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第十五話③

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 それからふと、冷静になり、現実世界の方に意識を向けた。微かに、君人が話している声が聞こえた。今の一部始終を君人に聞かれていなかっただろうか、と気になった。いや、聞かれたとしても何のことかわからないか。

 というより、ずいぶんとのんびりしてしまっていた。

「……戻るぞ。のんびりし過ぎた。ハンスさんが待っているかもしれないし」

 僕は板の床に取り付けられた梯子に手をかけて蝶野に言った。なるべく、蝶野とは関わりたくない。現実でも、こっちでも(いや、まだ確定していないのか)。

 しかし、そう思ったのが、蝶野にテレパシーのように伝わったのか、それともそういう運命だったのかわからないが、蝶野はその後、僕にとって非常に都合の悪いことを言い出したのだ。

 彼女は、最初、梯子を一足先におりた僕に向かって、

「〝あの、〟」とだけ聞いた。それは本当に何気なく聞かれたものだから、僕もつい、梯子の使い方を忘れたのだと早とちりして、

「どうした? 下りられないってことないだろ?」と会話を続けてしまったのだ。

 それがいけなかった。彼女は首を振ると、「〝いえ、そうではないんです〟」と言い、「〝ただ……〟」と続けた。

「〝ただ〟、なんだよ?」文字のくせにもったいぶるやり方に苛立った。言うことを決めてから書けよ。そう言おうとした時だった。

 蝶野は、もじもじしながら、「〝以前、どこかで会ったことありますか?〟」と聞いた。

 その瞬間、僕の身体は凍り付いた。いつぞやの君人みたいに抜け殻になった。僕の口の中はからからに乾いていく。

「〝会ったこと、ありませんか?〟」梯子を難なく下りて来て、蝶野がもう一度聞いてきた。

「え? な、なにが?」僕は、不自然になってはいけないと思い、声を出す。

「〝私、以前あなたに会ったような気がするんです。失礼だったら申し訳ないと思って、確認してみたのですが〟――」

「あ、ああ。それか」声をその文字の表示される瞬間に被さた。そしてわざとらしく首を傾げて、

「い、いや、ないんじゃないかな。あまりこっちに友達いないんで、誰かと会ったら、結構覚えているから」と答えた。

 ――何があまり友達いない、だ。現実世界よりもオブスキュラの方がはるかに多いくせに、と、自分の言ったことに心の中で批判した。

「〝そうですか。記憶違いですかね〟」

「そうですよ。もしくは、たまたまどこかで似たような姿を見かけたんじゃないか? 犬のアバターの人も、少ないけれどたまにいるし」

「〝そうかもしれないですけど、そんなに目つきの悪い犬なんて、そうそう見かけません〟」

 蝶野はそう言った後、ハッとしてその表示を消した。僕は、睨んでいたと思う。おそらくアバターのコタローと同じように。

「〝すみません。言い過ぎました〟」

「いや、いいよ。別に」

 そっぽを向いた。不機嫌になっているのが自分でもわかった。それから、いや、これはチャンスかもしれないと思い直した。

「でも、たぶん、じゃあ会っていたのかも」

 蝶野の表情を観察しながら向き合った。アバターは、喜怒哀楽くらいなら、かろうじてわかる。蝶野はそれでいうと〝哀〟で、まあ、そこから推測しなくても会話の流れから、申し訳ないと思っているのが見て取れた。

「エントランスとか、オブスキュラ公民館とかで」

 そうして、曖昧に誤魔化してみる。上手くいけば、申し訳なさから納得してくれると期待して。

 それにオブスキュラ公民館ですれ違ったのは本当だった。これで現実の方に目がいかなければいいのだが……。僕は考え込む蝶野を、固唾をのんで見守った。

「〝そうかもしれないですね。どちらも行ったことがあるし〟」

 ほっと、安堵のため息をつく。よしよし、上手くそっちの方向で考えてくれ。頼む!

 それからランゲルハンスたちと合流するまでの間、僕は蝶野に余計なことを言って情報を与えないようにしていた。蝶野は何も言って来なかった。

 だから、大丈夫だろうと高を括っていたが、もし、――考えたくもないことだが――蝶野=有島で、現実で僕の正体について探るようなことがあったら、そして野々宮、なんて明らかに本名と類似性のある名前と僕を結び付けてしまったら、と考えると居ても立っても居られなかった。

 それに気付いた時、有島はなんて思うだろうか。他人の空似だと思ってほしい。それからオブスキュラでの関係を現実に持ち出すのがなんとなく気が引けて話しかけないでほしかった。

 だがもしそうなったらどうしようかと思った。しらばっくれればいいんだろうか。「そんなわけないだろ、何言ってんだ」とでも返してやればいいんだろうか。だが、大抵の奴がそう言えば自信を失くすのに対して、なぜだか、有島にはそれは効かないような気がしていた。

 それとも、今からでも印象を変えるために、学校にいる間は少し声を低くして話そうか、と馬鹿なことを考えているうちに、ランゲルハンスたちと合流した。

 それから僕たちは砂川と別れてバスに乗ってワールドを出た。その帰り道も、僕はずっと蝶野に自分の正体がバレてしまわないか不安に思っていたのだ。からも、ずっとそのことを考えていた。


 そういう不安を抱えながら、砂川から貰ったリストのワールドに行き、君人が描いたと思われる落書きを探し回っていたのだが、どれが君人の描いたものなのか見当もつかないでいた。それで、自分がいったい何をしているのかわからなくなって、ため息がもれた。

 僕の家では、もう離婚が決まってからというもの、家族と言う体裁を取らなくなっていた。僕は家族の誰とも会話もしないし、食事も別々だった。そんなことをすればいつ、余計な配慮やお金も増えるものだが、関係なかった。、今はただ、家族全員が正式に別れるまで、波風を立てないように無難に共同生活を送ることに関心が移っていた。

 そんな家にいても落ち着くわけもなく、だからこそ僕はオブスキュラに入り浸ったのだった。
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