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第七話⑦
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空気が凍り付いたのがわかった。が、そういうことを言われるのを慣れているのか、その後、夢乃が大きな声で、けれども可愛らしく笑った。
「そう。そうよ。でも、あたしとももちゃんはともかく、がぶちゃんのことはよくわかったね」
「シュガーさんに聞いて知ったから」僕が答えた。後ろで「ちょっとそれ、どういうこと?」と、ももちゃんが抗議したのを夢乃は受け流して続けた。
「ああ、そうだったの。ねえ、野々宮くん、それ聞いてどう思った? あたしたちのこと、変な奴らだと思った?」夢乃はぐいと、その刺激の強い身体を僕に押し付けた。
「どうって、まあ、変だとは思ったけど」
「変だと思ったのかよ、おい」がぶりーるが僕の背中をぐいと押した。
「いや、初めてそういう人に出会ったから」なんとか、印象を悪くしないように言葉を選ぶ。
「まあ、高校生じゃ、そうかもね」ももちゃんの一言に助けられる。
「あたしたちも現実じゃただのくたびれたおっさんだものね」夢乃が、はあ、とため息を漏らしながら言った。「月月火水木金金」がぶりーるが横で呪文のように唱えた。
「あなたも大人になったらわかるわよ。大人になったらね、仲良かった友達も、どんどん離れていっちゃうし、お金のこと、仕事のことばっかりになって、逃げ場もなくなっちゃうんだから」いっそうくたびれた感じで夢乃が言った。がぶりーるがそれを聞いて、無言で、カウンターの奥を指差した。
そこには、「現実なんて、忘れちゃえー♡ くら~い話、お断り」
「そうだったわね。もっと明るい話しましょう」夢乃は頭を振って、僕に向き直った。
「ねえ、野々宮くんは、どうしてこの世界に来たの?」一番まずいことを聞かれて、僕は答えに詰まった。
「ちょっと、まあこういうのに興味があって」
「まだ高校生じゃ機材を調達するだけで大変でしょう?」
「ええ、まあ、ちょっとたまたま機会があって貰ったんです。皆さんは、どうして、バーなんてやっているの?」焦って、逆質問をしたのはいい方法だったとは思えない。が、夢乃たちは話し慣れているので、そういう客の態度にも慣れているようだった。
「あたしたちはね、ただかわいい女の子になりたい、っていう気持ちだけでやっているのよ」
「え?」正直、現実世界ではあまり聞いたことのない考えだったので、僕は聞き返した。
「向こうで、男の身体のあたしたちが、女の子らしい気持ちを抱いても、それを発散する方法ってないのよね」
「……どういうこと?」よくわからない。
「つまりね、みんな心の中に可愛い女の子を飼っているってこと」ももちゃんが得意げに言う。だが、余計に意味がわからなくなった。
「それって、あれ、えーと、性同一性……障害? っていうのと、どう違うの?」
「全然違うよ」とがぶりーる。「一緒にしないでよ。僕、可愛い女の子が好きなんだ」頭が混乱してきた。
「そう。私もそうよ。それって似ているけど、全然違うものなの。現実世界で女の子の恰好をしたって、結局、鏡に映っているのは、すね毛が生えて、ごつごつとした肩幅の男の姿でしょ。顔だってそのまま。でも、こっちに来れば、姿はもちろん、声だってこうやって、可愛く変えられるし、そうするとね、立ち振る舞いも影響されてくるのよね。ま、現実世界に戻れば、魔法が解けて、おっさんに戻っちゃうんだけど」
夢乃は微笑みながら答えた。
「ゆめのん、ねえ、あれ、話してよ。あれ」がぶりーるは、うきうきとした様子で促した。
「ああ、そうね」夢乃は、笑いながら、了承した。
「あたし、この間ね、あたしの勤めている会社で、ゴキブリが出たのね、で、みんな大騒ぎ。でもそれをあたしは知らなくてね、ゴキブリがこっちに来たの。その時、とっさに、〝キャア〟って言っちゃったの」
がぶりーるは、堪え切れず笑い出した。あまりにも笑うせいで、野太い声がちらちらと、見え隠れしていた。「それ、ほんと、すき」がぶりーるが、笑いを抑えて言った。
「影響出てるじゃん」思わず僕は言った。
「まずかったのは、それだけよ」夢乃は、意地を張った。「それ以外はいいことしかないんだから」それから腰に手を当てて、堂々とその豊満な胸を張った。
「いいことって?」見当もつかないので聞く。
「そりゃ、もちろん、精神的によ。満たされるっていうの? これを始めてから、すっごく調子よくなったんだから。クソみたいな上司だって、どうでもよくなるくらいに」
