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第18話【初めての調合】
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私はあの日の自分を思い出していた。
初めて調合を成功させ、アーサーを救ったあの日のことを。
もしかしたらあれが私のこのゲームにおける原体験だったのかもしれない。
あの成功、薬を調合する楽しさを知らなければ、私はいくらユースケに言われたとしても、このゲームを続けていなかったかもしれない。
☆☆☆
『ユースケにやれって言われて始めたけど、何やればいいか全く分からないのよねぇ。オンラインどころか、ゲームなんてパズルくらいしかやったことないのに……』
その日私は一人レベルを上げるために【セボン草原】で戦っていた。
ユースケから指示された職業は【調合師】の上級職である【薬師】、完全な生産職だった。
生産職は生産、つまりアイテム製作によっても経験値が増え、戦わなくてもレベルを上げることが出来る。
しかし、【調合師】が作る薬はとにかく難しく、そして金がかかった。
アイテムを作るためには素材が必要で、ドロップアイテムを集めるか、店売りの素材を買うかしかない。
露店も開始からあったけれど、めぼしいアイテムはたいてい高いかすぐ売り切れ状態。
しかもリリースしたばかりだから、プレイヤー自身の試行錯誤があり露店を開くプレイヤーなどまだ多くはなかった。
さらに問題なのは調合システム。
このゲームの売りである『試行錯誤と自由と実体験』というもののせいで、レシピというものが公開されていない。
プレイヤーは、調合に必要なスキルと器具を集め、思い思いに素材を様々な方法で調合していく。
ゲームなので、ある程度成功すれば何かはできる。
しかし、できるのは毒にも薬にもならないゴミのようなものばかりだった。
今でこそ潤沢な資金と試行錯誤の上に手に入れた独自のレシピがあるが、当時の私は回復薬一つ作ることができないポンコツだった。
まだネットにも情報が載ることも無かったのだから、自分自身で一つずつ探すしかない。
そんな理由で、私は成功率を上げるためのレベル上げと、素材となるドロップアイテム集めを兼ねて、狩りをしていたのだ。
『もう! こんなん無理!! ぜんっぜん倒せないし!!』
【調合師】の攻撃スキルは【ポーションスリング】しかない。
投げるのは調合で失敗してできたその名も【失敗作】や【不燃ごみ】など。
与えるダメージは微々たる量で、モンスターからの実入りも少ない。
経験値を除けば、手に入る金額は良くてトントン、悪ければマイナスだ。
今でこそバランス調整や、ネットの有志によるレシピ公開などで始めるのがそこまで難しい職業では無くなったけれど、当時は断トツの不人気職だった。
今でも好きこのんでやる人以外に、メインでやる人は少ないけれど。
『ねぇ。君一人? 良かったらさ。一緒に狩らない? なんかね。パーティボーナスっていうのがしばらくあるみたいなんだ』
このままログアウトしようかと考えていた私に話しかけたのが、アーサーだった。
当時の職業は【剣士】、手に持つ剣で颯爽とモンスターを狩ることの出来る人気職だった。
アバターはユースケと同じヒューマンで、黒髪に翡翠のような瞳。
少し渋めの顔をしていたのを覚えている。
『え!? 私ですか? でも、私なんかいたら、足手まといですよ!』
『大丈夫、大丈夫。君、【調合師】だろ? それじゃあ一人で狩るのは辛いんじゃないかな?』
この後、二言三言話した結果、私はアーサーとパーティを組むことになった。
パーティボーナスがどうと最初に言っていたが、始めから私のレベル上げを手伝ってくれるつもりだったらしい。
『え!? サラってRPGゲーム初めてなの!? 珍しいね! あ、いや……珍しくはないのかな? ごめんね。俺は今までずっとゲーム三昧の生活過ごしてきたからさ。オンラインもオフラインも』
『ええ。知り合いに誘われて始めたんです』
成人を思わせるアーサーの声に当時の私は自然と敬語になっていた。
その後すぐに、『ゲームなんて実年齢分からないし、せっかく現実を忘れて楽しんでるんだから気にしないでよ』と言われたっけ。
