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第十七話⑥

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 僕は伝わるのか不安に思いながら声を出した。返事はなかった。聞こえなかったのだと思った。が、しばらくして声が聞こえた。

「君に話しておきたかった。俺が本当はどんな奴か」シュガーはなりふり構わずそう答えた。

「今でも、時々、嫌になるんだよ。自分のことが」シュガーの自虐的な笑いが響いた。

「野々宮くん。こんな話を知ってるか? 男は、女から改造されてできた生き物だって。XY染色体は、男は女性になりきれなかった生き物なんだって」

「何を言い出すんだよ、シュガー」

 突然のことで意味が分からなかった。シュガーの笑いが強くなった。

「ハチやアリは女王のために働く、カマキリはメスに食べられる。ライオンのメスは強いオスだけを選ぶ。オスは、メスを、種を生かすために、競争させられ、命をかけさせられているんだ。俺は、時々、自分がそういう運命なんじゃないかって思うんだ。苦しむために、全体の犠牲のために生まれてきたと」

「シュガー!」僕は強い不快感を覚え、叫んだ。それから言う。

「いい加減にしろよ、新しい陰謀論か?」シュガーは笑った。

「確かに、そうかもな。すまない、変なこと言って。ちょっと昔を思い出し過ぎた。だけど、言えて、スッキリしたよ。ありがとう……もう忘れてくれ」

 シュガーは後悔をにじませながら付け加えた。僕は何も答えなかった。

「もう、次の召喚には耐えられないだろう。心の準備はいいか?」

 シュガーが気を取り直し、廊下に洪水のように溢れそうになっている霊柩車を見ながら言った。僕は頷いたが、シュガーにそれが伝わったのかどうかまではわからなかった。

「帰ったら、今喋ったことは内緒だぞ」シュガーが言った。そしてすぐに、

「よし、行くぞ!」と、叫んだ。何をしたのかわからなかったが、どうやら連続で霊柩車を召喚したらしい。それを僕は後から知った。

その時の僕にはただ、目の前に閃光が走って、消えていく扉と、後ろにめり込む自分の姿だけが見えていた。耳に聞こえるのは霊柩車がぶつかり合ってできる爆発音のような音だけだった。シュガーが霊柩車に飲み込まれるのが一瞬見えた。そして、オブスキュラは落ちた。何も見えなくなった。

 突然現実に引き戻された気がした。君岡の家の床の感触、あいつが誰かと喋っている声、外から聞こえてくる車の音がした。深呼吸をすると、僕はオブスキュラを再起動させた。

 視界が戻って来る。ロールバックされ、再構成が始まった。そして……シュガーの試みは成功したようだった。すべてが再構成された時、僕は扉の中に入っていた。

 ここは、どこだろう。狭い部屋だった。真っ白な部屋の中に大きなベッドとその横のタンスがあるだけで、他には何もなかった。

「シュガー? 聞こえる?」

 心細くなって扉の向こうへ呼びかけてみた。だが、返事はなかった。扉も開かなかった。通話も繋がらない。

 それで諦めて、僕はその狭い部屋をぐるりと回った。変わったところなどどこにもないつまらない部屋だった。何か秘密の文書があるわけでも、変わった仕掛けが隠されているわけでもなさそうだった。そこはオブスキュラの中で最もつまらないワールドの一つだった。

「いったい、何だって言うんだよ」

 僕はわけがわからず、ベッドを蹴ろうとした。が、その瞬間、それが何を再現しているのかわかった。病室だ。よく見てみると、そこは病院の個室と瓜二つだった。

「だから何だよ」

 うんざりする。そんなことをわかって、どうなる? ワープして抜け出したくなった。が、一応何があるのか確かめておこうと思った。もう二度とここには来ないだろう。見落としがないようにしなければ。

 ベッドはアセットから直接持ってきたような普通のベッドだ。タンスも仕掛けなどありそうもない。中は空だった。それを閉じた後、もう探すところがなさそうなので、帰ろうと思った。

 だが、そこで病室を示すナンバー(そこは油性ペンで書きなぐったように消されていた)の下に、奇妙な文字が並んでいるのを発見した。

 パスワード? 数字と記号アルファベットの並びにそう思った。写真を撮り、ふと、それがきちんと写っているか怪しいと思い、一応、現実世界のスマホにも書いておいた。

 そうしてわけもわからないまま、ここを去っていいのかも戸惑いながら、シュガーの元にワープした。

「おおっ! 帰って来たか! あの後、強制的にこっちへ戻された。で、通話もできなくなって、どうしたかなと思ったんだよ。成功した?」

 シュガーが駆け寄った。僕は頷いた。

「何があった?」そうして、好奇心満々と言った感じで聞いてきた。

 だが、僕は、
「何も……ただ部屋があるだけだった。小さな、窓もなく、ベッドとタンスだけの、病室みたいな部屋が」と答えた。シュガーは訝しげに僕を見た。

「病室?」
「うん」
「なんで?」

「さあ」

 こっちが聞きたいと思いながらシュガーを見る。シュガーは、腕を組んで考え込み、その本当の意味を探り出そうとしていた。僕はそこでパスワードのような文字列を思い出し、彼にその画像を見せたが、それが役に立つことはなかった。

「何もわからないな。なんなんだこれ」投げ出すようにシュガーは言った。僕も頷く。

「まあ……なんだ、けど、とりあえず成功したのはよかった。無事に帰ってこられたみたいだし」

 シュガーはどこか恥ずかしそうに言った。僕も返事はしなかったが、それには同意していた。

「そうだ。さっき、君人くんが来たよ。君のことを探していたみたいだ。行ってみたら? 俺は、ちょっと友達と話し合ってみるから」

 シュガーが提案する。僕はそれに乗り、シュガーと別れた。ワープを使い、君人の元に行く。

「あっいたいた。どこに行ってたんだよ」君人が呆れたように言う。

「別に。なんでもないよ。一人か?」

 僕は君人の周囲を見ながら尋ねた。川辺に柳の木が植わっていて、水に向かって枝を垂らしていた。君人はその横のベンチに腰を下ろしていた。

「さっき別れたんだよ。ハンスさん達とさ」君人は遠くを見ながら答えた。

「へえ」君人の横に座る。
「用があるって聞いたけど」

「ああ」君人は何かを操作し、身体を固めた。僕のインベントリに何かの紙が追加された。

「これ、なんだよ」

「知らないよ。蝶野にさ、野々宮に渡してって頼まれたんだ。中身を見るなって言われた。何が書いてあるの?」

 君人は中身を知りたくてたまらなさそうだった。僕は黙ってそれを見た。……これは、IDだ。SNSの。どういうことだ? ――まさか。

「ねえ、なんだった?」君人はしつこく聞いてきた。僕は紙をしまい、

「デートに行こうってさ」と、ありもしない嘘をついた。


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