37 / 64
第36話【違和感】
しおりを挟む
「あ、ああ。そうだったね。すまない、すまない。ちょっと別の件と、勘違いをしていたようだ」
カルザーはそう言いながら、目線を私が示した元第二期訓練兵として配属されてきた女性の手元に注ぐ。
彼女が担当の負傷兵の怪我を回復魔法で治療したことを確認すると、他の衛生兵たちにも目を配り始めた。
一通り見た後に、カルザーはこちらを振り返り、いつも通りの笑みのまま口を開く。
「うん。どうやら上手くいっているみたいだね。安心したよ。こんな優秀な部下を持って、上官として鼻が高い。ところで、今休憩中の衛生兵たちもいるんだろう? その子たちにも会っておきたいな。何処にいるんだい?」
「非番の者は、ある程度行動の自由を許していますが、多くの者は休憩室にいるかと。案内します」
そう言って、カルザーの前を歩こうとした瞬間、カルザーに呼び止められた。
「ああ。いやいや。君も忙しい身だ。今でだって、十分案内してもらったんだし、残りはこっちで勝手にやるよ。構わないね? ああ、君きみ。休憩室とやらへ、僕を案内してくれ」
「は? ……はっ! かしこまりました‼︎」
カルザーは何故か私の案内を断り、近くにいた衛兵に声をかけ、案内するよう命令する。
なんの意図があってそんなとこをするのか分からないが、今の状況で無理に私が同行するのもおかしな話だ。
それに、確かにカルザーの言う通り、私も忙しい。
治療以外にも部隊長としてやらなくていけないこともあるため、もうこれ以上カルザーに構うことをしなくていいと言うのは、正直なところ助かった。
「それじゃあ、フローラ君。君の部隊のますますの活躍、期待しているよ。ああ、それと、君の机の資料は、申し訳ないけど、片付けておいてくれないか。僕は休憩室のみんなに激励を送ったら、そのまま帰ることにするよ」
「はい。分かりました。本日は、ありがとうございました」
指名された衛兵に連れられて、カルザーとその同行者たちは治療場から去っていく。
私は一度だけ息を吐き出し、気持ちを入れ替えて、従来の任務に戻ることにした。
☆
カルザーが訪れてから数日間。
私は何かはっきりとしたことは分からないが、奇妙な違和感を得ていた。
それがはっきりと数字となって出てきたのは、今日の夜の報告書に目を通した時だった。
「あら? ここ数日の各衛生兵の治療の割合に偏りがあるわね」
それは、誰がどのくらいの治療を行ったか、まとめた資料だった。
そんな細かいものは、上層部に送る必要はなく、あくまで部隊内の管理のために、日々付けることを義務付けているものだ。
「この子とこの子と……何人かが随分と減っている。逆に、その減った分を他の子たちが補っていたのね」
私が数日間持っていた違和感はおそらくこれだったのだろう。
思えば、これまでより、赤色や紫色の
リボンを付けた負傷兵を治療することが多かった気がする。
布なしが少なかったのかと聞かれれば、そんなことはなく、結果的に治療している人数が多くなっていたのだろう。
「どうしたのかしら……前までの報告書を見る限りは彼女たちも今よりもっと治療をこなせていたはずなのに……」
不思議に思った私は、デイジーとサルビアに何かおかしなことが起こっていないか、内密に調べるように指示を出すことを決めた。
呼び出した二人も、私と同じく違和感を抱いていたようで、各々に口を開く。
最初に話したのはデイジーだ。
「聖女様も思ってらっしゃんですね! 私も、最近妙に忙しいなぁって。それに他の兵の手が回らずに、そちらの応援にいく頻度も増えた気がしてました」
「私もです。多分、デイジーさんと私が手が回らなくなったせいで、部隊長にもそのしわ寄せがいったのではないかと……すいません」
サルビアが申し訳なさそうにしたので、私は首を横に振り、それを否定する。
「いいのよ。何もあなたの問題じゃないもの。でも、このままこの状態が続けば良くないことなのは間違いないわ。今はまだ多少の負担増で済んでいるけれど、彼女たちみたいなのがこれからどんどん増えてしまったら、いつか瓦解するわ。それまでに、原因を突き止めましょう」
「はい! 分かりました」
こうして、デイジーとサルビア、そして私も、何故一部の衛生兵たちの能率が下がってしまったのかを確認することにした。
しかし、その調査は思うように成果が得られなかった。
デイジーやサルビアが能率の下がった本人たちにそれとなく聞いてみたり、他の衛生兵を通じて何か変わったことがないか確認してみたものの、明確な原因は今のところみつかっていない。
それどころか、日に日に、以前に比べて能率を下げてしまった衛生兵が増えていく。
私は能率の下がってしまった衛生兵たちを、普段より多めに休憩を取らせたりするよう指示を出したが、それでも能率が元に戻ることはなかった。
「どうしてなの? 何かはっきりとした原因があるはずよ……一人や二人じゃないもの。こんなに……」
「聖女様!」
日々増えていく能率の下がった衛生兵たちの存在に頭を抱えていた矢先、部屋にデイジーが入ってきた。
何かこれ以上の問題でも発生したのだろうか。
「どうしたの? デイジー。何か問題?」
「いえ! 私、ふと気が付いたんですが。例のやる気がなくなってしまった、衛生兵たち、ある共通点があったんです!」
「デイジー。言い方は気を付けなさいね。やる気がないだなんて、彼女たちが聞いたら気を悪くするわよ。それで、その共通点って、なんなの?」
「はい! この前、カルザー長官がお見えになったと思うんですが、あの日です。あの日の非番の時間帯が同じだった者の能率が下がっています‼︎」
カルザーはそう言いながら、目線を私が示した元第二期訓練兵として配属されてきた女性の手元に注ぐ。
