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第六話②
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「すごい! すごいよ! 本当にスカイツリーだ!」
駅を出ると、黒マスクで顔を覆った君人が子供のようにはしゃいで、スカイツリーに向かって飛び跳ねながら駆けて行った。正面には、いつか写真で見た時とそっくりそのままの塔がそびえ立っていた。
「本物ではないけどな」
君人が聞こえない距離で僕は呟いた。それを聞いていたシュガーが僕に言った。
「野々宮くんは、なんだか落ち着いているよね。ここに来たのは初めてなんだろ?」
「あいつが、はしゃぎすぎなんですよ」なんだか責められているみたいで、慌ててそう答えた。
「それもそうかもな」シュガーは向こうで
「早く! こっちから入れるって!」と叫んでいる(当然僕には二重に聞こえる)君人を見ながら同意した。
「まあ、反応なんて人それぞれか」シュガーが納得して、君人の元に向かったのを見て、僕も後を追った。
シュガーが設定して、このワールドには、他の人が入れないようにしたらしいので、塔の中に入っても誰ともすれ違わなかった。
中は、外観に劣らず凝っていて驚いた。売店、チケットカウンター、トイレまで再現されていた。カウンターでチケットを買い、エレベーターホールに向かう。ホールの天井は床もそうだが、変わった模様をして(麻の葉文様、というらしい)、塔と同じく光っている。
エレベーターの中に入ると、壁の上部に、無数の和柄をした青や赤や緑に光る丸い装飾があった。何だろうと思っていると、シュガーが説明してくれた。
「江戸切子っていうらしい、花火を表現しているんだとか。ここにはエレベーターが四つあって、それぞれ春夏秋冬を表している。これは夏だろうな」
電光板に表示された高度がもの凄いスピードで増えていき、五十秒後に三百五十で止まった。扉が開き、「天望デッキ」と言われるところに着いた。
「すごいすごい! よく見えるよ!」一直線に窓の側まで走り、興奮したまま、君人が言った。
「現実に比べたら、表示されている建物の数はずっと少ないけど、やっぱりいい景色だよなあ」
シュガーが君人の横に並び、感心したように言った。僕も遅れてそこからの景色を眺めた。
確かに、素晴らしい景色だ。まあ光の当たり方とか、情報量の少なさで、現実よりかは劣るかもしれないが、上手く演出を凝らして、そのみすぼらしさを回避しているように見えた。墨田川も、浅草寺も、丸の内のビル、東京タワーまで見えるし、その奥には、おあつらえ向きに、富士山まで映っていた。
「この見えている街中って全部歩けるんですか?」君人が景色に目を奪われたまま聞いた。
「まあ歩けなくもないが、あんまり面白くないよ。書き割りみたいなものだ」
「書き割り?」
「背景だってこと。ここから綺麗に見えるように、計算されて描かれているだけ」シュガーは、面倒くさがらずに答えてくれる。
「これ、全部、誰かが作っているんですか?」僕は、感心して眺めていたが、気になって聞いた。
「そうだよ。有志の人がね」
「有志? お金はもらってないってこと?」
「そうだよ」
「信じられない」僕は改めて景色を眺めた。緻密に再現された街並みを、見ているだけで気が遠くなった。
「むしろお金をもらっていたら、いつまで経ってもできないよ。それくらい、熱意がないと、というか狂気にでも駆られていないと、こんなことはできないね」シュガーは答えた。
「シュガーさんも、作っているんですか?」君人が聞いた。
「いや、僕がしているのは、もっと地味なことかな、バグを調べたりとか、物、ワールドを作っている人たちとは違う」
シュガーのその言い方で、彼がこの景色を作った人たちに尊敬の念を抱いていることが伝わって来た。僕も、まあ、そう思わないでもないが、やはりそれよりは人間のその執念としか言いようのない力に対して、畏怖の念を抱いた。
「さあ、もうちょっと回ったら、バンジージャンプをしようか。当たり前だけど、これは現実にはないものだぞ」シュガーは子供のようにウキウキとした口調でそう言った。
それから僕たちは、忠実に再現されたその施設を楽しんだ。下が丸々見えるガラスの床や、そのフロアから百メートルほど上がり、まるで竜の骨が巻き付いたような天望回廊を歩いたり、その上で望遠鏡を覗いたり、天候や四季、時間帯を変えて、見える景色を変えたり……現実ではないが、だからこそ、なかなか楽しめた。それも大体見終わってしまうと、いよいよその時が近づいたのを察して、君人はそわそわし始めた。
「ほ、本当に行くの?」君人はシュガーには声が聞こえない場所で、僕に聞いた。
「そのために来たんだろ?」
君人は僕の言葉に驚愕した(に違いない。アバターは、そこまで繊細に表情を再現しなかったが、雰囲気でそれが伝わった)。
「別に、そのために来たわけじゃないよ。現実では行けないから来ただけで」君人は俯いた。
「……怖いのか?」じれったくなって僕は言った。
「こ、怖いだなんて、そんなわけないだろ。現実じゃないんだから」ムキになって君人が言い返す。
「僕はただ、野々宮がどうするか聞いているだけで」
「……ああ、そう」付き合いきれなくなって僕は答えた。しかしまあ、どうしようかとは思っていた。自分に飛べるのかと。あるいは、ヴァーチャルでなら……。
「おーい、君たち、こっちだよ」
シュガーが向こうから、大声で僕たちを呼んだ。フロアの端の空中に、緑に矢印が上を向いている。
「ここから、現実では行けない頂上、六百三十四メートル地点まで行ける」そう言ってシュガーは矢印をタッチし、姿を消した。「緊張する」そう君人が言い、矢印をタッチし、僕たちも後を追った。
駅を出ると、黒マスクで顔を覆った君人が子供のようにはしゃいで、スカイツリーに向かって飛び跳ねながら駆けて行った。正面には、いつか写真で見た時とそっくりそのままの塔がそびえ立っていた。
「本物ではないけどな」
君人が聞こえない距離で僕は呟いた。それを聞いていたシュガーが僕に言った。
「野々宮くんは、なんだか落ち着いているよね。ここに来たのは初めてなんだろ?」
「あいつが、はしゃぎすぎなんですよ」なんだか責められているみたいで、慌ててそう答えた。
「それもそうかもな」シュガーは向こうで
「早く! こっちから入れるって!」と叫んでいる(当然僕には二重に聞こえる)君人を見ながら同意した。
「まあ、反応なんて人それぞれか」シュガーが納得して、君人の元に向かったのを見て、僕も後を追った。
シュガーが設定して、このワールドには、他の人が入れないようにしたらしいので、塔の中に入っても誰ともすれ違わなかった。
中は、外観に劣らず凝っていて驚いた。売店、チケットカウンター、トイレまで再現されていた。カウンターでチケットを買い、エレベーターホールに向かう。ホールの天井は床もそうだが、変わった模様をして(麻の葉文様、というらしい)、塔と同じく光っている。
エレベーターの中に入ると、壁の上部に、無数の和柄をした青や赤や緑に光る丸い装飾があった。何だろうと思っていると、シュガーが説明してくれた。
「江戸切子っていうらしい、花火を表現しているんだとか。ここにはエレベーターが四つあって、それぞれ春夏秋冬を表している。これは夏だろうな」
電光板に表示された高度がもの凄いスピードで増えていき、五十秒後に三百五十で止まった。扉が開き、「天望デッキ」と言われるところに着いた。
「すごいすごい! よく見えるよ!」一直線に窓の側まで走り、興奮したまま、君人が言った。
「現実に比べたら、表示されている建物の数はずっと少ないけど、やっぱりいい景色だよなあ」
シュガーが君人の横に並び、感心したように言った。僕も遅れてそこからの景色を眺めた。
確かに、素晴らしい景色だ。まあ光の当たり方とか、情報量の少なさで、現実よりかは劣るかもしれないが、上手く演出を凝らして、そのみすぼらしさを回避しているように見えた。墨田川も、浅草寺も、丸の内のビル、東京タワーまで見えるし、その奥には、おあつらえ向きに、富士山まで映っていた。
「この見えている街中って全部歩けるんですか?」君人が景色に目を奪われたまま聞いた。
「まあ歩けなくもないが、あんまり面白くないよ。書き割りみたいなものだ」
「書き割り?」
「背景だってこと。ここから綺麗に見えるように、計算されて描かれているだけ」シュガーは、面倒くさがらずに答えてくれる。
「これ、全部、誰かが作っているんですか?」僕は、感心して眺めていたが、気になって聞いた。
「そうだよ。有志の人がね」
「有志? お金はもらってないってこと?」
「そうだよ」
「信じられない」僕は改めて景色を眺めた。緻密に再現された街並みを、見ているだけで気が遠くなった。
「むしろお金をもらっていたら、いつまで経ってもできないよ。それくらい、熱意がないと、というか狂気にでも駆られていないと、こんなことはできないね」シュガーは答えた。
「シュガーさんも、作っているんですか?」君人が聞いた。
「いや、僕がしているのは、もっと地味なことかな、バグを調べたりとか、物、ワールドを作っている人たちとは違う」
シュガーのその言い方で、彼がこの景色を作った人たちに尊敬の念を抱いていることが伝わって来た。僕も、まあ、そう思わないでもないが、やはりそれよりは人間のその執念としか言いようのない力に対して、畏怖の念を抱いた。
「さあ、もうちょっと回ったら、バンジージャンプをしようか。当たり前だけど、これは現実にはないものだぞ」シュガーは子供のようにウキウキとした口調でそう言った。
それから僕たちは、忠実に再現されたその施設を楽しんだ。下が丸々見えるガラスの床や、そのフロアから百メートルほど上がり、まるで竜の骨が巻き付いたような天望回廊を歩いたり、その上で望遠鏡を覗いたり、天候や四季、時間帯を変えて、見える景色を変えたり……現実ではないが、だからこそ、なかなか楽しめた。それも大体見終わってしまうと、いよいよその時が近づいたのを察して、君人はそわそわし始めた。
「ほ、本当に行くの?」君人はシュガーには声が聞こえない場所で、僕に聞いた。
「そのために来たんだろ?」
君人は僕の言葉に驚愕した(に違いない。アバターは、そこまで繊細に表情を再現しなかったが、雰囲気でそれが伝わった)。
「別に、そのために来たわけじゃないよ。現実では行けないから来ただけで」君人は俯いた。
「……怖いのか?」じれったくなって僕は言った。
「こ、怖いだなんて、そんなわけないだろ。現実じゃないんだから」ムキになって君人が言い返す。
「僕はただ、野々宮がどうするか聞いているだけで」
「……ああ、そう」付き合いきれなくなって僕は答えた。しかしまあ、どうしようかとは思っていた。自分に飛べるのかと。あるいは、ヴァーチャルでなら……。
「おーい、君たち、こっちだよ」
シュガーが向こうから、大声で僕たちを呼んだ。フロアの端の空中に、緑に矢印が上を向いている。
「ここから、現実では行けない頂上、六百三十四メートル地点まで行ける」そう言ってシュガーは矢印をタッチし、姿を消した。「緊張する」そう君人が言い、矢印をタッチし、僕たちも後を追った。
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