びんの悪魔 / 2023

yamatsuka

文字の大きさ
上 下
5 / 62
第二章

第二話

しおりを挟む
――鈴本智香が初めて鬼平柊を知ったのは(彼の存在を認識したのは)、その数日後のことだった。
 突然の土砂降りだった。その日傘がいるという情報はなく、多くの人がこの予報に裏切られた。智香はまさに、たくさんの犠牲者の一人になるところだった。

 雨が一粒、彼女の頬を伝った時、智香は外を歩いていた。考え事をして歩いていた智香が、驚いて空を見上げると、真っ黒な雨雲が一面に立ちこめていた。それからバケツをひっくり返したような雨になるまでは、あっという間だった。運が悪いことにそこはちょうど、雨宿りができるような軒下がなかった。すぐに雨宿りができる場所を探して、智香は走った。

 走り出すとすぐに、向こうに交差点が見えた。車の通りは途切れない。信号は青だ。赤になる前に走って渡らないといけない。でなければ、この雨の中ずぶ濡れになるまで何もせず待つことになる。そこを渡れば、どこかに雨宿りができる場所がありそうだった。

 その時の智香には、それしか頭になかった。刻一刻とどうしようもなく濡れていく髪と、ブレザーに、重くなっていく靴下、教科書の入ったバック、眠気に打ち勝って書きとめたノートの数々を、開くたびに波打ってベコベコと鳴るような、ひねくれものに変えないように思考と、身体を、雨音が彼女を覆い隠してしまう中、必死に動かして……。

 だから智香は最初、誰かに突き飛ばされたのだと思った。突然、身体に衝撃が走った時は、地面に転がって泥まみれになることを予感した。だがとっさに目をつぶり、開けた時には自分は何事もなく立っていて、同じ学校の制服を着た生徒が、――乱暴な足音と共に、降りしきる雨の向こうに駆けていくのが見えた。

 智香は呆然として、その男子生徒の後ろ姿を見ていた。彼の髪は長く、女性のように見えた。制服はその人物が男であると暗に示していたが、確信はできなかった。それを知ったのはもっと後だった。彼は、智香に黒い折り畳み傘を押し付け、信号の向こうへと消えた。

 智香はそこでようやく我に返り、すぐに自分の身体に何も異常がないこと、荷物が何もなくなっていないことを確認した。最後に地面に転がったその折り畳み傘を拾い、傘を開いた。

 ――智香は上半身を起こした。保健室のベッドが軋み、音を立てた。カーテンの向こうの福田先生がいち早くそれに気づく。

「もう、大丈夫そう?」

 さりげなく、福田先生が聞いた。

「うん。先生、ありがと」

 智香は髪を整え、クリーム色の床に散らばった靴を履く。眠っていたわけではない。鏡を見る必要はなかった。ベッドから離れると、優しく笑っている福田先生が現れた。

「またいつでも来ていいからね」

「そうする。じゃあ、また」

 智香は笑顔を返し、手を振る。先生が応え、智香はベッドを過ぎ、薬品や包帯の入った金属製の棚を過ぎ、本棚の横を通り過ぎる。それから廊下を歩いた。あの時、鬼平柊がぶつかってきた時の衝撃を思い出しながら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

ラッキーノート

ブックリーマン
青春
不運が重なり浪人生となった主人公がある日、不思議な力を持つノートを手にする。猶予の1年で大学受験の勉強に恋に、そしてこの不思議なノートに悩まされる主人公の葛藤の日々がスタートします。みなさんも主人公を応援してあげてください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...