彼女が担当の負傷兵の怪我を回復魔法で治療したことを確認すると、他の衛生兵たちにも目を配り始めた。
一通り見た後に、カルザーはこちらを振り返り、いつも通りの笑みのまま口を開く。
「うん。どうやら上手くいっているみたいだね。安心したよ。こんな優秀な部下を持って、上官として鼻が高い。ところで、今休憩中の衛生兵たちもいるんだろう? その子たちにも会っておきたいな。何処にいるんだい?」
「非番の者は、ある程度行動の自由を許していますが、多くの者は休憩室にいるかと。案内します」
そう言って、カルザーの前を歩こうとした瞬間、カルザーに呼び止められた。
「ああ。いやいや。君も忙しい身だ。今でだって、十分案内してもらったんだし、残りはこっちで勝手にやるよ。構わないね? ああ、君きみ。休憩室とやらへ、僕を案内してくれ」
「は? ……はっ! かしこまりました‼︎」
カルザーは何故か私の案内を断り、近くにいた衛兵に声をかけ、案内するよう命令する。
なんの意図があってそんなとこをするのか分からないが、今の状況で無理に私が同行するのもおかしな話だ。
それに、確かにカルザーの言う通り、私も忙しい。
治療以外にも部隊長としてやらなくていけないこともあるため、もうこれ以上カルザーに構うことをしなくていいと言うのは、正直なところ助かった。
「それじゃあ、フローラ君。君の部隊のますますの活躍、期待しているよ。ああ、それと、君の机の資料は、申し訳ないけど、片付けておいてくれないか。僕は休憩室のみんなに激励を送ったら、そのまま帰ることにするよ」
「はい。分かりました。本日は、ありがとうございました」
指名された衛兵に連れられて、カルザーとその同行者たちは治療場から去っていく。
私は一度だけ息を吐き出し、気持ちを入れ替えて、従来の任務に戻ることにした。
☆
カルザーが訪れてから数日間。
私は何かはっきりとしたことは分からないが、奇妙な違和感を得ていた。
それがはっきりと数字となって出てきたのは、今日の夜の報告書に目を通した時だった。
「あら? ここ数日の各衛生兵の治療の割合に偏りがあるわね」
それは、誰がどのくらいの治療を行ったか、まとめた資料だった。
そんな細かいものは、上層部に送る必要はなく、あくまで部隊内の管理のために、日々付けることを義務付けているものだ。
「この子とこの子と……何人かが随分と減っている。逆に、その減った分を他の子たちが補っていたのね」
私が数日間持っていた違和感はおそらくこれだったのだろう。
思えば、これまでより、赤色や紫色の
リボンを付けた負傷兵を治療することが多かった気がする。
布なしが少なかったのかと聞かれれば、そんなことはなく、結果的に治療している人数が多くなっていたのだろう。
「どうしたのかしら……前までの報告書を見る限りは彼女たちも今よりもっと治療をこなせていたはずなのに……」
不思議に思った私は、デイジーとサルビアに何かおかしなことが起こっていないか、内密に調べるように指示を出すことを決めた。
呼び出した二人も、私と同じく違和感を抱いていたようで、各々に口を開く。
最初に話したのはデイジーだ。
「聖女様も思ってらっしゃんですね! 私も、最近妙に忙しいなぁって。それに他の兵の手が回らずに、そちらの応援にいく頻度も増えた気がしてました」
「私もです。多分、デイジーさんと私が手が回らなくなったせいで、部隊長にもそのしわ寄せがいったのではないかと……すいません」
サルビアが申し訳なさそうにしたので、私は首を横に振り、それを否定する。
「いいのよ。何もあなたの問題じゃないもの。でも、このままこの状態が続けば良くないことなのは間違いないわ。今はまだ多少の負担増で済んでいるけれど、彼女たちみたいなのがこれからどんどん増えてしまったら、いつか瓦解するわ。それまでに、原因を突き止めましょう」
「はい! 分かりました」
こうして、デイジーとサルビア、そして私も、何故一部の衛生兵たちの能率が下がってしまったのかを確認することにした。
しかし、その調査は思うように成果が得られなかった。
デイジーやサルビアが能率の下がった本人たちにそれとなく聞いてみたり、他の衛生兵を通じて何か変わったことがないか確認してみたものの、明確な原因は今のところみつかっていない。
それどころか、日に日に、以前に比べて能率を下げてしまった衛生兵が増えていく。
私は能率の下がってしまった衛生兵たちを、普段より多めに休憩を取らせたりするよう指示を出したが、それでも能率が元に戻ることはなかった。
「どうしてなの? 何かはっきりとした原因があるはずよ……一人や二人じゃないもの。こんなに……」
「聖女様!」
日々増えていく能率の下がった衛生兵たちの存在に頭を抱えていた矢先、部屋にデイジーが入ってきた。
何かこれ以上の問題でも発生したのだろうか。
「どうしたの? デイジー。何か問題?」
「いえ! 私、ふと気が付いたんですが。例のやる気がなくなってしまった、衛生兵たち、ある共通点があったんです!」
「デイジー。言い方は気を付けなさいね。やる気がないだなんて、彼女たちが聞いたら気を悪くするわよ。それで、その共通点って、なんなの?」
「はい! この前、カルザー長官がお見えになったと思うんですが、あの日です。あの日の非番の時間帯が同じだった者の能率が下がっています‼︎」
1
お気に入りに追加
3,339
あなたにおすすめの小説
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!

絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる