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第一話④
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また別の日。
僕が購買に食べ物を買いに向かっている時だった。
その途中、購買の近くの壁に、不自然なほどに人が避けて空いている場所があった。
その不自然な、壁を中心にしてできた放物線の真ん中に、「Free Hugs」と書かれたホワイトボードを持った有島がいたのだ。
有島は、そこで切実そうに、ハグを求めて待っていた。
だが当然誰も申し出ない。ただ一人彼女へハグを申し込んだのは、明らかに悪意を持っているマッシュヘアの細い男だった。
彼は有島とハグをすると馬鹿にしたように何度も肩をすくめて「ラブアンドピース! ラブアンドピース!」と有島に向けてサムズアップをし続けていた。
有島はそれでも、にへらにへらと笑い、それを見た同じグループだと思われる男たちの笑い声が上がった。
僕はそいつらに対して嫌悪感を覚えながら、そこを去った。
購買で、目的の焼きそばパンを選び、列に並んでいる時、他の連中が有島を馬鹿にするようなことを囁いていた。僕はそれを聞きながら有島は何がしたいのかと考えていた。
芝居、募金、ハグ。この三つを繋ぐミッシングリンクは見当たらなかった。かと言って誰かに強制されてやっているとも考えられない。
その時、奇妙なひらめきが僕を襲った。
――チャットだ。
いや、まさか、そんなわけがあるか? チャットはそんな頭のおかしい提案はしないって立証済みじゃないか。だがそう思い始めながらも、チャットの提案したことが鮮明に蘇ってくる。
・共通の趣味や関心事を持つ人たちと出会う
・スポーツや趣味のクラブに参加する
・ボランティア活動に参加する
・新しい人に積極的に話しかける
・ソーシャルメディアやオンラインコミュニティに参加する
はっ! まさかな。僕は焼きそばパンを頬張りながら思い直した。ありえない。どこの世界に、チャットの言ったことをそのまま行おうとする人間がいる? そんな人間は、いくらチャットだって想像していないぞ。
だがそう思い込もうとすればするほど、その疑念は強まっていった。何度も同じ問いを自分にして、外のベンチで昼食を食べ終わると、ゴミを捨てるついでに有島がどうなったか見るために、さっきの場所をもう一度訪れることにした。
でも、そこに赤い眼鏡をかけた変な女の姿はなかった。あの綺麗にパーソナルスペースが可視化されたような半円形もなく、生徒たちはバラバラに、好き勝手に歩いていた。
それで僕は何もせずに教室に帰った。有島もいるその教室に。でもあいつはいなかった。しばらく、授業が始まる直前まで帰ってこなかった。
その間、クラスでは有島の噂が流れていた。有島のハグの様子を動画にとって見せている連中もいて、吐き気がした。
そういう奴らは、AIにでも淘汰されればいい、と思った時、ポケットにしまったスマホが震えた。
ゲームの通知だと思って、画面を開いたがそこに届いていたのは、興味を失くしていたはずのChatAIからのメッセージだった。そこにはこんなことが書かれていた。
「あなたは次世代型ChatAI“Galatia”のベータテスターに選ばれました。このAIは従来の機能を大幅に改善させた強力なものです。このテストに参加する場合は、以下の注意事項を読みこんだ上で返信をしてください」
またどうでもいい迷惑メールが来たのだと思った。だがアドレスはSingularity AI社のものだったし、メールにはベータテストの日付と、個人情報の取り扱いについての書類も添付されていた。
僕は、なぜ自分がテスターに選ばれたのかも腑に落ちなかったが、あまり深い考えもなく、注意事項もろくに読まずに(まあいつも特段読んでなんかいないけどさ)、承諾のメールを送ってしまったのだ。
それから次のメールが来るまで、僕はベータテストの存在など頭から吹き飛んでいた。でも、今思えばそれは、僕が知っていた現実というものの、最後の姿だったのかもしれない。
