゴミ拾いはそこまで嫌いではないのかもしれない、と思った。
鬼平は丸められたティッシュを見つけ、トングで掴み袋に入れた。
「ごくろうさん。ちゃんと言ったとおりにゴミを集めてくれたようだね。ありがとう」
溜まったゴミを捨てようとゴミ捨て場で作業をしていると、後ろから足音がして、源に声をかけられた。鬼平は先生に向かって頭を下げる。最初にここで道具を受け取ってから時間が経ち、もう日もだいぶ傾いていた。
「本当に申し訳ない。ちょっと作業が長引いて」
源はそう言って、手のひらを鬼平に向けた。鬼平は先生が何をしようとしているのかわからなかった。ぼーっとしてその様子を髪の隙間から眺めていると、先生はトングに手を伸ばし、鬼平は慌てて渡した。先生は鬼平の道具を受け取り、手際よく片付けていく。
正直、いつまで経っても源が来なかったし、裏切られた気がして、もう背中も痛み出していたので帰ろうとしていたのだが……。まあいい、と鬼平は思い直した。
「今日はもうこれで終わりにしよう。悪いことをしたね。ごくろうさま」
心の中で何度も罵倒していた源からねぎらいの言葉をもらい、鬼平は混乱していた。まだ、源に対しての反抗心が消えてはいなかったが、それをわざわざ表現しようとも思わなかった。
次の日、前日の失態を反省した先生が思いついたのは、鬼平と源が一緒に掃除する、という、鬼平にとってなんともはた迷惑なアイデアだった。しかもそれは校舎内外問わずで、鬼平がゴミを捨てる時以外、一時も先生から自由になる時間がない、という徹底ぶりだった。
これにはさすがに鬼平もうんざりした。こんなことなら、昨日の方がはるかにましだったと、思った。昨日の帰り際の屈託のない笑顔を見て、源先生っていい人なのかも、と思った自分を恨んだ。想定通り悪い先生の方が楽だった。それならサボっても罪悪感など生まれようがない。
「そっちの床を、これで拭いてくれ」
源が鬼平に雑巾を渡す。鬼平は雑巾を受け取り、間の抜けた顔で床を拭く。その顔が白い廊下に反射して、薄っすら見えた。――情けない顔。鬼平は自分の顔を見てそう思った。――これじゃ、誰かの言いなりになって当然だ。
二人は今、なぜか、源が担任する教室の掃除をしていた。掃除は、すでにこのクラスの生徒がしているはずなのに、どうして自分がこんなことを、と鬼平は床を磨きながら思う。
だがそれは汚れを擦って落としている間に、どうでもよくなった。その後雑巾を絞っている時には、自分よりも、なぜ源がここの掃除をしているんだろう、という疑問の方が大きくなっていた。業者も入っているし、別にそこの担任が掃除しなければならないルールなんてないはずのだ。
と言っても……鬼平は昨日見た校舎周りの空き缶やビニール袋などを思い出し、今擦っている床の汚れを見た。まあ仕事はあるようだが。鬼平はもう一度床を擦った。
鬼平は自分が落としたばかりの、土が被さって、枯草にまみれた、口が結ばれたビニール袋をトングでもう一度持ち上げた。中には何かが入っているようだが、別に見たくもなかった。そのまま持っているゴミ袋に投げ入れる。
“掃除”とは便利な言葉だと思った。ゴミ拾いも掃除、箒で落ち葉を集めるのも、玄関の砂利をどかすのも掃除、窓を拭くのも掃除、厄介な生徒の言うことを聞かせるのも、“掃除”……。
鬼平は最後に思いついた皮肉に笑った。なんだ、自分も“掃除”させられていたのだ……。そして額の汗を拭うと、周囲にゴミがないか目を光らせた。
「源はたいした奴だ。社会のゴミをこうやって再利用しているんだから」
鬼平は自分の口から出たあまりにも辛辣な言葉に自分で驚いたが、もう取り返しがつかなかった。自分の言葉に自分で傷つきながら、ゴミ拾いを続けた。利用されているのをわかっていながら、なぜかやめようとは思わなかった。それが不思議だった。自分でも知らなかったが、ゴミ拾いはそこまで嫌いではないのかもしれない、と思った。
鬼平は丸められたティッシュを見つけ、トングで掴み袋に入れた。
「ごくろうさん。ちゃんと言ったとおりにゴミを集めてくれたようだね。ありがとう」
溜まったゴミを捨てようとゴミ捨て場で作業をしていると、後ろから足音がして、源に声をかけられた。鬼平は先生に向かって頭を下げる。最初にここで道具を受け取ってから時間が経ち、もう日もだいぶ傾いていた。
「本当に申し訳ない。ちょっと作業が長引いて」
源はそう言って、手のひらを鬼平に向けた。鬼平は先生が何をしようとしているのかわからなかった。ぼーっとしてその様子を髪の隙間から眺めていると、先生はトングに手を伸ばし、鬼平は慌てて渡した。先生は鬼平の道具を受け取り、手際よく片付けていく。
正直、いつまで経っても源が来なかったし、裏切られた気がして、もう背中も痛み出していたので帰ろうとしていたのだが……。まあいい、と鬼平は思い直した。
「今日はもうこれで終わりにしよう。悪いことをしたね。ごくろうさま」
心の中で何度も罵倒していた源からねぎらいの言葉をもらい、鬼平は混乱していた。まだ、源に対しての反抗心が消えてはいなかったが、それをわざわざ表現しようとも思わなかった。
次の日、前日の失態を反省した先生が思いついたのは、鬼平と源が一緒に掃除する、という、鬼平にとってなんともはた迷惑なアイデアだった。しかもそれは校舎内外問わずで、鬼平がゴミを捨てる時以外、一時も先生から自由になる時間がない、という徹底ぶりだった。
これにはさすがに鬼平もうんざりした。こんなことなら、昨日の方がはるかにましだったと、思った。昨日の帰り際の屈託のない笑顔を見て、源先生っていい人なのかも、と思った自分を恨んだ。想定通り悪い先生の方が楽だった。それならサボっても罪悪感など生まれようがない。
「そっちの床を、これで拭いてくれ」
源が鬼平に雑巾を渡す。鬼平は雑巾を受け取り、間の抜けた顔で床を拭く。その顔が白い廊下に反射して、薄っすら見えた。――情けない顔。鬼平は自分の顔を見てそう思った。――これじゃ、誰かの言いなりになって当然だ。
二人は今、なぜか、源が担任する教室の掃除をしていた。掃除は、すでにこのクラスの生徒がしているはずなのに、どうして自分がこんなことを、と鬼平は床を磨きながら思う。
だがそれは汚れを擦って落としている間に、どうでもよくなった。その後雑巾を絞っている時には、自分よりも、なぜ源がここの掃除をしているんだろう、という疑問の方が大きくなっていた。業者も入っているし、別にそこの担任が掃除しなければならないルールなんてないはずのだ。
と言っても……鬼平は昨日見た校舎周りの空き缶やビニール袋などを思い出し、今擦っている床の汚れを見た。まあ仕事はあるようだが。鬼平はもう一度床を擦った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

