薬師令嬢と仮面侯爵〜家族に虐げられ醜怪な容姿と噂の侯爵様に嫁いだ私は、幸せで自由で愛される日々を過ごしています

黄舞

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第13話 互いの思い

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「なんだ?」

 少し呆れたような声を出すオルガン様の、銀色の仮面の小さな隙間から覗く深緑の目をしっかりと見つめて、私はゆっくりと答えた。

「これだけは言わせてください。オルガン様よりまともな嫁ぎ先など、この国にあるのかどうかすら怪しいです。そして、ご自身を悪くいうのはこれっきりでおやめになってください!」
「俺よりまともな嫁ぎ先があるかどうかも怪しいだと? 仮面侯爵と呼ばれる者が夫だというのにか?」
「人の噂など何の意味もありません。現にオルガン様は、私の噂を否定してくださったのですよね? 私の行いを知って」
「ああそうだ。だが、君は俺のことを知らない。会ったのは一度だけで、話した時間も少しだ。そんな君に俺の何が分かる?」

 まるで私を試すかのように、オルガン様の目は、私の視線から逸らすどころか、逆に射抜くように見つめ返している。
 それだけでも、実際のオルガン様は意志が強く、自分に自信がある方だと分かる。
 それなのに、なぜご自身を卑下するような言い方を私にするのかしら。

「確かに私はまだオルガン様と直接過ごした時間はほんの僅かです。でも、私はオルガン様に初めてお会いしてから、ここに来るまで、そしてこの屋敷で、たくさんのオルガン様の素晴らしさを優しさを感じています」
「それはどういう意味かな?」
「オルガン様は私に言ってくださいました。好きにしていいと。でも、もし私の噂を本当に信じていたのだとしたら、そんなこと言うわけないんです」

 私が本当におかしな行動をするような女性だったら、好き勝手になどできるわけないわ。
 オルガン様の地位があれば、男爵家の私などいくらでも自由を奪うことができるもの。
 ハープにお願いすれば、大抵のことは叶えてくれたし、不自由どころか自由すぎたくらいよ。
 さっきだって私が欲しいと言った薬草の種や苗を余すことなく用意していただいたのですもの。
 中には手に入るかどうか分からないものまでお願いしていたというのに。

「ふむ……君は、頭も悪くないようだ。逆に質問しよう。聡明で慈愛の心を持ち、一般的な基準から見ても美しさも兼ね備えた君が、なぜ一度も社交界に顔も出さなかった? あまつさえ、身体が弱いなど嘘の理由まで付けて」
「それは……」

 答えに詰まってしまう。
 お父様が決めたこと。
 言ってしまえばそれだけだろうけれど、まさか夫であるオルガン様に身内の暗い話など聞かせるわけにはいかないもの。
 いえ。そういえば、もうすぐ夫ではなくなるのね。
 結婚を無かったことにするのですから。

「答えにくい質問をしたみたいだな。それで結婚のことだが――」
「あの! オルガン様は私のことがお嫌いですか!?」

 また叫んでしまった。
 結婚を無かったことになんか、出来ればしたくない!
 私……オルガン様に恋をしているんだわ。
 この生活を無くすのは辛い。
 でも、帰りを待つ間にオルガン様への感謝の気持ち以上に、早く会いたい、会ってお話がしたいと思っていたわ。
 そして、今目の前で話をしているオルガン様を見て、私ドキドキしてるもの。
 もっとオルガン様のことが知りたいもの。

「君を嫌いかどうか……と聞かれれば、悪い感情はないな。どちらかといえば……いや、本心を言えばかなり好感が持てる」
「でしたら! このまま結婚は続けさせていただけませんか? せめてオリン様とクラリー様のご結婚が終わるまで!」
「なぜ君がそれを……オリンか……まったく。あいつの悪い癖だ。まさか本人に言うとは。しかし、知らぬ間にずいぶんあいつと仲良くなったようだな。王都で会った時には、俺たちの結婚を認めんと息巻いていたというのに」
「オリン様はオルガン様のことが大好きですもの! 私もオルガン様のことが大好きですから、気が合わない訳がありませんわ!」

 胸を張って答えたら、突然ずっと私を見つめていたオルガン様の目が何度も瞬いた。
 心なしか、瞳も大きくなったように見える。

「君は……俺の素顔を見たことがない。これを見ても、同じことが言えるか?」

 そう言いながらオルガン様は銀色の仮面をゆっくりと取り外す。
 仮面に隠れていた素顔が現れ、先ほどまでと同じ深緑の目が私をしっかりと見つめた。
 オルガン様の素顔は確かに痛々しい見た目をしている。

「これでも俺のことを好きだと言えるか?」
「ええ。私はオルガン様のことが大好きです。ごく一部の親しい方にしかお見せしたことのないお顔を見せていただけたおかげで、ますます好きになりました」
「俺は醜い」
「いいえ。見た目は人のごく一部の特徴に過ぎません。私は見た目が良くても醜い心を持った者がいることを知っています。オルガン様が醜いなど思いません」

 オルガン様は一度長く息を吐き、おもむろに仮面を元の位置に戻した。
 なんだか、私を見つめる視線が先ほどより柔らかくなった気がする。

「君……いや。妻なのだから名前を呼ばないと失礼だったな。ビオラは本当にこのまま俺と結婚したままで構わないんだな?」
「先ほどからそう言っています!」
「ははは。そうだったな。では、俺も腹を括ることにしよう」
「どういうことです?」

 オルガン様は懐から紙の束を取り出した。
 一体何かしら。

「ドラムから定期的にビオラの報告を受けていたと言ったね? 実はその手紙を読む度にビオラへの興味が深まっていった」
「つまり?」
「初めの非礼は詫びよう。つまり、ビオラ。君を一人の女性として興味があるということだ」
「まぁ! じゃあ、なんで私との結婚を無かったことにするなんておっしゃったんです?」
「それは……申し訳ないと思ったからだ。君を選んだ理由も会ってからの言葉も。だが、ビオラが許してくれるなら、このまま続けてみたいと俺も思っている」
「嬉しい!」

 叫びながらオルガン様に感情に抱き付いてしまった。
 しまったけれど、これはどうすればいいのかしら?
 オルガン様の様子は見えないけれど、抱きしめ返しても、離れるよう押し戻しもしてこない。
 なんだか私からすぐ離れるのも変かしら。
 あ、でも。オルガン様の身体がとても引き締まっているのは分かったわ。
 なんてことを考えてるの、私ったら!

 動いていいのか動かない方がいいのか分からずにしばらくオルガン様の抱き心地を堪能していたら、扉の開く音が聞こえた。

「兄上! いつまで待たせる気ですか!? ……し、失礼しました!」
「あ、いや。オリン。これは違う。いや、違わない。待て! なんだそのにやけ顔は! おい!」

 頭の上から慌てた様子のオルガン様の声が聞こえてきて、なんだか楽しくなってさらにきつく抱きしめたら、残念なことに離されてしまった。
 そんなオルガン様は蝋で封のされた手紙を見せてきた。
 捺された印に目を見開く。

「結婚を続けると決めたからには、これを渡しておかなくてはならない」
「それは国王陛下の……? 私宛なのですか? 陛下が私ごときに書簡を……?」
「トロン陛下からビオラへの贈り物だそうだ。内容は知っているが……直接読んでみるといい」

 受け取った国王陛下からの書簡を、恐る恐る封を開けて読むと、とんでもないことが書いてあった。

「オルガン様、これって!?」
「断ることは出来ないぞ。陛下直々の舞踏会への誘いだ」
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