『でもさ、【薬師】目指せって言ったの、その知り合いなんでしょ? レベル上げ手伝えばいいのにね?』
『うん。でも実は――』
ユースケに言われたことを説明すると、アーサーは顔を真っ赤にして怒っていた。
当時はユースケのことを悪く言う人がいたら嫌な気持ちになっていたけれど、何故かアーサーが言ってもそんな気は起きなかったのを思い出した。
『そいつはクソ野郎だね! って、おっといけない。女性の前で汚い言葉は良くないね。忘れて』
『あはは。アーサーって面白いね』
その後もアーサーが主体でモンスターを狩り、私は手に入れた素材を調合しながら、薬や毒ができないか四苦八苦していた。
その甲斐があって、いくつかの毒薬は調合に成功することも出来た。
今思えば、全然効率のいい方法では無かったけれど、あの時の私は調合の楽しさに目覚め始めていたと思う。
問題があったのはその後だった。
『あ、回復薬が切れちゃったから戻ろうか。さっきもらったので、サラも切れたんだよね?』
『うん。ごめんね。私が回復薬を作れたら良かったのに』
『いいよ、いいよ。気にしない、気にしない。だってまださ、レシピ誰も公開してないんでしょ? まだ作れた人が一人もいないかもしれないじゃん。それにさ、毒薬。あれすごいよ。あそこから凄く戦闘が楽になった』
『そう? うふふ。嬉しいなぁ!』
アーサーは人にやる気を起こさせるのが凄く上手だった。
悪く言わず、同じことを見てもいい所を探そうとする。
私はすっかりアーサーと一緒に戦うのが楽しくなったし、アーサーという人柄を好きになっていた。
そんな中、談笑しながら始まりの街アルカディアに向かう途中で、私たちはボスモンスターに遭遇してしまった。
【セボン草原】のボスは、【デットリーウルフ】。
この辺りにいる銀色をした狼のようなモンスター【シンバーウルフ】を、ふた周りほど大きくして漆黒に染めたような姿をしていた。
『やばい! 回復薬がないのにボスはつらいかも!』
『どうしよう! 逃げようか!?』
プレイヤーが倒れると、デスペナルティと言って経験値が減る。
せっかく稼いだ経験値を失うのは惜しかったし、回復薬がない状態ではアーサーが言うように勝てる気がしなかった。
『くそっ! こいつ、逃げられない!』
『うそ! どうしよう!?』
【デッドリーウルフ】は素早く、逃げようとしても追いついてしまう。
背中を向けて走り出した所を狙われ、アーサーはダメージを負ってしまった。
『やるしかない! ダメ元だ! サラ、できる限りの援護よろしく!!』
『うん!!』
そこから、アーサーと私の本当の意味での共闘が始まった。
初めて調合を成功させ、アーサーを救ったあの日のことを。
もしかしたらあれが私のこのゲームにおける原体験だったのかもしれない。
あの成功、薬を調合する楽しさを知らなければ、私はいくらユースケに言われたとしても、このゲームを続けていなかったかもしれない。
☆☆☆
『ユースケにやれって言われて始めたけど、何やればいいか全く分からないのよねぇ。オンラインどころか、ゲームなんてパズルくらいしかやったことないのに……』
その日私は一人レベルを上げるために【セボン草原】で戦っていた。
ユースケから指示された職業は【調合師】の上級職である【薬師】、完全な生産職だった。
生産職は生産、つまりアイテム製作によっても経験値が増え、戦わなくてもレベルを上げることが出来る。
しかし、【調合師】が作る薬はとにかく難しく、そして金がかかった。
アイテムを作るためには素材が必要で、ドロップアイテムを集めるか、店売りの素材を買うかしかない。
露店も開始からあったけれど、めぼしいアイテムはたいてい高いかすぐ売り切れ状態。
しかもリリースしたばかりだから、プレイヤー自身の試行錯誤があり露店を開くプレイヤーなどまだ多くはなかった。
さらに問題なのは調合システム。
このゲームの売りである『試行錯誤と自由と実体験』というもののせいで、レシピというものが公開されていない。
プレイヤーは、調合に必要なスキルと器具を集め、思い思いに素材を様々な方法で調合していく。
ゲームなので、ある程度成功すれば何かはできる。
しかし、できるのは毒にも薬にもならないゴミのようなものばかりだった。
今でこそ潤沢な資金と試行錯誤の上に手に入れた独自のレシピがあるが、当時の私は回復薬一つ作ることができないポンコツだった。
まだネットにも情報が載ることも無かったのだから、自分自身で一つずつ探すしかない。
そんな理由で、私は成功率を上げるためのレベル上げと、素材となるドロップアイテム集めを兼ねて、狩りをしていたのだ。
『もう! こんなん無理!! ぜんっぜん倒せないし!!』
【調合師】の攻撃スキルは【ポーションスリング】しかない。
投げるのは調合で失敗してできたその名も【失敗作】や【不燃ごみ】など。
与えるダメージは微々たる量で、モンスターからの実入りも少ない。
経験値を除けば、手に入る金額は良くてトントン、悪ければマイナスだ。
今でこそバランス調整や、ネットの有志によるレシピ公開などで始めるのがそこまで難しい職業では無くなったけれど、当時は断トツの不人気職だった。
今でも好きこのんでやる人以外に、メインでやる人は少ないけれど。
『ねぇ。君一人? 良かったらさ。一緒に狩らない? なんかね。パーティボーナスっていうのがしばらくあるみたいなんだ』
このままログアウトしようかと考えていた私に話しかけたのが、アーサーだった。
当時の職業は【剣士】、手に持つ剣で颯爽とモンスターを狩ることの出来る人気職だった。
アバターはユースケと同じヒューマンで、黒髪に翡翠のような瞳。
少し渋めの顔をしていたのを覚えている。
『え!? 私ですか? でも、私なんかいたら、足手まといですよ!』
『大丈夫、大丈夫。君、【調合師】だろ? それじゃあ一人で狩るのは辛いんじゃないかな?』
この後、二言三言話した結果、私はアーサーとパーティを組むことになった。
パーティボーナスがどうと最初に言っていたが、始めから私のレベル上げを手伝ってくれるつもりだったらしい。
『え!? サラってRPGゲーム初めてなの!? 珍しいね! あ、いや……珍しくはないのかな? ごめんね。俺は今までずっとゲーム三昧の生活過ごしてきたからさ。オンラインもオフラインも』
『ええ。知り合いに誘われて始めたんです』
成人を思わせるアーサーの声に当時の私は自然と敬語になっていた。
その後すぐに、『ゲームなんて実年齢分からないし、せっかく現実を忘れて楽しんでるんだから気にしないでよ』と言われたっけ。
『でもさ、【薬師】目指せって言ったの、その知り合いなんでしょ? レベル上げ手伝えばいいのにね?』
『うん。でも実は――』
ユースケに言われたことを説明すると、アーサーは顔を真っ赤にして怒っていた。
当時はユースケのことを悪く言う人がいたら嫌な気持ちになっていたけれど、何故かアーサーが言ってもそんな気は起きなかったのを思い出した。
『そいつはクソ野郎だね! って、おっといけない。女性の前で汚い言葉は良くないね。忘れて』
『あはは。アーサーって面白いね』
その後もアーサーが主体でモンスターを狩り、私は手に入れた素材を調合しながら、薬や毒ができないか四苦八苦していた。
その甲斐があって、いくつかの毒薬は調合に成功することも出来た。
今思えば、全然効率のいい方法では無かったけれど、あの時の私は調合の楽しさに目覚め始めていたと思う。
問題があったのはその後だった。
『あ、回復薬が切れちゃったから戻ろうか。さっきもらったので、サラも切れたんだよね?』
『うん。ごめんね。私が回復薬を作れたら良かったのに』
『いいよ、いいよ。気にしない、気にしない。だってまださ、レシピ誰も公開してないんでしょ? まだ作れた人が一人もいないかもしれないじゃん。それにさ、毒薬。あれすごいよ。あそこから凄く戦闘が楽になった』
『そう? うふふ。嬉しいなぁ!』
アーサーは人にやる気を起こさせるのが凄く上手だった。
悪く言わず、同じことを見てもいい所を探そうとする。
私はすっかりアーサーと一緒に戦うのが楽しくなったし、アーサーという人柄を好きになっていた。
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この辺りにいる銀色をした狼のようなモンスター【シンバーウルフ】を、ふた周りほど大きくして漆黒に染めたような姿をしていた。
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