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第十話②

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 何か新しいことを、と思って読んだが、実際にはそこまで新たな情報は得られなかった。夢乃は、あの時僕に語っていたこと(現実世界では自分の女らしさを発揮できる場所や機会がないなど)を焼き直していたし、がぶりーるの語ることも、彼の詳しい経歴を知ったのは初めてだったが、全体の主旨は概ね夢乃と同じだった(ただ、がぶりーるが現実世界で男からセクハラを受けたと語っていたのは、少し衝撃的だったが――男が男にセクハラなんて本当にするのか? するんだろうな)。

 唯一、まったく考えもしていなくて、衝撃的だったのは、ももちゃんのことで、彼は現実のセクシュアリティが非常に曖昧で悩んでいたという。女性のことも好きだが、男性のことも好き。バイセクシャルではないかと悩み、でも身体と性自認の不一致、いわゆるトランスジェンダーなのかどうかも、はっきりとはわからず、そのせいで思い切ってホルモン治療に踏み切ることもできない。が、現状のままではやはり違和感を覚え、周囲との違いから孤立感を深めていったという。そのがんじがらめの状態の中、オブスキュラの存在を知り、同じようなことに悩んでいる人たちと仲良くなったのだという。

 それを読んだ時、まあ他人事のようだけど、随分と複雑な事情があるのだな、と思った(記事にはももちゃんの男のタイプも書かれていた。反応が可愛くて、母性本能をくすぐる人、らしい。この記事、後で君岡にも見せてやろうかな)。

 考えてみれば、今、オブスキュラにいる人は、変わった人が多い。それは(僕は直接知らないけど)、黎明期のインターネットを思い起こさせた。

 こうした新しい技術にいち早く反応し、試行錯誤をする人間というのは一定数いる。彼らは、形は違えど、現状の現実世界に飽き飽きしている人間たちだ。
 少なくとも、どうしたらスマホのカメラで自分の顔や身体が美しく見えるか研究している人達ではない。

 それはこの世界の暗黙のルールを根底から変えようとしている人達だ。オブスキュラは、世界をどう変えるのだろうか。僕はそのことに興味があった。

 そして次の日からは、その興味に従って、本を探すことにした。そうして手に取った本は難しくてよくわからない本もあった。だが、何も指針がないまま探すよりずっと満足できた。

 満足感に浸りながら、明日もまた、別の面白い本を探そう、と思い、図書館のホームページから蔵書を検索していると、君岡から「明日だからな」という確認の連絡がきた。無意識に舌打ちをし、それでようやく日付を確認すると、いつの間にかそんなにも時が経っていることに気付いた。

 本音を言えば、もっと色々な本を読みたいと思ったが、先に約束をしていたしライブなんかより本を読みたいとも言えず、「わかってるって」とだけ返し、ベッドに横になった。

「なんかすごいドキドキする」
 次の日、一週間ぶりにオブスキュラに入った途端、君人が落ち着かない様子で言った。

「予定が入ると、なんかそわそわしちゃうんだよね。本当にライブに行くわけじゃないのに、そうしているみたいな気分」

 君人はぐるっとエントランスを見渡した。まだシュガーは来ていない。約束の時間まではあと少しだ。僕としては、なぜか肝心なところで水を差されたような気がしていた。

「なんのライブなんだろうな」僕はそう聞いたが、なんとなしに聞いただけで、本当に気になっているわけではなかった。

「さあ」君人が答える。「でも、すごい盛り上がりらしいよ。話によると、プロの人も呼んだことがあるんだって」

「へえ」

 それで会話が途絶えた。他に話題がない。でも、読んだ本のことを言ってもしょうがないと思った。

 そうしている間にもエントランスには様々な姿をしたアバターたちが駆け抜けていく。天狗とか狸の姿の人やぬりかべみたいな人もいて、まるで百鬼夜行だな、と思った。

 入り口に入っていく人の中から、シュガーが現れ、こちらに向かって駆けてきた。

「おーい。お待たせ。こっちだったのか」シュガーは相変わらず爽やかで、いるだけで風通しがよくなった気がした。

「え? こっちじゃないんですか?」君人が驚いて聞いた。

「ああ、いいんだ、いいんだ。一応、南口と北口があるんだけど、どっちか指定してなかったと思って、念のため北も行ってきたところだったんだ。まあこうして会えたんだから問題ない」
 シュガーって、いつもこうやって自分ばかり損してきたんだろうな、と思わせる口ぶりだった。

「そうだ。そんなことより。持ってきたよ。アーカイブ」話を切り替えてシュガーが言った。

「やったあ! 待ってました!」君人が興奮して声をあげた。

「……どんなライブ?」その横で僕が聞いた。
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