「仕事は、なくならないけどね」がぶりーるが棘を差した。「それ、言わない約束でしょ」二人が笑い合う。
「そう。そうよ。でも、あたしとももちゃんはともかく、がぶちゃんのことはよくわかったね」
「シュガーさんに聞いて知ったから」僕が答えた。後ろで「ちょっとそれ、どういうこと?」と、ももちゃんが抗議したのを夢乃は受け流して続けた。
「ああ、そうだったの。ねえ、野々宮くん、それ聞いてどう思った? あたしたちのこと、変な奴らだと思った?」夢乃はぐいと、その刺激の強い身体を僕に押し付けた。
「どうって、まあ、変だとは思ったけど」
「変だと思ったのかよ、おい」がぶりーるが僕の背中をぐいと押した。
「いや、初めてそういう人に出会ったから」なんとか、印象を悪くしないように言葉を選ぶ。
「まあ、高校生じゃ、そうかもね」ももちゃんの一言に助けられる。
「あたしたちも現実じゃただのくたびれたおっさんだものね」夢乃が、はあ、とため息を漏らしながら言った。「月月火水木金金」がぶりーるが横で呪文のように唱えた。
「あなたも大人になったらわかるわよ。大人になったらね、仲良かった友達も、どんどん離れていっちゃうし、お金のこと、仕事のことばっかりになって、逃げ場もなくなっちゃうんだから」いっそうくたびれた感じで夢乃が言った。がぶりーるがそれを聞いて、無言で、カウンターの奥を指差した。
そこには、「現実なんて、忘れちゃえー♡ くら~い話、お断り」
「そうだったわね。もっと明るい話しましょう」夢乃は頭を振って、僕に向き直った。
「ねえ、野々宮くんは、どうしてこの世界に来たの?」一番まずいことを聞かれて、僕は答えに詰まった。
「ちょっと、まあこういうのに興味があって」
「まだ高校生じゃ機材を調達するだけで大変でしょう?」
「ええ、まあ、ちょっとたまたま機会があって貰ったんです。皆さんは、どうして、バーなんてやっているの?」焦って、逆質問をしたのはいい方法だったとは思えない。が、夢乃たちは話し慣れているので、そういう客の態度にも慣れているようだった。
「あたしたちはね、ただかわいい女の子になりたい、っていう気持ちだけでやっているのよ」
「え?」正直、現実世界ではあまり聞いたことのない考えだったので、僕は聞き返した。
「向こうで、男の身体のあたしたちが、女の子らしい気持ちを抱いても、それを発散する方法ってないのよね」
「……どういうこと?」よくわからない。
「つまりね、みんな心の中に可愛い女の子を飼っているってこと」ももちゃんが得意げに言う。だが、余計に意味がわからなくなった。
「それって、あれ、えーと、性同一性……障害? っていうのと、どう違うの?」
「全然違うよ」とがぶりーる。「一緒にしないでよ。僕、可愛い女の子が好きなんだ」頭が混乱してきた。
「そう。私もそうよ。それって似ているけど、全然違うものなの。現実世界で女の子の恰好をしたって、結局、鏡に映っているのは、すね毛が生えて、ごつごつとした肩幅の男の姿でしょ。顔だってそのまま。でも、こっちに来れば、姿はもちろん、声だってこうやって、可愛く変えられるし、そうするとね、立ち振る舞いも影響されてくるのよね。ま、現実世界に戻れば、魔法が解けて、おっさんに戻っちゃうんだけど」
夢乃は微笑みながら答えた。
「ゆめのん、ねえ、あれ、話してよ。あれ」がぶりーるは、うきうきとした様子で促した。
「ああ、そうね」夢乃は、笑いながら、了承した。
「あたし、この間ね、あたしの勤めている会社で、ゴキブリが出たのね、で、みんな大騒ぎ。でもそれをあたしは知らなくてね、ゴキブリがこっちに来たの。その時、とっさに、〝キャア〟って言っちゃったの」
がぶりーるは、堪え切れず笑い出した。あまりにも笑うせいで、野太い声がちらちらと、見え隠れしていた。「それ、ほんと、すき」がぶりーるが、笑いを抑えて言った。
「影響出てるじゃん」思わず僕は言った。
「まずかったのは、それだけよ」夢乃は、意地を張った。「それ以外はいいことしかないんだから」それから腰に手を当てて、堂々とその豊満な胸を張った。
「いいことって?」見当もつかないので聞く。
「そりゃ、もちろん、精神的によ。満たされるっていうの? これを始めてから、すっごく調子よくなったんだから。クソみたいな上司だって、どうでもよくなるくらいに」
「仕事は、なくならないけどね」がぶりーるが棘を差した。「それ、言わない約束でしょ」二人が笑い合う。
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