71 / 88
第十五話⑤
しおりを挟む
「まさか。全部想像だよ。ただ、結構当たってるんじゃないかって思ってるけどな。俺も君を見ていると思うから」
「何を?」
「羨ましいなって。その歳で堂々としているなって。俺も昔そういう力が欲しかったなって」
シュガーはそう言って僕をまじまじと見つめた。気持ち悪い。僕は自分が褒められているのはわかったが、自分のそうした性質を優れたものではなく、劣ったものだと認識していたから、別に嬉しくもなんともなかった。
僕からしてみたら、自分を心配してくれるな家族がいて、いつも清潔で、アロマが焚かれていて、落ち着く音楽が鳴っている家に住んでいる君岡の方が羨ましかった。それがどうして、家庭崩壊を起こし離婚間近で、家族で会話も居場所もなく、現実でろくに友達も作れないような僕に憧れるのか理解できなかった。もし代われるなら、君岡と代わってやってもいいのに。
「勝手に憧れるなよ。人の気持ちも知らないで」僕は言った。シュガーは、
「ごめんごめん。まあ想像だから」と弁解した。
僕は、
「それより、これからどうしたらいい? いつまでもこんなこと続けられない」
と、話を戻して聞いた。
「いつまでも続かないさ」
「じゃあいつまで続くんだよ」
「わからない」シュガーはあっけらかんと答える。
「大樹さんも同じこと言ってたな」
僕は身体の力が抜け落ちるかのようだった。
「〝ANNE〟は? あいつが何を企んでいるのか、知らない?」
「知らないな」
「何にも知らないんだな」シュガーが笑った。
「そうだな」
「……もう、いいよ」僕は口を閉ざした。
「そんな落ち込むなよ。アンが何を企んでいるのかなんて俺にはわからないけどな。でも、あいつが何を望んでいるのか、とかは少しだけ想像がつく」
「……何だよ?」
シュガーがあまりにも自信たっぷりに言うから聞かざるを得なかった。
「ああいうタイプは、大人になると嫌でも目にすることがある。その経験から言うと、アンは、『〝凄い人〟に見られたい人』だ。ここで大事なのが、本当に凄いかどうかは問題じゃなくて、〝凄い〟と人に思われればそれでいい人だってことだ」
「中身のないペラペラ人間だってこと?」僕が言うと、シュガーが笑った。
「そこまでは言ってないけど。まあそういうことだ」僕は黙り込んだ。なるほどね、君人の奴、随分やっかいな人間と関わったものだ。
「あのさ、こっちでBANされた人っていうのは、何をしてそうなったの?」
「うーん、色々理由はある。アバター乗っ取り、暴言、誹謗中傷、ストーカー、無許可で他人のアバターに触りまくったとか、地面を這いずりながらパンツを覗きまくった、とかいうあほみたいな理由もある。大抵は、人間同士の諍いだな」
「へえ、こっちも現実と変わらないんだな」シュガーは頷いた。
「そうだな。ただ、現実と違うこともたくさんある。それと、もう一つ重大な規約違反があってだな……何かわかるか?」
シュガーが僕を見て聞いた。
「いや、わからない」少し考えた後、僕はそう答えた。
「簡単なことだ。オブスキュラのシステムそのものをハックしようとすることさ。ハッキングだよ。オブスキュラの破壊行為だ。それによってBANされた人間が、〝ANNE〟と繋がりがあったのではないかと疑われている」
「そんなの初耳だぞ」
「一部の人間しか知らないからな。一応俺はセキュリティの人間とも知り合いだから知ってはいるけどな。このことは他言無用だぞ」
シュガーはひっそりと僕に囁いた。おそらく、近くにいるかもしれない君人や、同室の君岡に聞こえないように言っているのだろう。
「彼らは、そんなことをして何をするつもりだったんだ?」
「さあ……ハッキングの目的はわからない。だが、個人情報、オブスキュラの通貨の不正入手、操作、盗聴、詐欺や、洗脳なんてことも行われたこともある」
「洗脳? そんなことがあるのか?」
今までオブスキュラのいいところばかり聞かされていたし、考えることといえば、曖昧な陰謀論くらいだったので、具体的な負の側面を聞かされて、僕は耳を疑った。
「できるさ。それにこっちのやり方は、もっと強烈だ。彼らはまず手始めに、対象者の視界を奪い取る。それから耳元で語りかけ、自分たちの存在を植え付けるんだ。そして自分は逃げられないのだと思い込ませ、初めは誰でもできるような指示を与えていくんだ。それに慣れてくると、どんどんやらせる行為を過激にさせていく。それをクリアするためには自分のすべてを捧げなければいけないようなものにね。そうやって弱った人間の意思を徐々に奪って、最終的にはその人と、その周りの人間関係を徹底的に破壊するんだ。時には、反社会的行為を収めたビデオをVRゴーグルを使って流すなどし、現実と仮想現実の境界を曖昧にし、溶かそうとすることもあるらしい」
シュガーはそう言うと、なぜかあやし気に微笑んだ。
「あいつも、その被害に遭っているってことか?」
「いや、そこまでは言ってない。ただ、その可能性があるってことさ。だから監視する必要がある」
シュガーはきっぱりと言い切った。その言葉には重みがあった。僕にはわからなかったが、何かシュガー自身の事情があるように感じさせた。