消失病 ~キミが消えたあの夏の日~
上村夏樹
青春
※第11回ドリーム小説大賞 特別賞受賞
記憶と体が消失していき、最後にはこの世から消えていなくなる奇病。それが『消失病』だ。
高校生の蓮は姉を事故で亡くす。悲しみに暮れる蓮だったが、地元の海で溺れかける少女を助ける。彼女の名前はサキ。彼女の手は透明で透けている。サキは消失病に侵されていた(Side-A)。
サキとのサーフィン交流を経て、前を向いていく元気をもらった蓮。
そんな彼の『たった一つの秘密』が、幼なじみの美波の恋心をキリキリと締めつける(Side-B)。
人が簡単に消える優しくない世界で起きる、少しだけ優しい物語。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
彼と彼女の365日
如月ゆう
青春
※諸事情により二月いっぱいまで不定期更新です。
幼馴染みの同級生二人は、今日も今日とて一緒に過ごします。
これはそんな彼らの一年をえがいた、365日――毎日続く物語。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

人生の分岐点です。どうしますか?~ラッコのアーヤとカモメのニーナ~
蝦夷縞りす
青春
絵本作家を夢見る彩絵は進学を控えた中学三年生。幼馴染の高校生・大樹に心配されながらも、三者面談が間近に迫るある日のこと。彩絵は町を訪れた絵描きのニーナと出会ったのでした。
一方、喫茶店『マダムの庭』を営むミツとの約束を果たすために来日していたニーナですが、もうひとつ明かせずにいる理由があったのです。
彩絵とニーナ、大樹。彩絵と家族。そしてニーナとミツ。それぞれの関係が変化し、それぞれが選び取った選択は?
彩絵の成長を通して描く人間模様。笑いあり涙あり、になっているといいな。
※自身が書いた芝居用の台本を小説に書き起こしたものです。
拝啓、お姉さまへ
一華
青春
この春再婚したお母さんによって出来た、新しい家族
いつもにこにこのオトウサン
驚くくらいキレイなお姉さんの志奈さん
志奈さんは、突然妹になった私を本当に可愛がってくれるんだけど
私「柚鈴」は、一般的平均的なんです。
そんなに可愛がられるのは、想定外なんですが…?
「再婚」には正直戸惑い気味の私は
寮付きの高校に進学して
家族とは距離を置き、ゆっくり気持ちを整理するつもりだった。
なのに姉になる志奈さんはとっても「姉妹」したがる人で…
入学した高校は、都内屈指の進学校だけど、歴史ある女子校だからか
おかしな風習があった。
それは助言者制度。以前は姉妹制度と呼ばれていたそうで、上級生と下級生が一対一の関係での指導制度。
学園側に認められた助言者が、メンティと呼ばれる相手をペアを組む、柚鈴にとっては馴染みのない話。
そもそも義姉になる志奈さんは、そこの卒業生で
しかもなにやら有名人…?
どうやら想像していた高校生活とは少し違うものになりそうで、先々が思いやられるのだけど…
そんなこんなで、不器用な女の子が、毎日を自分なりに一生懸命過ごすお話しです
11月下旬より、小説家になろう、の方でも更新開始予定です
アルファポリスでの方が先行更新になります

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる