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第五話①

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 もう一つの世界への〝ダイブ〟は、思っていたよりも、ずっと地味だった。もっとこう、異世界に向かって(周りに引き延ばされた光が飛び交って)、ワープするみたいなのかと思えば、それまで見えていた周囲の景色がプツンと途絶え、真っ暗になり、目の前に「NOW LOWDING」の文字が空中に浮かんだだけだった。

「まだ、ベータ版らしいよ」がっかりする気持ちを、少しでも失くしたいのか、横で君岡が弁明するように言った。画面が切り替わる。

 すると、すぐに目の前に、黒いコートを着て、自分の身長よりも大きい剣を二本背負った男の姿が見えた。これが君岡か? 僕はそう思ってチュートリアルで知った方法で歩き、その男に近づいた。空は青く、周囲は緑の長い草で覆われていた。ごつごつとした大岩がそこかしこに転がっている。どこかの草原に入ったらしい。

「あれ?」君岡が腑に落ちない様子で言った。

「どうした?」僕が聞く。その声で、剣を背負った男が振り向く。
だが君岡だと思ったその人物は、まったく違う声色で言った。

「ん? あれ? 君は……誰だ?」
「え?」僕は驚いて声が出なくなった。
一体どういうことだと思っていると、その男が叫んだ。

「危ない!」

 振り返る。巨大な黒のドラゴンが、口から火を吐きながら僕に向かって突っ込んできた。

 避けようと思ったが、まだ操作に慣れていないのでとっさに反応できない。現実の自分の身体だけが反応し、アバターは一歩も動かなかった。ドラゴンに体当たりされて、僕はサッカーボールのように吹き飛んだ。

「あーっはっはっはっは!……」剣を背負った男が、同情しながらも笑い叫ぶその声が遠ざかっていく。僕の身体は、少なく見積もっても、数百メートルは飛ばされた。

 僕は飛ばされた先で、その男が、ドラゴンのターゲットを取り、炎と氷の剣を振り回しながら、ドラゴンと闘っているのを眺めていた。呆気に取られていると、君岡からボイスチャットが飛んできて、僕はまごつきながら、自分の周りに円形状に浮かぶインターフェースの中から、それを開いた。

「もしもし? 野宮? 聞こえる?」

 イヤホンを貫通する現実の声と遅れるせいか、二重に聞こえた。

「どこにいる? 僕、一人でエントランスにいるんだけど……」
不安なのか、君岡が弱弱しい声で言った。

「エントランス?」
「うん」
「どんなとこ? 草原じゃなくて?」

「草原? 何を言っているんだよ。エントランス! なんかリボンみたいなのがあちこち伸びてて、ゲートがたくさんある」
「ゲート?」何を言っているのかわからない。

 僕は男がドラゴンの首にまたがり、剣で切りつける瞬間を見た。

「バグかな」

 君岡が言う。飛び回っていたドラゴンが地に落ち、悲鳴をあげながら、火を吐いていた頭をだらんとさせた。

「何かの手違いで、野宮だけワールドに入っちゃったのかも。再起した方がいいかもね」
「ああ」

 僕はインターフェースを呼び出し、再起をかけようとした。だがその前に、向こうから、ドラゴンを倒した男が戻ってきたので手を止めた。

「こんにちは」僕を見つけるとその男は、厳つい顔には似合わず、爽やかな声色で挨拶する。

「こ、こんにちは」

 男は僕のことをじっくり見てから言った。

「うーん、どうなったんだろう」

 それから首をかしげる。

「すみません、なんか、えーと、犬を見ませんでしたか。とても大きい、その、ラブラドールレトリバーなんですが」男は言った。

「いえ、見ていませんが」僕が答える。犬? 一体何だって言うんだろう。

「そうですか、すみません」男が頭を下げる。それを見て、そんなこともできるのか、と僕は思った。

「ところであなたは、一体どこから現れたんですか……?」さっき見ていた荒々しい戦闘からは想像もできないくらいに腰を低くしてその人は言った。

「僕ですか? いや、起動したら突然ここに飛ばされたんです」

「ああ、なるほど、そうなんですか」なにがなるほど、なのかまったくわからないが、男が頷いた。

「それでしたら、再起した方がよいかと」

「はあ……」僕は同意した。
「一応、今からするつもりです」

「それがいいです」男が笑う。素晴らしく快活な、まるで真夏の空のような笑いだ。

「失礼ですが、もしかして、ここに来るのは初めてですか?」

 僕が再起のボタンを探していると、それを眺めていた男が聞いた。

「はあ。まあ、そうです」

 そう言って、僕は少し身構えた。なぜなら、普段なら目つきが悪いせいで、そんなつもりはないのに、怒っていると、誤解されることがよくあったからだ。自分がその時、誤解されるような視線をしていたと、後から気付いたのだ。だがここがオブスキュラの中だということを、僕はすっかり忘れていた。男はまったく気にかけずに続けた。

「それなら、私が少し案内しましょうか?」

「……いいんですか?」思わぬ親切心を見せられて、動揺しながら聞いた。

「はい。私もやることを終えて、ちょうど暇になったものですから」
 男はドラゴンのいた方を振り返った。

「野宮? どうした? もう再起した?」返答に迷っていると、君岡の声が響いた。

「お友達、ですか?」男は礼儀正しく聞いた。

「え、ああ、まあ」友達、かどうかはわからないが、ややこしくなるので、話を合わせることにした。

「お友達もここに来るのは初めて?」
「そうみたいですね。ちょっと入ったことあるくらいで。今は、エントランスにいるらしくて、ゲートがたくさんあるとかなんとか」

 僕は君岡に「すぐ再起する」と手短に伝えてから答えた。

「ああ、なるほど、なるほど。でしたら、ちょうどいいので、そこで待ち合わせしましょうか。お友達もよろしいのでしたら、ですが」

 男は腕を組み、銀の甲冑のグローブを見せながらこちらをちらと見やった。

「ちょっと待っててください」

 僕は君岡に事情を説明した。君岡は、少し迷っていたが、男が僕を吹っ飛ばしたドラゴンを倒したことを伝えると、事情通だと察したのか、承諾した。

「いいみたいです」

「そうですか、それはよかった。では、エントランスで会いましょう」

 そう言うと男は数歩、後ずさり、頭を下げると、ふっと、煙のように消えてしまった。

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