もし本当にシュガーの懸念する通りだったとしたら……手遅れにならなければいいと思った。最悪君人が犯罪者となって、君岡の家が滅茶苦茶になってしまう前に。
「〝ANNE〟は何を考えているんだろう」僕はぶるっと震えると、シュガーに何度目かの問いを繰り返した。
「さあな。ただ、あまり楽しいことじゃないだろうな」だがシュガーの答えは同じだった。
「そうだな」僕は同意し、考え込んだ。〝ANNE〟と会った時のことを思い出す。あれから一度もあいつとは会っていなかった。もし会って、何を考えているか聞いたら、素直に教えてくれるだろうかと考え、その馬鹿馬鹿しい考えに自分で苦笑した。
だがその後、実際その通りになったのだ。僕は偶然(それとも必然だったのか?)、〝ANNE〟と会い、話をし――もちろん、彼女は僕に好意的ではなく、特に何も教えてくれなかったのだが――、結果的にそれが、僕にあることを思い起こさせて、その一部や、この奇妙な一連の出来事が、本当はどうなっていたのかを知るためのピースを与えてくれたのだった。
「何を?」
「羨ましいなって。その歳で堂々としているなって。俺も昔そういう力が欲しかったなって」
シュガーはそう言って僕をまじまじと見つめた。気持ち悪い。僕は自分が褒められているのはわかったが、自分のそうした性質を優れたものではなく、劣ったものだと認識していたから、別に嬉しくもなんともなかった。
僕からしてみたら、自分を心配してくれるな家族がいて、いつも清潔で、アロマが焚かれていて、落ち着く音楽が鳴っている家に住んでいる君岡の方が羨ましかった。それがどうして、家庭崩壊を起こし離婚間近で、家族で会話も居場所もなく、現実でろくに友達も作れないような僕に憧れるのか理解できなかった。もし代われるなら、君岡と代わってやってもいいのに。
「勝手に憧れるなよ。人の気持ちも知らないで」僕は言った。シュガーは、
「ごめんごめん。まあ想像だから」と弁解した。
僕は、
「それより、これからどうしたらいい? いつまでもこんなこと続けられない」
と、話を戻して聞いた。
「いつまでも続かないさ」
「じゃあいつまで続くんだよ」
「わからない」シュガーはあっけらかんと答える。
「大樹さんも同じこと言ってたな」
僕は身体の力が抜け落ちるかのようだった。
「〝ANNE〟は? あいつが何を企んでいるのか、知らない?」
「知らないな」
「何にも知らないんだな」シュガーが笑った。
「そうだな」
「……もう、いいよ」僕は口を閉ざした。
「そんな落ち込むなよ。アンが何を企んでいるのかなんて俺にはわからないけどな。でも、あいつが何を望んでいるのか、とかは少しだけ想像がつく」
「……何だよ?」
シュガーがあまりにも自信たっぷりに言うから聞かざるを得なかった。
「ああいうタイプは、大人になると嫌でも目にすることがある。その経験から言うと、アンは、『〝凄い人〟に見られたい人』だ。ここで大事なのが、本当に凄いかどうかは問題じゃなくて、〝凄い〟と人に思われればそれでいい人だってことだ」
「中身のないペラペラ人間だってこと?」僕が言うと、シュガーが笑った。
「そこまでは言ってないけど。まあそういうことだ」僕は黙り込んだ。なるほどね、君人の奴、随分やっかいな人間と関わったものだ。
「あのさ、こっちでBANされた人っていうのは、何をしてそうなったの?」
「うーん、色々理由はある。アバター乗っ取り、暴言、誹謗中傷、ストーカー、無許可で他人のアバターに触りまくったとか、地面を這いずりながらパンツを覗きまくった、とかいうあほみたいな理由もある。大抵は、人間同士の諍いだな」
「へえ、こっちも現実と変わらないんだな」シュガーは頷いた。
「そうだな。ただ、現実と違うこともたくさんある。それと、もう一つ重大な規約違反があってだな……何かわかるか?」
シュガーが僕を見て聞いた。
「いや、わからない」少し考えた後、僕はそう答えた。
「簡単なことだ。オブスキュラのシステムそのものをハックしようとすることさ。ハッキングだよ。オブスキュラの破壊行為だ。それによってBANされた人間が、〝ANNE〟と繋がりがあったのではないかと疑われている」
「そんなの初耳だぞ」
「一部の人間しか知らないからな。一応俺はセキュリティの人間とも知り合いだから知ってはいるけどな。このことは他言無用だぞ」
シュガーはひっそりと僕に囁いた。おそらく、近くにいるかもしれない君人や、同室の君岡に聞こえないように言っているのだろう。
「彼らは、そんなことをして何をするつもりだったんだ?」
「さあ……ハッキングの目的はわからない。だが、個人情報、オブスキュラの通貨の不正入手、操作、盗聴、詐欺や、洗脳なんてことも行われたこともある」
「洗脳? そんなことがあるのか?」
今までオブスキュラのいいところばかり聞かされていたし、考えることといえば、曖昧な陰謀論くらいだったので、具体的な負の側面を聞かされて、僕は耳を疑った。
