上 下
22 / 72

第22話【始めての……】

しおりを挟む
「あー。今日は疲れたなぁ」

 学校から帰ってくると私は眼鏡を外してコンタクトを付ける。
 普通は逆だと思うけれど、これが私の日課だ。

「あ、今日家に忘れてったんだった。やっぱりメール来てる。返しとこ」

 今日は携帯端末を家に忘れるヘマをした。
 今見たら、予想通り両親からメッセージが届いていた。

 それに返信を打つ。
 たった五文字。これでも気持ちは十分伝わるはずだ。

「まぁ、一人でケーキ食べるのもなんだしねぇ」

 そんな独り言を言いながらゲームのヘッドギアをはめスイッチをつけた。
 一昨日セシルに今日はログインするのか聞かれて、もちろんと答えた時、何故か嬉しそうな悲しそうな不思議な顔をしていた。

 だけどじゃあ絶対来てね、なんて言われてしまったから、すぐに行かなくては。
 私を待っててくれる人が居る。それだけで嬉しくなる。

 いつものように意識が遠のき、見慣れた容姿のアバターに変わる。
 今日も私はサラになった。

「あれ? なんかみんな居ない? 表示ではみんなクランスペースに居るって書いているのに……」

 セシルに今日はインしたらまっすぐクランの専用スペースに来るようにお願いされていたので、私は昨日ここに来てからログアウトした。
 もし学校で何かあって遅くなっても、できるだけ早く来れるようにだ。

 それなのに肝心のセシルたちは部屋に居なかった。
 クランメンバーや友達登録した人のログイン状態と居場所はウィンドウに表示できるので、みんながここに居ることは間違いないのにだ。

「あれ? 昨日から模様替えした? なんか昨日の記憶と見た目が……って、なにあのドア?」

 広い部屋の壁の一角に、見たことも無いドアが出来ていた。
 前はあんなもの無かったはずだ。

「あれ? みんなのログイン時間……これって昨日インしてたってことよね?」

 クランメンバーは、ログインしてからの時間と、さらに最終ログアウトから今回のログインまでの経過時間が表示されるようになっている。
 それを見るとログインまでの時間がみんな24時間以内になっていた。

「どういうことだろ。忙しくてインしないって言ってたのに。もう。インしたならメッセージくらい送ってくれたらいいのに」

 そうボヤきながら新しく設置されたドアに向かう。
 今いる部屋に居ないなら、新しく出来たこのドアの向こうにみんな居るに違いない。

「ねぇ。こんな部屋どうしてつ……きゃあ!?」
「ハッピーバースデー!!!」

 クラッカーが鳴る音と共に、みんなの盛大な声がドアを開けた瞬間に耳に飛んできた。
 驚きのあまり、私は悲鳴を上げてしまう。

「誕生日おめでとう! サラさん!!」
「え? ちょっと、これ。どういうこと!?」

 新しく出来た空間の中央には、人数分の椅子とテーブルクロスが敷かれた丸テーブル。
 そしてテーブルの上には、赤々と燃えるロウソクの刺さったホールケーキが置かれていた。

「何ってお祝いじゃないかっ! サラちゃんが今日インするって言うからさ、セシルが『じゃあ、内緒で祝おう!』って言ってみんなで用意したんだよ!」
「サラ! おめでとう! まさか、僕と同じ歳だったとは思わなかったよ。これって運命ってやつかな?」

「サラさん。おめでとうございます。ささやかですが、こんな部屋を用意させて頂きましたよ」
「思いついたのは俺だけどさ。こんな部屋が作れるって教えてくれたのはハドラーなんだ。どうかな?」

 一度にたくさんの驚きがあり過ぎて、何から処理すれば良いか分からなくなり、私は目を回しそうになった。
 だけどひとまず部屋を見ろということだから、なんなのか見てみることにした。

「これって……」
「そう! 生産スペース!! なんかさ。これがあると生産の効率が上がるんでしょう? 俺知らなかったよ。知ってたらすぐに用意したのに」

 生産スペースとは、クランの専用スペースに設置可能な部屋の一種で、各生産物ごとに用意された特別な部屋だ。
 ここはもちろん薬生産用のスペース。ここで薬製作をすると、部屋のレベルに応じて色々と特典がつく。

「ありがとう! 凄く嬉しい! 前のクランには無かったから……」
「まーったく。あのクソ野郎……おっと。前のクラマスは本当にダメなやつだな」

「それに、こうやって家族以外の人に誕生日を祝ってもらうなんて、私、初めてなの。凄く嬉しい。ありがとう!」
「え? そうなの? じゃあこれから毎年僕が祝ってあげるよ」

 カインの冗談がおかしくて、私は笑ってしまった。
 私が笑うから、カインはふてくされた顔をしている。

「それじゃあ、みんなで早速食べようか。っと、その前に。ロウソクの火を消さないとね」

 セシルが何かを設定すると、部屋の中が薄暗くなった。
 溶けることのないロウソクの火が、ゆらゆらと揺れている。

「うん。じゃあ消すよ? あ、歌はある?」

 せっかくだからと私は少しわがままを言ってみた。
 みんなは嫌がることもせず、セシルの合図で歌を歌ってくれる。

「ディアサーラー、ハッピーバースデートゥーユー」
「ふーっ!!」

 歌の終わりに合わせて、私は勢いよくロウソクの火に向かって息を吹き付けた。
 お願いごとを頭に浮かべながら。

 私のお願いごとは、攻城戦で見事一位を取ることと、アーサーにもらった『魔血』のレシピを見つけること。
 願いを込めた私の吐息は、綺麗に全てのロウソクの火を消した。

「おめでとー!!」

 みんなの拍手が辺りに鳴り響く。
 私は思わず熱いものが込み上げてしまった。

「みんな……ほんとに、ありがとう。私……このクランを作って良かった。ありがとうセシル……ありがとう、みんな」

 嬉しくて涙を流す私の頭を、アンナが優しく撫でてくれた。
 まるでお母さんにしてもらっているような気持ちの良さで、私は幸せな気分に包まれる。

「よしよし。ほら! せっかくのケーキが待ってるよ! わたしゃゲームの中でケーキを食べるなんて初めてだからね! 楽しみだ!」

 アンナの号令で、私もみんなも席に着く。
 配られたケーキを口に運ぶと、まるで本物を食べているような錯覚を覚えた。

「うん! 美味しい!!」
「美味しいねぇ」

 食べながら聞いたところによると、昨日はみんなで団体戦をひたすら繰り返していたんだとか。
 理由はクランギラを貯めるためと、クランレベルを上げるため。

 どうやらクランのレベルが足りずに、生産スペースが作れなかったらしい。
 さらにこれを作るためと、消耗品として一度使うと無くなるケーキやクラッカーを含めて、用意した備品を買うのにクランギラが足りなかったんだとか。

「大変だったんだよ。もう深夜までやっててさ。僕、危うく今日の授業サボりそうになったもん」
「でも、カインは最後、人数が足りなくなって団体戦出来なくなった後も、クランギラ貯めるためにクランクエストを手伝ってくれたんだ。助かったよ。俺一人じゃ新エリアは無理だからな」

 珍しくセシルがカインに礼を言った。
 それを聞いたカインは面白そうに肩をすくめただけだったけれど。
しおりを挟む
感想 132

あなたにおすすめの小説

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【第1章完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【完結】R・I・N・G〜フルダイブ式VRゲームの報酬は、リアル世界の夢も叶える〜

呑兵衛和尚
SF
世界初のバーチャルMMORPG、ヨルムンガンド・オンライン。 そのファーストロットの抽選販売に当選した大学生の本田小町は、VRMMOゲームなのにも関わらず、冒険に出ることもなく領地経営を楽しんでいた。 そんなある日。 突発的に起こった大規模討伐クエストの最中であるにも関わらず、公式サイドに公開された大型アップデートの内容を見て、呆然としてしまった。 【ハイパークエスト、R・I・N・Gが実装されます】 公式サイド曰く、【R・I・N・G】クエストをクリアすることにより、世界に七つしか存在しない『願いを叶える指輪』が手に入るという。 【これは世界のどこかに存在する七つの指輪、それを求める旅。指輪を手にしたものは、望みのものが与えられます】 ──ゾクゾクッ  これを見たユーザーたちは、誰もが歓喜に震え始めた。  これは普通のオンラインゲームじゃない。  願いを叶えることができる、オンラインゲーム。  それこそ、莫大な富と財宝が手に入る可能性がある。   誰もが知りたい、莫大な富。  それはゲームの世界のものなのか、それとも現実なのか。  そう考えたユーザーが、無理を承知で公式に質問した。 Q:ゲーム内ではなくリアルで現金一億円とかを望んでも叶いますか? A:まあ、望むものとは言いましたが、現金なら10億円までですね。  公式サイトでは、最大10億円ぐらいまでならば、賞金としてお渡しすることができますと公式回答を発表。  オンラインゲームは娯楽だけではなく、まさに一攫千金を求めることができるものに変化した。  言わば、現代のゴールドラッシュが始まろうとしているのである。 そしてこの公式解答は、瞬く間に日本だけでなく全世界にも広がっていった。 「こ、これは大変なことになった……」 主人公の本田小町は、このクエストの情報を求める。 彼女と親友の夢を取り戻す為に。 【R・I・N・G】クエストをクリアするために。 注)このストーリーは、『ユメカガク研究所』というチームによって生み出されたシェアワールドを舞台としています。 こちらのシェアワールドを使用している作品には、全て『ユメカガク研究所』のタグがついていますので。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...