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第十四話③

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「何ていう名前の人? ……これから会う人」バスの運転席に行き先を入力しているランゲルハンスの背中に向かって僕は聞いた。

「砂川雫って人。聞いたことある?」
「いや」首を振る。
「どんなことをしているの?」

「確か、このエントランスをデザインしたのも、その人だった気がするよ。まあ詳しいことは本人に聞いてもらって」

 目的地が定まり、バスが震え出す。僕はランゲルハンスの後ろ、運転席の真後ろに座った。向かい側の席に蝶野も座る。バスは扉を閉め、走り出した。エントランスから遠ざかっていく。

 窓から見えるその銀のリボンが絡み合う様子を、僕はもう一度目に焼き付けた。トンネルが現れ、その中に入る。真っ暗になった。見えるのは等間隔に並べられたオレンジ色の照明と、バスの室内だけだ。以前シュガーと一緒にスカイツリーに行った経験からこれが演出だということはわかっていた。

 バスが走り続け、トンネルを抜けた。周囲が真っ白になり、眩しくて目を細めた。何もないようなところを走っていたはずが、いつの間にか、田舎道を走っていた。

 バスは田んぼが広がる真ん中の細い道を走り、目の前の小高い丘を登り始めた。

「え? もうそのワールドに入ってるの?」しばらく景色が変わらないので、僕は不安になってランゲルハンスに聞いた。

「あー、どうだろう。たぶんそうだと思うけど」彼はバスの電光掲示板を見ながら答えた。そこには「ようこそ→砂川雫の→世界へ‼」と表示されていた。

 バスは竹林を抜け、坂道を上り続けると、突然現れた唐門の前で止まった。

「着いたかな」

 ランゲルハンスの合図で僕たちはバスをおりた。門は開いていた。カラフルな唐門で、昔っぽいのに新しいという不思議な印象を抱かされる。施された彫刻は龍や虎や象の他に、よく見るとグリフィンや恐竜なども混ざっていた。スカイツリーと周辺の景色もある。どうもこれはオブスキュラを指しているようだと気付く。エントランスを描いた彫刻がそれらの中央にあった。

「この先だ」

 彫刻に見とれているとランゲルハンスが促した。ハッとして振り返ると、同じように彫刻を見ていた蝶野と目が合った。それで僕たちは、慌てて、先を歩くランゲルハンスの後をついていく。

「〝すごい彫刻ですね、つい見とれてしまいました〟」

 門を過ぎ、そこに広がっていた枯山水を通り抜けている途中、蝶野に話しかけられた。僕はどう反応するか迷ったが、「ええ」と短めに答えるだけにして、正面の茅葺屋根の日本家屋に急いだ。

「こんにちはー」

 ランゲルハンスは敷居を跨ぐと挨拶をした。広い土間の奥にはかまどがあり、土間の横のふすまは開け放たれていた。

 その奥から小さな人が畳の上を歩いてやって来るのが見えた。背丈は犬の僕よりちょっと高いくらいだ。彼は、そんなに小さいのに大人の服を着ているせいで、シャツの袖やズボンの裾を(というかほぼ股下すべて)、まるで十二単のように引きずりながら歩いていた。

「やあ、どうもこんにちは。初めまして。お待ちしていました。私は、砂川雫と言います。皆さん、今日は、はるばるここまで、ご足労いただきありがとうございました」

 僕たちを見渡すと、お辞儀をし、低く落ち着いた声でその少年は言った。

 僕たちも頭を下げた。かしこまった挨拶とは反対に、少年の髪は逆立ち、銀色に輝きながらなびいていてアバンギャルドな印象だ。右の頬にはピンクと黄色の縦線が入っている。

「初めまして、ランゲルハンスと言います」

 その後、僕たちも含めた堅苦しい自己紹介が続いた。それが済むと、僕たちは、奥の座敷に案内された。

 そこからは、見事な庭がこれ以上ない角度から見ることができた。僕は大いに感動した。その景色は素晴らしかった。

 が、なんというか、エントランスを造った、と聞いてから期待していたものとは違っていた。実のところ、唐門を見た時からそうだった。枯山水を通り抜け、日本家屋が見えると、その違和感はますます広がり、座敷に通されるとそのギャップは埋めがたいものになった。

 この古き良き日本の風景に住む砂川雫と、あの幻想的なエントランスをデザインした人間のイメージが繋がらなかった。別人なんじゃないかと思ったほどだ。ただそれは、彼が枯山水の岩や木の配置の意味などの詳細を熱っぽく語っているのを聞いて、間違いだと気付いたが。

「さて、そろそろここも見飽きた頃でしょうし、別の場所に移動しましょうか」

 その言葉通り、僕がそこに飽きて、あくびを噛み殺しているような時に縁側で砂川がそう提案した。

「どこに行くんですか? まだ別の場所が?」
 ランゲルハンスがきょろきょろと辺りを見ながら聞いた。

「ああ、大丈夫です。こちらで操作するので、皆さんはそこから動かないでいれば、すぐにたどり着けますから」

 そこで砂川がちょっと含みを持たせながら言い、その場を離れた。奥に引っ込み、パネルを出現させ、何かのボタンを押したようだった。すると、急に目の前の枯山水が波打ち始め、岩や木がそれに伴って動きだした。

「な、なんだ⁉」

 ランゲルハンスはとっさに不安になっておろおろしている蝶野の手を握り、抱きしめた。僕は実際に地面が揺れているわけではないのに、姿勢を低くして、四つ足に力を込めて踏ん張る気持ちになった。

 あっという間に、僕たちが座っていたはずの縁側がなくなった。振り返ると、あの風情のある日本家屋も、まるで嵐に吹き飛ばされたようにバラバラになって宙に浮いていた。

 すでに僕たちが見ていた景色はどこにもなかった。かわりにチャカチャカと、せわしなく世界の再構成が行われ、新しい景色が目の前に浮かび上がってくる。

 そうして現れたのは、たくさんの家が、上に向かって歪に繋がってできたような奇妙な建物だった。窓のある廊下が、その家の周りに尻尾を巻くようにできていた。庭にあった石は砕け、壁になり、木はその家の脇から窓を突き破って生えた。家の頂上には一つの小さな椅子と望遠鏡が置かれ、最後にその横から白い煙突が角のように生えた。

「さあ、どうぞ、入ってください」

 まるで生き物の口のような赤い扉を中から開けて、砂川が僕たちを歓迎した。僕たちは驚いて互いに口をきけないまま、中に入った。
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