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第十話⑤

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 何度もその文字を自らが生み出した幻影だと思い込もうとした。そうであればどれだけいいかと思い、目を背けていればそうなるのだと信じた。だが結局好奇心に負け、僕はその男に近づいた。そうしたのは、このライブはアーカイブであり、男もまたデータに過ぎないと思い、まじまじと見ても不審がられないことに気付いたからでもあった。

 最後の曲が終わる直前、僕は男の真横に行き、その文字が幻影でも見間違いでもないことを確かめた。Mikanがステージで短く「ありがとう」と言って頭を下げた。空間が切り替わる。あれほどたくさんの人が動いていたが、時が止まったように固まると、真っ暗になり、その後、元の地下のライブハウスに戻った。

「どうだった?」呆然としている僕に向かってシュガーが聞いた。何か返そうと思ったが言葉が出てこない。首を傾げた。

「不満だった?」僕はシュガーに懸念された。
「いや、そうじゃないけど」誤解のないように言う。「けど?」シュガーが促すが、僕はうな垂れた。

「君人くんは? どうだった?」シュガーは切り上げて、君人に聞いた。君人は、まだライブの余韻に浸っているようで、ぼんやりとステージの方を見つめていた。

「え? なんて?」
「ライブだよ。どうだった? 楽しかった?」

「そりゃ、もちろん! 最高のライブでした!」君人が興奮してシュガーに近寄った。

 その後君人は、シュガーに向かってライブの感想や、気になったことを根掘り葉掘り聞いていたが(アーカイブは何度も見られるのかとか、ライブは今週もやる予定があるのかとかだ)、僕にはその話があまり耳に入ってこなかった。

「気に入ってもらえてよかった」シュガーはそれから、君人に負けじと、ルクリテールの布教活動にその身を捧げていた。

「っていうか、なんかシュガー二人いなかった?」
 しばらくして、君人がそう切り出した。

「え? ああ、そうだよ。バレちゃったか」シュガーは爽やかに笑う。
「やっぱりそうだったのか」
「まあね、でも二回目でも変わらず楽しめた」
「アーカイブって、倍速とか一時停止とかもできるの?」君人が聞いていた。

「ああ、そうだよ。もう一回見る?」
「え、いいの? 時間は?」
「いいよいいよ。気に入ってもらえておじさん嬉しいんだ。一曲くらいなら時間があるんじゃないかな」

 画面が切り替わる。Mikanがマイクを握って止まっている。観客も演出も動かない。
「なんか時を止めているみたいだよな」シュガーがそれを見て言った。君人は観客の間を動き回り、もう一人の、過去のシュガーを探し歩いていた。

「どれを見たい?」シュガーが僕に聞いた。君人は迷っていた。

「最後の曲」

 そこで僕は答えた。シュガーも君人も僕が言ったことに驚いていた。だが、シュガーは、僕もバンドが気に入ったと思ったのか、「了解」と、彼は満足そうに言って時間を操作した。まるで昔のフィルム映像のように人々がシャカシャカとせわしなく動き回り、時が再現されていく。

「最後の曲です」Mikanがスポットライトを浴びながら言った。君人は過去のシュガーを見つけたらしく、指差していた。僕は聞きそびれたそのポップソングを〝Galatia〟の文字が入ったズボンを履いているベストを着た男性と一緒に聞いた。

「やっぱりよかったなあ」君人が感傷に浸りながら言った。

「いやいや、こちらこそ。ハマってくれたみたいで嬉しいよ」それはもちろん陰謀論や妄想についてではなかった。

「君たちは、この後、どうするつもり?」再び辺りがしんとすると、シュガーが聞いた。

「特に予定はないですけど、どうして?」君人が聞き返した。

「お友達はできたかなって思って」僕はそれを聞いてドキッとしたが、君人は違った。

「正直、まだできてないんです。なかなか、話しかける勇気がなくて」君人がシュンとした様子で答えた。

「そうか。まあでも、焦らない方がいいよ。いい人も多いけど、いい人ばかりじゃないから」 シュガーが僕の方を見た気がした。

「誰とも話さないで楽しめるようなところにばっかり行っちゃうんです」君人が胸の内を明かした。

「そうか。それなら、聞いたことあるかな? 初心者が集まるワールドがいくつかあるんだが」

「少しは」

「なら、一度くらい行ってみるといい」シュガーが頷いた。

「仲良く、なれますかね」君人は不安げだ。

「もちろん。そんなに不安がるなよ。俺だってそこで何人かと知り合った。たとえ仲良くなれなくても、がっかりする必要はない。楽しむ感じでいけば大丈夫だ」シュガーが背中を押した。

「そう、ですかね……」君人はまだ決めかねているようだったが、シュガーは君人に判断をゆだねた。

「時間だ。じゃあまたね。楽しかったよ」と、シュガーは僕たち言い残して、そそくさとワールドから退出してしまった。

「どうする?」空っぽのライブハウスに二人だけになって不安になったのか君人が僕に聞いた。

「どうするって言われてもな……」

 僕の頭の中は、〝ANNE〟と〝Galatia〟、そして新たに現れたベストの男の関係についてで埋め尽くされていた。

「他に行く当てなんかないしな」僕は言った。

「行ってみたいところは他にまだまだあるんだけど」君人が言う。

「シュガーが言ったところに行ってもいいんじゃないかって。なんか、心のどこかで、野々宮とシュガー以外で誰とも仲良くなれないのも、違うかなって思ってたから」

「へえ」――いつ僕と仲良くなったのか、という点について、わざわざ問いたださなかった。
「なら、行けばいいんじゃない」

「野々宮は平気かもしれないけど」君人はうな垂れる。

「なんだよ」

「いやさ、こんな格好になっても、自分は自分なんだなって、最近よく思うんだ。オブスキュラに来るまでは、こっちに来れば全然違う自分に生まれ変われるとかって思ってたけど、そうじゃないんだよな」

 君人が言った。それは、正直僕も同感だった。犬の姿になっても、僕は僕だった。姿を変え、現実の〝僕〟は確かに奥に引っ込んだが、それは、例えて言うなら、影になっただけだった。いつまでも、どこに行こうとも、アバターにまとわりついている。

「ねえ、野々宮。友達ってどうやって作るのかな」

「はっ!」思わず鼻で笑った。とんでもないことを僕に言うものだ。

「わかるわけないだろ。ろくに友達なんかいないのに」チャットにでも聞け、と言いたくなった。そうしたらクソの役にも立たない助言をしてくれるだろう。

「そうだよな」――お前も、大概失礼だよな。

「でも、正直、どうして野々宮に友達がいないのか不思議なんだよな。こんなに年上の人にも物怖じしないのに」

「こっちが教えて欲しいけどな」

「もしかしたら、あれかな、あんまり物怖じしないって言うのもダメなのかも」

「へえ」まあ、それも一理あるかもしれない。それを直した方がいいとも思っている。が、それで直せるなら苦労していないのだ。

「とりあえず、シュガーが言ってたところに行ってみるか」僕は言った。

 頭の中がまだ整理できなくて理解が追いつかない。〝Galatia〟の文字を見た時の衝撃が残っていない場所に早く移動したかった。

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