「できるさ。それにこっちのやり方は、もっと強烈だ。彼らはまず手始めに、対象者の視界を奪い取る。それから耳元で語りかけ、自分たちの存在を植え付けるんだ。そして自分は逃げられないのだと思い込ませ、初めは誰でもできるような指示を与えていくんだ。それに慣れてくると、どんどんやらせる行為を過激にさせていく。それをクリアするためには自分のすべてを捧げなければいけないようなものにね。そうやって弱った人間の意思を徐々に奪って、最終的にはその人と、その周りの人間関係を徹底的に破壊するんだ。時には、反社会的行為を収めたビデオをVRゴーグルを使って流すなどし、現実と仮想現実の境界を曖昧にし、溶かそうとすることもあるらしい」
シュガーはそう言うと、なぜかあやし気に微笑んだ。
「あいつも、その被害に遭っているってことか?」
「いや、そこまでは言ってない。ただ、その可能性があるってことさ。だから監視する必要がある」
シュガーはきっぱりと言い切った。その言葉には重みがあった。僕にはわからなかったが、何かシュガー自身の事情があるように感じさせた。
もし本当にシュガーの懸念する通りだったとしたら……手遅れにならなければいいと思った。最悪君人が犯罪者となって、君岡の家が滅茶苦茶になってしまう前に。
「〝ANNE〟は何を考えているんだろう」僕はぶるっと震えると、シュガーに何度目かの問いを繰り返した。
「さあな。ただ、あまり楽しいことじゃないだろうな」だがシュガーの答えは同じだった。
「そうだな」僕は同意し、考え込んだ。〝ANNE〟と会った時のことを思い出す。あれから一度もあいつとは会っていなかった。もし会って、何を考えているか聞いたら、素直に教えてくれるだろうかと考え、その馬鹿馬鹿しい考えに自分で苦笑した。
だがその後、実際その通りになったのだ。僕は偶然(それとも必然だったのか?)、〝ANNE〟と会い、話をし――もちろん、彼女は僕に好意的ではなく、特に何も教えてくれなかったのだが――、結果的にそれが、僕にあることを思い起こさせて、その一部や、この奇妙な一連の出来事が、本当はどうなっていたのかを知るためのピースを与えてくれたのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」
虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー
サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。
「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)
あおっち
SF
港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。
遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。
その第1次上陸先が苫小牧市だった。
これは、現実なのだ!
その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。
それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。
同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。
台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。
新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。
目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。
昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。
そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。
SF大河小説の前章譚、第4部作。
是非ご覧ください。
※加筆や修正が予告なしにあります。
アンチ・ラプラス
朝田勝
SF
確率を操る力「アンチ・ラプラス」に目覚めた青年・反町蒼佑。普段は平凡な気象観測士として働く彼だが、ある日、極端に低い確率の奇跡や偶然を意図的に引き起こす力を得る。しかし、その力の代償は大きく、現実に「歪み」を生じさせる危険なものだった。暴走する力、迫る脅威、巻き込まれる仲間たち――。自分の力の重さに苦悩しながらも、蒼佑は「確率の奇跡」を操り、己の道を切り開こうとする。日常と非日常が交錯する、確率操作サスペンス・アクション開幕!
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
ドリーム”R”プロジェクト
千葉みきを
SF
車好きの高校生である蓮は、ある日車を一から作るプロジェクトを始動する。
その名はDream R Project。
高校生4人グループで結成された、このプロジェクトの行方とは__。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる