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第七話④
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「へえ、どんなこと?」一応聞いておいた。もしかしたら何か関係があると思って。だが、そうではなかった。
「この世界のこと! オブスキュラの未来のことだよ。僕、ここの住人になりたいんだ」
「住人?」話が見えない。
「そう」
「どういうことだ?」君人は呆れたのか、ため息をついた。
「野宮、〝ANNE〟の記事、読んでいるんじゃないの?」
「記事? ああ、あれのことか……」そう言って、僕は、その記事を読んだ時の興奮を思い出した。今思い返すと、どうしてあれほど、我を失うくらいに没頭したのかわからない。確か、あの記事では、〝ANNE〟はオブスキュラが、現実世界の重要な問題を解決する可能性を秘めていると説いていた。その熱に当てられてこうしてオブスキュラまで来たわけだが、まだ〝ANNE〟が言う可能性についてはピンときていなかった。
「お前がここの住人になりたいってことと、〝ANNE〟のことはどう繋がるんだ?」
僕は聞いた。君人は僕の問いにがっかりしたようだった。
「野宮って鋭いようでいて、案外鈍いところあるよな」
「なんだって?」僕が睨むと、君人が僕から距離をとった。
「怒るなよ。あのさ、単純なことだよ。誰でも、現実世界じゃ引っ越す時、その土地のこととか少しは勉強するだろ? それと同じだよ。僕、オブスキュラがどんな可能性を秘めているか、もっと知りたいんだ」
君人は、その目的の是非はともかく、とてもしっかりとした理由を答えた。
「なるほど」僕は考え込んだ。となると、案外僕と君人の目的に違いがないのかもしれない。――〝Galatia〟以外では。僕は頭を振って、その考えを払い落した。
「で? そう言うからには、〝ANNE〟の居場所はもうわかっているのか?」
「ううん」僕はずっこけそうになった。
「だから、これから探すんだよ」
「一人の時は探さなかったのか」僕はしつこく聞いた。
「ううん。どうして?」ケロッとして答えた。こいつ、どこまで狙っているんだ?
「……まあ、いいや。こうしてわざわざ僕を呼んだんだ。なにか当てがあるんだろ?」
「そうなんだ」君人が、食い入るように僕に寄ったせいで身体が重なった。
「近い」「ああ、ごめん。めり込んじゃった」君人が離れる。
「あのさ、先週、絡まれたの覚えてる?」
「先週……ああ、そういうこと」
「そう」君人は、腰の辺りから「バー・わるぷるぎす:第八宇宙」と書かれた紫色のカードを取り出した。
「ゲームじゃ、情報を得るには、酒場だってよく言わない?」
「まあ、ここ、ゲームみたいなものだしな」僕も賛同する。それに、彼女(彼?)たちは、誰にでも積極的で、顔が広そうだった。
「一人じゃ、どうしてもあそこに行けなくてさ。本当は、シュガーが知っていればよかったんだけど……」
確かに、シュガーが知らなかったのは意外……というか、少し妙な気がした。が、それは口に出さなかった。
「八番ゲートから行けるのか」僕はグリフィンを見ながら言った。
「たぶん」自信のない声で君人は答えた。
「なんだよ、行く気があるのか、ないのか、どっちだよ」僕が問い詰める。
「そ、そんな、急かすなよ。正直、行かないで済むなら、そっちの方がいいかなって。だって、野宮も覚えてるだろ? あの人達、なんか、色々おかしいって」
「……まあ、現実世界の住人じゃないからな」別に彼女たちの肩を持つつもりはなかったが、結果的にそうなった。
「そう! そうなんだよ。あれで、みんな男って言ってたし、すごい、勢いで喋ってきて……あんな人達、見たことない。どう接したらいいかわかんないんだよ」
僕は彼女たちの格好を思い出していた。まあ、あの格好の人間を見たことがあるという方がおかしいが、言っていることは理解できる。「……なんだよ」君人が、僕のことをじっと見つめていたので、聞く。
「でも野々宮なら、なんか上手く喋れそう」君人が言った。
「はあ? なんで?」僕は身を乗り出した。
「だって、野々宮、初対面の人でも、あんまり、物怖じしないじゃん」
「そうか?」
「そうだよ。僕の時だって……」
それから君人は口をつぐんだ。物怖じ、か、そんなことを言われるとは思っていなかった。はたして君人の言う通りなのかどうかはともかく、君人よりは人見知りはしないかもしれない。が、それは僕が他人のことなんてどうでもいいと思っているからだ。少なくとも僕は自分のことをそう思っていた。
「まあ、そうかもしれないけどな、一人で行くのは御免だぞ」僕は言った。
「野々宮が行くなら、僕も行くよ」君人が僕の方に向き直って答えた。
「なら、さっさと行こう。後回しにするようなものでもないだろ」
そう言って、君人の優柔不断に付き合いきれなくて、僕は八番ゲートに向かってスタスタと四つ足を動かした。
「あっ待ってよ」君人が、後ろからうねうねと地面にめり込みながら追って来た。
「うわっ。なにそれ、気もち悪」思わず声に出した。
「これ、普通に歩くより早いんだ」君人はぶるぶる震えながら、あっという間に僕を追い抜いてグリフィンまでたどり着いてしまった。僕も必死に足を動かして君人に追いついた。
「この世界のこと! オブスキュラの未来のことだよ。僕、ここの住人になりたいんだ」
「住人?」話が見えない。
「そう」
「どういうことだ?」君人は呆れたのか、ため息をついた。
「野宮、〝ANNE〟の記事、読んでいるんじゃないの?」
「記事? ああ、あれのことか……」そう言って、僕は、その記事を読んだ時の興奮を思い出した。今思い返すと、どうしてあれほど、我を失うくらいに没頭したのかわからない。確か、あの記事では、〝ANNE〟はオブスキュラが、現実世界の重要な問題を解決する可能性を秘めていると説いていた。その熱に当てられてこうしてオブスキュラまで来たわけだが、まだ〝ANNE〟が言う可能性についてはピンときていなかった。
「お前がここの住人になりたいってことと、〝ANNE〟のことはどう繋がるんだ?」
僕は聞いた。君人は僕の問いにがっかりしたようだった。
「野宮って鋭いようでいて、案外鈍いところあるよな」
「なんだって?」僕が睨むと、君人が僕から距離をとった。
「怒るなよ。あのさ、単純なことだよ。誰でも、現実世界じゃ引っ越す時、その土地のこととか少しは勉強するだろ? それと同じだよ。僕、オブスキュラがどんな可能性を秘めているか、もっと知りたいんだ」
君人は、その目的の是非はともかく、とてもしっかりとした理由を答えた。
「なるほど」僕は考え込んだ。となると、案外僕と君人の目的に違いがないのかもしれない。――〝Galatia〟以外では。僕は頭を振って、その考えを払い落した。
「で? そう言うからには、〝ANNE〟の居場所はもうわかっているのか?」
「ううん」僕はずっこけそうになった。
「だから、これから探すんだよ」
「一人の時は探さなかったのか」僕はしつこく聞いた。
「ううん。どうして?」ケロッとして答えた。こいつ、どこまで狙っているんだ?
「……まあ、いいや。こうしてわざわざ僕を呼んだんだ。なにか当てがあるんだろ?」
「そうなんだ」君人が、食い入るように僕に寄ったせいで身体が重なった。
「近い」「ああ、ごめん。めり込んじゃった」君人が離れる。
「あのさ、先週、絡まれたの覚えてる?」
「先週……ああ、そういうこと」
「そう」君人は、腰の辺りから「バー・わるぷるぎす:第八宇宙」と書かれた紫色のカードを取り出した。
「ゲームじゃ、情報を得るには、酒場だってよく言わない?」
「まあ、ここ、ゲームみたいなものだしな」僕も賛同する。それに、彼女(彼?)たちは、誰にでも積極的で、顔が広そうだった。
「一人じゃ、どうしてもあそこに行けなくてさ。本当は、シュガーが知っていればよかったんだけど……」
確かに、シュガーが知らなかったのは意外……というか、少し妙な気がした。が、それは口に出さなかった。
「八番ゲートから行けるのか」僕はグリフィンを見ながら言った。
「たぶん」自信のない声で君人は答えた。
「なんだよ、行く気があるのか、ないのか、どっちだよ」僕が問い詰める。
「そ、そんな、急かすなよ。正直、行かないで済むなら、そっちの方がいいかなって。だって、野宮も覚えてるだろ? あの人達、なんか、色々おかしいって」
「……まあ、現実世界の住人じゃないからな」別に彼女たちの肩を持つつもりはなかったが、結果的にそうなった。
「そう! そうなんだよ。あれで、みんな男って言ってたし、すごい、勢いで喋ってきて……あんな人達、見たことない。どう接したらいいかわかんないんだよ」
僕は彼女たちの格好を思い出していた。まあ、あの格好の人間を見たことがあるという方がおかしいが、言っていることは理解できる。「……なんだよ」君人が、僕のことをじっと見つめていたので、聞く。
「でも野々宮なら、なんか上手く喋れそう」君人が言った。
「はあ? なんで?」僕は身を乗り出した。
「だって、野々宮、初対面の人でも、あんまり、物怖じしないじゃん」
「そうか?」
「そうだよ。僕の時だって……」
それから君人は口をつぐんだ。物怖じ、か、そんなことを言われるとは思っていなかった。はたして君人の言う通りなのかどうかはともかく、君人よりは人見知りはしないかもしれない。が、それは僕が他人のことなんてどうでもいいと思っているからだ。少なくとも僕は自分のことをそう思っていた。
「まあ、そうかもしれないけどな、一人で行くのは御免だぞ」僕は言った。
「野々宮が行くなら、僕も行くよ」君人が僕の方に向き直って答えた。
「なら、さっさと行こう。後回しにするようなものでもないだろ」
そう言って、君人の優柔不断に付き合いきれなくて、僕は八番ゲートに向かってスタスタと四つ足を動かした。
「あっ待ってよ」君人が、後ろからうねうねと地面にめり込みながら追って来た。
「うわっ。なにそれ、気もち悪」思わず声に出した。
「これ、普通に歩くより早いんだ」君人はぶるぶる震えながら、あっという間に僕を追い抜いてグリフィンまでたどり着いてしまった。僕も必死に足を動かして君人に追いついた。
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