上 下
59 / 64

第58話【行方知れず】

しおりを挟む
「結局大移動になっちゃったわね……」

 デイジーが自分たちも私についてくると言い出してから、方々に連絡を取った。
 いくら部隊長とはいえ、陣営そのものを独断で移動させる権利はないのだから。

 初めに使いを出したのは衛生兵をまとめる長官であるカルザーに向けて。
 今までの経緯を考えれば、カルザーを置いて総司令官であるベリル王子に連絡を入れてしまっては、後から何を言われるか分からないから。

 正直なところ、どのような返事が来るかは全く分からない。
 自ら危険に飛び込もうとする私たちを歓迎するかもしれないし、何かを勘繰って許可を出さないかもしれない。

 とにかくまずは長官からの返事を待つしかない。
 できるだけ早く連絡ができるよう、緊急時のみ使用が許された速馬を使った。

 使い魔のピートの方が速いが、ピートでやり取りできるのは信頼できるごく限られた人のみだ。
 そうやって待っていた私の元に、意外な返事が来たのは、ちょうど治療場で治療に専念していた時だった。

「どういうこと?」
「ですから……どうやらカルザー長官は現在行方知れずのようです……ちょうどモスアゲート領で魔獣が発生した頃から姿がどこにも見当たらないのだとか」

 カルザーに当てた書類を持ったまま、伝達に向かわせた兵士が困った顔で言ってきた。
 カルザーが行方知れずとはどういうことだろうか。

「それで……承認はもらえずに帰ってきたのね?」
「ええ……噂では、カルザー長官は魔獣発生当時現場にいたのではないかという話もあるようで。いずれにしろ、判断できる者がいない、とだけ聞いて帰ってきました。すいません」

「いえ。いいのよ。分かったわ。ありがとう。次の当てがあるから、その書類は一旦もらっておくわね」
「はい。それでは、失礼します」

 カルザーがいないため判断できないということは、ベリル王子に直接聞いても問題ないだろう。
 後から出てきたとしても、緊急事態だったので、といえばなんとかなる。

 そもそも問題が発生している時にその所在が何日もの間、所在が分からないということが異常事態だ。
 何か人に話せないようなことをしているか、モスアゲート領に居たというのが本当で、巻き込まれてしまったのかもしれない。

「サルビア。悪いけど、ちょっと離れるわね。ここをお願い!」
「分かりました!」

 共に治療に当たっていたサルビアに現場を一時任せて、私はベリル王子に向けた手紙を書く。
 距離はもっと遠いが、今度はピートを使えるので、伝達はより短い時間で済むだろう。

 手紙をピートの脚に括り付け、ベリル王子の元へと向かわせる。
 ピートが窓から空へと飛び立ったと同時に、黒い鳥が部屋へと入ってきた。
 アンバーの使い魔だ。

「やぁ、聖女様。この間はとびきり凄い情報をありがとう! まさに、これまでの常識が覆される大発見だよ!」
「アンバー隊長。すぐに返事をくれると思っていたんですが。今になって来てくれたということは、何か新しく分かったことが?」

「ああ。うん。ちょっと、回復魔法向けの魔力を練るってのに悪戦苦闘してね。ヒントをくれたのはアイオラっていう、うちのエースなんだけど」
「彼なら何度か。私のところにいるロベリアという衛生兵の兄ですね。彼が?」

「そう言ってたね。とにかく彼のおかげで、コツみたいなものが掴めたんだ。まぁ、細かい話は今度だね。お互い今は忙しい身だから。それで、ようやく僕も使えるようになったよ。複合魔法」
「まぁ。それは良かったですね。それで? どんな効果だったんです?」

 私が使うことのできた強化魔法というべき魔法は、解呪の魔法を元にしている。
 アンバーが使えるはずもないのだから、得られる効果は大きく変わるはずだ。

 おそらく何かしらの攻撃魔法を元にしているに違いない。
 だとしたら、自分や誰かに使うわけにもいかないだろう。

「簡単に言うと、二つの属性の魔法を合わせた新しい魔法の創造ができるんだ。これがすごく扱いが難しくてね。僕でもまだ初級の魔法同士を掛け合わせるのがやっとだよ。悔しいけど、これに関してはアイオラの方が上手いね。いやぁ、歳はとりたくないねぇ」

 軽い口調で話すアンバーの声は、どこか楽しげだ。
 優秀な後続が育ってくれていて嬉しいのだろう。

 私も、デイジーやサルビアを始めとした他の衛生兵の成長を見るのは嬉しい。
 落ち着いたら、回復魔法を教える学び舎を作るのも悪くないのかもしれない。

「そういえば話は変わるけど、カルザーのやつが行方不明だそうだ。奴さんモスアゲート伯爵に会いに行ってたなんて噂もある。もしかしたら……もあるかもねぇ」
「ええ。その報告は先ほど私も聞きました。気になるところですが、そのおかげでそちらに向かうことができそうです」

「こっちに向かうって? モスアゲート領に陣営を移す気かい⁉︎」
「できるだけ近くにいた方ができることも多くなりますから」

 アンバーの使い魔がまるで息を吐くような素振りを見せる。
 どうやら声だけでなく、動きすら使役主のものが反映できるようになっているらしい。

「はぁ……相変わらずだねぇ。ま、聖女様のそういうところが、聖女様たる所以なんだけど。僕はちょうど暇しているから、会えるのを楽しみにしているよ。僕は派手にぶっ放す方が得意でねぇ……」
「うふふ。そうですね。覚えていますよ。第五衛生兵部隊が魔獣の群れに襲われた時に、攻撃魔法で一掃していただいたこと」

「あはは。あの時は正直辛かったよ。自分の魔力はほとんど呪いを抑えるのに使っていたからね」
「でも、そのおかげで私たちの今があります」

「それをいうなら、聖女様があの魔石の入った箱を壊してくれたからさ。僕にはそんな考えは思いつかなかったからね……少し話し過ぎたね。そろそろ戻るよ。それじゃあ、気を付けておいで」
「ええ。それでは、今度は使い魔越しではなく直接」

 私がそう言うと、アンバーの使い魔は一度鳴き、窓から再び空へと舞い上がっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

眠り姫な私は王女の地位を剥奪されました。実は眠りながらこの国を護っていたのですけれどね

たつき
ファンタジー
「おまえは王族に相応しくない!今日限りで追放する!」 「お父様!何故ですの!」 「分かり切ってるだろ!おまえがいつも寝ているからだ!」 「お兄様!それは!」 「もういい!今すぐ出て行け!王族の権威を傷つけるな!」 こうして私は王女の身分を剥奪されました。 眠りの世界でこの国を魔物とかから護っていただけですのに。

本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?

今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。 バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。 追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。 シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

めでたく婚約破棄で教会を追放されたので、神聖魔法に続いて魔法学校で錬金魔法も極めます。……やっぱりバカ王子は要らない? 返品はお断りします!

向原 行人
ファンタジー
教会の代表ともいえる聖女ソフィア――つまり私は、第五王子から婚約破棄を言い渡され、教会から追放されてしまった。 話を聞くと、侍祭のシャルロットの事が好きになったからだとか。 シャルロット……よくやってくれたわ! 貴女は知らないかもしれないけれど、その王子は、一言で表すと……バカよ。 これで、王子や教会から解放されて、私は自由! 慰謝料として沢山お金を貰ったし、魔法学校で錬金魔法でも勉強しようかな。 聖女として神聖魔法を極めたし、錬金魔法もいけるでしょ! ……え? 王族になれると思ったから王子にアプローチしたけど、思っていた以上にバカだから無理? ふふっ、今更返品は出来ませーん! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...