僕が購買に食べ物を買いに向かっている時だった。
その途中、購買の近くの壁に、不自然なほどに人が避けて空いている場所があった。
その不自然な、壁を中心にしてできた放物線の真ん中に、「Free Hugs」と書かれたホワイトボードを持った有島がいたのだ。
有島は、そこで切実そうに、ハグを求めて待っていた。
だが当然誰も申し出ない。ただ一人彼女へハグを申し込んだのは、明らかに悪意を持っているマッシュヘアの細い男だった。
彼は有島とハグをすると馬鹿にしたように何度も肩をすくめて「ラブアンドピース! ラブアンドピース!」と有島に向けてサムズアップをし続けていた。
有島はそれでも、にへらにへらと笑い、それを見た同じグループだと思われる男たちの笑い声が上がった。
僕はそいつらに対して嫌悪感を覚えながら、そこを去った。
購買で、目的の焼きそばパンを選び、列に並んでいる時、他の連中が有島を馬鹿にするようなことを囁いていた。僕はそれを聞きながら有島は何がしたいのかと考えていた。
芝居、募金、ハグ。この三つを繋ぐミッシングリンクは見当たらなかった。かと言って誰かに強制されてやっているとも考えられない。
その時、奇妙なひらめきが僕を襲った。
――チャットだ。
いや、まさか、そんなわけがあるか? チャットはそんな頭のおかしい提案はしないって立証済みじゃないか。だがそう思い始めながらも、チャットの提案したことが鮮明に蘇ってくる。
・共通の趣味や関心事を持つ人たちと出会う
・スポーツや趣味のクラブに参加する
・ボランティア活動に参加する
・新しい人に積極的に話しかける
・ソーシャルメディアやオンラインコミュニティに参加する
はっ! まさかな。僕は焼きそばパンを頬張りながら思い直した。ありえない。どこの世界に、チャットの言ったことをそのまま行おうとする人間がいる? そんな人間は、いくらチャットだって想像していないぞ。
だがそう思い込もうとすればするほど、その疑念は強まっていった。何度も同じ問いを自分にして、外のベンチで昼食を食べ終わると、ゴミを捨てるついでに有島がどうなったか見るために、さっきの場所をもう一度訪れることにした。
でも、そこに赤い眼鏡をかけた変な女の姿はなかった。あの綺麗にパーソナルスペースが可視化されたような半円形もなく、生徒たちはバラバラに、好き勝手に歩いていた。
それで僕は何もせずに教室に帰った。有島もいるその教室に。でもあいつはいなかった。しばらく、授業が始まる直前まで帰ってこなかった。
その間、クラスでは有島の噂が流れていた。有島のハグの様子を動画にとって見せている連中もいて、吐き気がした。
そういう奴らは、AIにでも淘汰されればいい、と思った時、ポケットにしまったスマホが震えた。
ゲームの通知だと思って、画面を開いたがそこに届いていたのは、興味を失くしていたはずのChatAIからのメッセージだった。そこにはこんなことが書かれていた。
「あなたは次世代型ChatAI“Galatia”のベータテスターに選ばれました。このAIは従来の機能を大幅に改善させた強力なものです。このテストに参加する場合は、以下の注意事項を読みこんだ上で返信をしてください」
またどうでもいい迷惑メールが来たのだと思った。だがアドレスはSingularity AI社のものだったし、メールにはベータテストの日付と、個人情報の取り扱いについての書類も添付されていた。
僕は、なぜ自分がテスターに選ばれたのかも腑に落ちなかったが、あまり深い考えもなく、注意事項もろくに読まずに(まあいつも特段読んでなんかいないけどさ)、承諾のメールを送ってしまったのだ。
それから次のメールが来るまで、僕はベータテストの存在など頭から吹き飛んでいた。でも、今思えばそれは、僕が知っていた現実というものの、最後の姿だったのかもしれない。
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