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第十七話⑤

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「これ、なに?」僕はなんだか気持ち悪くて、剣を落としそうになった。

「ちょっ、手放すなよ? 外すと解除される。忘れるな。これは、無限刃というグリッチだ」

「無限刃?」僕は顎を引いて剣の全容を見ようと試みた。

「そうだ。今、その剣は毎フレーム毎に刃の判定を出し続けている」

 僕は扉に近づいた。カツン、と氷が砕けるような音がして僕の身体は少しだけ後ろに吹っ飛んだ。

「何をするつもりだ?」僕は不可解な顔でシュガーを見上げた。

「今から説明する。その前に、この扉、妙だと思わないか? プロテクトは強固で、他の手段は通用しなかった。そのくせ、よく見ると隙間が空いている。まるで元々なかったのに、無理やり取り付けたような感じだ」

 僕は自分が見つけたその隙間を見た。

「だが突貫工事があだとなったな。これだけの隙間があれば十分だ。今から、バグを利用してこの扉を無理やり突破する」

 そう言うとシュガーは炎の剣を背中から抜き、廊下の先に切っ先を向けた。次の瞬間、金の派手な飾りのついた霊柩車を召喚させた。霊柩車は、登場した瞬間、廊下の幅いっぱいにはめ込まれ、ぶるぶると音を立てて震えた。

「何をする気?」

 僕はシュガーの思惑が読めず、首を傾げた。シュガーはニヤッとして、扉の横の出っ張りを指差した。

「そのうちわかる。ここがいいだろう。こっちに来て……そう、そこに立って。おーい、計算よろしく」

 僕が指定の位置に立つと、シュガーはまたモニターしている友達に向かって叫んだ。僕は刃が扉に当たらないように横を向いていた。

「何をする気だ?」そこで改めて聞いた。シュガーは僕の不安を読み取り、頭を撫でた。

「いいか。これから、そこの扉の出っ張りに刃を当てた時のノックバックを利用する。さっき、ここがロードされる順番を見ただろ。そこの扉が一番最後だった。つまり、オブスキュラの仕様上、消える時は、真っ先になくなるってことだ」

 僕は剣をくわえたまま、目だけ動かして扉を見た。つまり、つまりって、どういうことだ? シュガーが笑った。

「まだわからないって顔してるな。まあ、この手のバグを見たことないなら仕方ないか。いいか。これから俺たちはこのワールドを一旦落とす。処理落ちさせるんだ。すると、扉から順番にオブジェクトは消失していく。そして君はワールドが落ち、すべてが消え去る直前、その出っ張りに刃を当て、後ろに吹っ飛ぶんだ。飛んだ時、扉の後ろに行くような角度を向いてな。上手くいけば、再起動した時、君は向こう側にいるはずだ」

「本気で言ってる!? そんな繊細な動き、できるわけないだろ」

 未だ説明がのみ込めず、僕はシュガーを見た。シュガーは、さっきと同じ位置に新たに霊柩車を召喚したところだった。重なった車から少しだけずれ、二重になったサイドミラーを確認することができた。

「難しいことは、俺の友達がやってくれる。君はそこに立っていればいい」

「本当にそれで、向こうに行けるのか?」

「まあ、フィフティフィフティかな」

 シュガーが微笑んだ。ガシャン! 霊柩車が増える。

「でも、それじゃシュガーは? 向こうに行けないだろ」

「別にいいんだよ。誰かが入れば。画面を共有することもできるし、できなくても、君が見てくれればな。俺が入る必要なんてない」

 ガシャン! 霊柩車が同じところに入り切らずに、天井の方で溢れて、奇妙に痙攣していた。ほんの少し、世界が重くなったのを感じた。視点を回すと、引っかかるところが出てきた。

「ちっ、いっぱいか。少し場所を変えるか」

 シュガーは霊柩車の出現位置を調整し、僕たちがいる場所の近くまで移動させた。現れた霊柩車は威圧感を強め、まるでこっちを睨んでいるように見えた。

「ああ、思ったより頑丈だな。くそ、暇になったから、昔話でもしてやろうか。ある臆病な、情けない男の話だ」

 ガシャン! 霊柩車が跳ねた。

「え?」最後までよく聞こえなかったが、シュガーは続けた。

「そいつの家はそれまで、どこにでもある普通の家だった。学校に行って、帰ってくると母親がいて、夕食の準備をしている。夜になると、仕事を終え、疲れ切った父親が帰ってきて家族全員で食卓に顔を合わせて夕飯を食べるんだ。普通だろ? だが普通だと思っていたのは、そいつだけだったのさ。実はその時すでに父親は不治の病に侵されていて、あまり精神の強くなかった母親はその心の隙をつかれて、性質の悪い新興宗教にハマった。金を根こそぎむしり取られ、そうして父親が死に、やがて母親は息子に何も言わずその宗教施設に出家した」

 ガシャン! また一つ世界が重くなった。

「家族はバラバラになり、臆病なそいつはすっかり人生に絶望した。叔父夫婦の家に同情されて置いてもらったのはよかったが、そいつはそれをいいことに部屋に引きこもり、よせばいいのに毎日毎日、何もしないで宗教団体、こうなった自分の運命、それを受け入れない世間や母親を恨むばかりだった。どうだ? 情けないだろ」

 シュガーは同意を求めたが、僕は何も返さなかった。ガシャン! 霊柩車がまた一つ増えた。

「そうして勇気が出せないまま月日だけが流れた。そいつは身体だけ大人になった子供だった。どうにかしないといけないと思いながら、どうしたらいいのかわからない。だがある日、ネットの海で偶然、オブスキュラのことを知った。何を思ったのか、そいつは、そこでならやり直せると感じ、オブスキュラに行くのに必要な機材を買うためだけに部屋を出て、バイトを始めたんだ」

 ガシャン! 振り返ると、霊柩車はすでに廊下を埋め尽くしていた。それは震えながら、今にも僕たちのいるところまで溢れようとしていた。僕は自分の状況と周囲の変化に戸惑って、シュガーの話に口を挟むタイミングをすっかり失っていた。

「初めてオブスキュラに行った時、そいつは、そこで生まれ直すのだと、息巻いていた。惨めな自分を捨て、ヒーローになるのだと、頭の中を自分に都合のいい妄想で一杯にして、その地に立った。だが、そこで時間を過ごすたびに、そいつはヒーローでもなんでもないことを気付かされた。そいつがそこで出会ったのは、結局はちっぽけな自分だったのさ」

 世界が重い。もはや、霊柩車が出現する音も途切れがちだった。シュガーの声も、ところどころ、消えることがあった。

「それを知った時、そいつは落ち込んだ。どこにも逃げ場なんてないのだと、ようやく理解したんだ。もうオブスキュラなんてやめよう、現実に向き合おう、そう思った。が、いつの間にかそこは、そいつにとって大事な場所になっていた。そこにはたくさんの仲間がいた。そこは確かに別世界だった。そいつは仮想現実にのめり込んだ。そいつは、そこで人との話し方とか、世の中には思いがけない親切があること、希望、自信、そんな忘れていたことを思い出したんだ……」

 霊柩車が落ちた。遅れてガシャン! という音。世界の終わりが近いと思った。まだプレイできているのが不思議なくらいだった。すべてがコマ送りで、音と物の挙動がまったく合っていなかった。シュガーと自分の周りはすべて霊柩車で埋め尽くされ、壁は見えなくなっていた。

「いよいよだな」シュガーが言った。だが身体が固まって見え、いつ言ったのかもわからなかった。

「なぜ、そんな話を?」

 
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