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第九話②

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 それを見て、僕は、離婚は時間の問題で避けられないと悟ったのだ。唐突だとは思わなかった。むしろ今まで保っていたのが不思議なくらいだ。母さんと父さんが、笑い合っていたのがいつだったのか、もう正確に思い出せない。それくらいに、僕たちが〝幸せな家庭〟だった時は随分前だ。そのことに思い悩んでいたのももはや懐かしい。

 僕だって、家族が元通りになることよりも、自分の将来のことを考えていた。
「父さんか、母さんか」僕は呟いた。正直、どっちとも一緒に暮らしたくなかった。母さんは言わずもがな、父さんとだって、何を話したらいいかわからない。だが、そんなことを考える内に、気付かなくてもいいことに思い至ってしまった。

「ひょっとして、父さんも母さんも、僕が成人するのを待っているのでは?」

 そのことを思いついてから、不可解な父さんと母さんの行動すべてにつじつまが合ってしまったような気がした。

 明らかに、家族を立て直そうとする意志のない二人が、それでも、なあなあの関係を続け、離婚届を提出しない理由。お互いが静かに無言で圧力をかけ続け、何か秘密の条約を結びあっているような雰囲気。他にもあるいくつもの違和感。それらがすべて、その時を待っているのだと気付いた時、僕は裏切られた気がした。

 絶望的な気分に襲われ、どうせ必要とされないなら、成人まで待つのではなくて、今からでも高校を辞め、家を出て、独立しようとさえ思った。そこで、僕はそれまでの自分をすっかり捨てて、新しい自分として生きていくのだと。

 だが衝動的に家を飛び出したものの、行く当てもなく、結局、そんなことをする気が自分にはないのだと気付いた。

 結局、僕には何もわからないのだ。二人が離婚するのかどうかも、本当に家を追い出されるかどうかも。

 部屋に戻った。そこにいると自分の無力さを痛感する。僕には世界を変える力などない。何もないのだ。頭でっかちの、ちっぽけな人間だ。心の底からそう思った。あまりにもむしゃくしゃしたので、その思いのまま、僕はとっさに目に入った、大学が一覧で載っている冊子を手に取って、力いっぱいに引き裂いた。

 それは思ったよりも分厚くしっかりとした紙で、千切るのに苦労したが、あらゆる憎しみを込めてそれを引き裂いた。それが終わると、僕は泣いていた。胸の中は虚しさと、憎しみと悲しさが吹き荒れ嵐のようだった。

 そのまま我を失い、噴き出すマグマのような力で、ページをさらに引き裂いた。狂ってしまえばいいと思った。悲しさと、虚しさと、憎しみで。狂ってしまえば、もう現実に絶望することなどないし、自分が正気かどうか疑い続けなくていい。そうすれば、もう将来のことや、家族のことで心を消耗させることなどないはずだ。

 だが、すべてのページを引き裂いた後に残ったのは狂気ではなく、力任せにページを千切って真っ赤になった手と肩が痛い、というあまりにも現実的な感覚だった。

 それから、床一面に散らばった紙片を見て、消え失せたのが自分の将来や可能性なんかじゃなくて、片付ける気力だと思った時、自分が完璧に正気だと気付いて、僕は笑った。

「絶望? ふざけた言葉だ。何が絶望だ、こんなの、ただの絶望ごっこだ!」

 僕は、狂ってなんかいない。ただヒステリーを起こしただけだ。母さんみたいに。悩むのが馬鹿らしくなった。自分はただ、〝ANNE〟だの〝Galatia〟のことを考えて、頭が沸騰していた時と同じで、今度のことも、勝手に決めつけて、感情まで支配されていただけなのだ。

 その考えに至ると、とたんに、自分の行動が茶番だと思った。だが、それは自分の行動に失望したというよりは、自分の中に、まだこういう子供っぽい部分が残っていたのかという驚きの方に近かった。そういうのはもう、卒業したと思い込んでいた。

 その夜、僕は片付けるのが面倒で、床に紙片を放ったらかしにしたまま眠り、翌朝もそのままにして、学校に行った。

 学校は嘘みたいに平和だった。誰もかれも、未来は明るい、みたいな顔をして歩いていた。そういう連中を、昨日みたいに、引き裂いてやりたいとも思った。だが、それだけ。いいんだ。どうせ馬鹿馬鹿しい考えだから。

 学校は、この世のいざこざなんて関係ないみたいに平和だ。平和過ぎて、嘘っぽい。だからこんなにもイラつくのだ。でも、それでいい。たとえそれが嘘でも、平和なのが一番いい。憎しみ合ったり、無視し合ったりするのを見るよりは、下らない会話を聞いてしまってうんざりするほうがずっとマシだ。
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