戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞

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第40話【モスアゲート伯爵】

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――モスアゲート伯爵領、領主屋敷内――

「それで? 自分を聖女とか呼ばせている勘違い娘には、きちんと自分の立場と言うものを解らせてやったのだね?」

 真っ黒な髪をポマードで後ろに撫でつけた、長身の男性が一人の小柄な老人に向かって言う。
 彼こそが、この領地の領主である、モスアゲート伯爵その人だ。

 闇のような漆黒の瞳は、目線を向けられた者に畏怖を植え付ける。
 その目線の先にいる、シャルル王国衛生兵部隊長官、カルザーとて例外ではない。

「は、はい! 今頃、どうやって断ろうか悩んでいるはずでございます。我が身可愛さに上官の指示に従わなかったとして、戦場から追放できるのも間もなくかと!」
「しかし……総司令官、ベリル王子が黙っていないだろう。どうする気だ?」

「よくぞ聞いてくれました! どうやら、ベリル王子はあのフローラとかいう小娘にえらく執心の様子。私が今回の進言をした際にも、苦虫を噛み潰したような顔をしていました!」
「御託はいい。結論だけ話せ。老い先短いのだろう? 時間は有効に使え」

 モスアゲート伯爵はカルザーに低く冷たい声で言い放つ。
 その一言で、カルザーは額に一筋の汗を流す。

「も、申し訳ございません! ベリル王子は、今回の進言を承認したものの、小娘には辞退するよう勧めているはずです。ベリル王子としても、これ以上小娘を危険な前線に置くことを良しとしないでしょう」
「ふむ。まぁいい。結果が全てだ。私を失望させるなよ? もういい。行け」

 モスアゲート伯爵の言葉で、カルザーは弾かれたように部屋を後にする。
 その様は、フローラやベリル王子の前ですら、見せることのないようなものだった。



――シャルル王城――

「馬鹿な⁉︎」

 報告書を読んで、ベリル王子は腰掛けていた椅子から立ち上がり、そう叫ぶ。
 勢いよく立ち上がったせいで、執務用の重い椅子は音を立てて後ろに倒れた。

「ベリル王子! 何事ですか⁉︎」

 部屋の外に控えていたクリスが、音に反応して扉を開け、主人の無事を伺う。
 ベリル王子はめんどくさそうに手をクリスに向け振ると、クリスは一度だけ頭を下げた後、静かに扉を閉めた。

「私の忠告が届かなかったのか? いや……今までそんなことはなかったはずだ……しかし……」

 ベリル王子が見つめていたのは、第二衛生兵部隊が長官カルザーの進言により行うことになった作戦の日程が書かれた報告書だった。
 今から三日後、牛の月から虎の月に変わった直後に、第二衛生兵部隊から攻撃部隊に同行する衛生兵の派遣が行われると書かれている。

 軍の総司令官であるベリル王子がその作戦を進言された時、周囲には他の武官や文官が集まっていて、フローラが所属する、という理由だけで拒否することはできない状況にあった。
 ルチル王子のいざこざがあったせいで、フローラが次期聖女である可能性が高い、いや、間違いなくそうであるとベリル王子は考えているが、そのことは極一部の者しか知らない秘匿であるためだ。

 一度カルザーの作戦を承認したものの、フローラには使い魔による手紙に、断るよう指示を出していた。
 フローラの力や性格をうまく使い、魔王との戦争を我が物のように扱うモスアゲート伯爵に対抗できる手段を作り上げてきたが、ここが潮時だ。

 ベリル王子はそう思い、これ以上聖女であるフローラを危険な目に合わせぬよう、城に呼び戻すつもりだった。
 そのことも、手紙にしっかりと書いていた。

「何故だ? まさか……フローラ自身がまだ戦場に身を置くことを望んでいるというのか……?」

 そもそも、ベリル王子はアンバーの呪いを解き、ルチル王子の一件が終わった時、フローラを再び戦場に戻す気などさらさらなかった。
 できる限りの望みを叶えると伝えた際に、戦場に戻りたいと言ったのは、他でもないフローラ自身だった。

「まさか、これほどとは……‼︎」

 ベリル王子は報告書を机上に無造作に投げると、慌てた様子で部屋を後にした。
 向かったのは、歴代聖女が生活を送ってきた城の一角だ。

「ここの花も白くなって久しいな……」

 聖女の居住区には、小さな庭があり、その庭一面にはリラの花が植えられている。
 聖女は普段このリラの花の世話をし、辺り一面紫色のリラの花が咲き乱れていた。

 主を失ったリラの花は、今では城の侍従たちに世話をされていたが、徐々に花の色は薄れていき、今ではすっかり白くなってしまっている。
 そんなリラの花園を通り過ぎ、ベリル王子は扉を開き、部屋へと入っていく。

 この部屋こそ、聖女の間。
 聖女の寝食のために作られた部屋だ。

 その部屋の中央、リラの花を手に持つ女神像の首にかけられたペンダントを、ベリル王子は恭しく像から外す。
 ペンダントの先端には、濃い藍色に輝く、涙滴型の大きな宝石が携えてあった。

 ベリル王子は部屋から出ると、その宝石の上下を親指と中指で挟むように持ち、光に向かって掲げた。
 すると、光に照らされた宝石は、虹色に煌く。

 ちょうどその時、空から一羽の白い鳥がベリル王子の肩に留まった。
 フローラの使い魔であるピートからフローラの手紙を受け取ったベリル王子は、内容を確認した後一人頷く。

 自室に戻り急いで返信を書き、ペンダントと一緒にピートに括り付ける。
 ピートは一度鳴いた後、主人の元にベリル王子の手紙と贈り物を届けるため、再び空へと舞い上がっていった。
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