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第十五話⑤

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「まさか。全部想像だよ。ただ、結構当たってるんじゃないかって思ってるけどな。俺も君を見ていると思うから」

「何を?」

「羨ましいなって。その歳で堂々としているなって。俺も昔そういう力が欲しかったなって」

 シュガーはそう言って僕をまじまじと見つめた。気持ち悪い。僕は自分が褒められているのはわかったが、自分のそうした性質を優れたものではなく、劣ったものだと認識していたから、別に嬉しくもなんともなかった。

 僕からしてみたら、自分を心配してくれるな家族がいて、いつも清潔で、アロマが焚かれていて、落ち着く音楽が鳴っている家に住んでいる君岡の方が羨ましかった。それがどうして、家庭崩壊を起こし離婚間近で、家族で会話も居場所もなく、現実でろくに友達も作れないような僕に憧れるのか理解できなかった。もし代われるなら、君岡と代わってやってもいいのに。

「勝手に憧れるなよ。人の気持ちも知らないで」僕は言った。シュガーは、
「ごめんごめん。まあ想像だから」と弁解した。

 僕は、
「それより、これからどうしたらいい? いつまでもこんなこと続けられない」
 と、話を戻して聞いた。

「いつまでも続かないさ」

「じゃあいつまで続くんだよ」

「わからない」シュガーはあっけらかんと答える。
「大樹さんも同じこと言ってたな」

 僕は身体の力が抜け落ちるかのようだった。

「〝ANNE〟は? あいつが何を企んでいるのか、知らない?」

「知らないな」
「何にも知らないんだな」シュガーが笑った。

「そうだな」
「……もう、いいよ」僕は口を閉ざした。

「そんな落ち込むなよ。アンが何を企んでいるのかなんて俺にはわからないけどな。でも、あいつが何を望んでいるのか、とかは少しだけ想像がつく」

「……何だよ?」

 シュガーがあまりにも自信たっぷりに言うから聞かざるを得なかった。

「ああいうタイプは、大人になると嫌でも目にすることがある。その経験から言うと、アンは、『〝凄い人〟に見られたい人』だ。ここで大事なのが、本当に凄いかどうかは問題じゃなくて、〝凄い〟と人に思われればそれでいい人だってことだ」

「中身のないペラペラ人間だってこと?」僕が言うと、シュガーが笑った。

「そこまでは言ってないけど。まあそういうことだ」僕は黙り込んだ。なるほどね、君人の奴、随分やっかいな人間と関わったものだ。

「あのさ、こっちでBANされた人っていうのは、何をしてそうなったの?」

「うーん、色々理由はある。アバター乗っ取り、暴言、誹謗中傷、ストーカー、無許可で他人のアバターに触りまくったとか、地面を這いずりながらパンツを覗きまくった、とかいうあほみたいな理由もある。大抵は、人間同士の諍いだな」

「へえ、こっちも現実と変わらないんだな」シュガーは頷いた。

「そうだな。ただ、現実と違うこともたくさんある。それと、もう一つ重大な規約違反があってだな……何かわかるか?」

 シュガーが僕を見て聞いた。

「いや、わからない」少し考えた後、僕はそう答えた。

「簡単なことだ。オブスキュラのシステムそのものをハックしようとすることさ。ハッキングだよ。オブスキュラの破壊行為だ。それによってBANされた人間が、〝ANNE〟と繋がりがあったのではないかと疑われている」

「そんなの初耳だぞ」

「一部の人間しか知らないからな。一応俺はセキュリティの人間とも知り合いだから知ってはいるけどな。このことは他言無用だぞ」

 シュガーはひっそりと僕に囁いた。おそらく、近くにいるかもしれない君人や、同室の君岡に聞こえないように言っているのだろう。

「彼らは、そんなことをして何をするつもりだったんだ?」

「さあ……ハッキングの目的はわからない。だが、個人情報、オブスキュラの通貨の不正入手、操作、盗聴、詐欺や、洗脳なんてことも行われたこともある」

「洗脳? そんなことがあるのか?」

 今までオブスキュラのいいところばかり聞かされていたし、考えることといえば、曖昧な陰謀論くらいだったので、具体的な負の側面を聞かされて、僕は耳を疑った。

「できるさ。それにこっちのやり方は、もっと強烈だ。彼らはまず手始めに、対象者の視界を奪い取る。それから耳元で語りかけ、自分たちの存在を植え付けるんだ。そして自分は逃げられないのだと思い込ませ、初めは誰でもできるような指示を与えていくんだ。それに慣れてくると、どんどんやらせる行為を過激にさせていく。それをクリアするためには自分のすべてを捧げなければいけないようなものにね。そうやって弱った人間の意思を徐々に奪って、最終的にはその人と、その周りの人間関係を徹底的に破壊するんだ。時には、反社会的行為を収めたビデオをVRゴーグルを使って流すなどし、現実と仮想現実の境界を曖昧にし、溶かそうとすることもあるらしい」

 シュガーはそう言うと、なぜかあやし気に微笑んだ。

「あいつも、その被害に遭っているってことか?」

「いや、そこまでは言ってない。ただ、その可能性があるってことさ。だから監視する必要がある」

 シュガーはきっぱりと言い切った。その言葉には重みがあった。僕にはわからなかったが、何かシュガー自身の事情があるように感じさせた。

 もし本当にシュガーの懸念する通りだったとしたら……手遅れにならなければいいと思った。最悪君人が犯罪者となって、君岡の家が滅茶苦茶になってしまう前に。

「〝ANNE〟は何を考えているんだろう」僕はぶるっと震えると、シュガーに何度目かの問いを繰り返した。

「さあな。ただ、あまり楽しいことじゃないだろうな」だがシュガーの答えは同じだった。

「そうだな」僕は同意し、考え込んだ。〝ANNE〟と会った時のことを思い出す。あれから一度もあいつとは会っていなかった。もし会って、何を考えているか聞いたら、素直に教えてくれるだろうかと考え、その馬鹿馬鹿しい考えに自分で苦笑した。

 だがその後、実際その通りになったのだ。僕は偶然(それとも必然だったのか?)、〝ANNE〟と会い、話をし――もちろん、彼女は僕に好意的ではなく、特に何も教えてくれなかったのだが――、結果的にそれが、僕にあることを思い起こさせて、その一部や、この奇妙な一連の出来事が、本当はどうなっていたのかを知るためのピースを与えてくれたのだった。

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