戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞

文字の大きさ
上 下
29 / 64

第28話【最前線へ】

しおりを挟む
 ロベリアとアイオラの出来事からしばらく経ったある日のこと、私に一通の通達が届いた。
 差出人はカルザー、衛生兵部隊の長官で現在部隊長を務める私の直属の上官にあたる。

 内容は『可能な限り至急、本部に出向くこと』。
 几帳面な字面の直筆で、そうとだけ書かれていた。

「長官に呼ばれるとは、何かあったかな?」

 私は思考をめぐらせるが、特に思い当たることはなかった。
 カルザーとは、部隊長に任命された時に挨拶で顔を見せたきりだ。

 アンバーの話によると、カルザーはモスアゲート伯爵と懇意らしい。
 つまり警戒すべき相手と言うわけだ。

 しかし、表向き私はベリル王子とモスアゲート伯爵の確執など知らないことになっている。
 変に警戒を見せる訳にもいかない。

「ちょうど第一期が無事全員回復魔法を習得したところだし、行くなら今かな」

 ベリル王子が送ると言っていた第二期訓練生はもう少し先になるらしい。
 もし訓練生が来たら忙しくなるだろうから、行くなら今がちょうどいい。

 いずれにしろ上官が可能な限り至急と言っているのだから、今すぐ行くに越したことはないだろう。
 私はそう思い、早速本部へ向かう支度をして、副隊長のデイジーに留守を頼んだ。

「行ってらっしゃいませ。聖女様。いくら護衛が付くとはいえ、道中はお気を付けくださいね」
「ええ。気を付けるわ。と言っても、私が出来ることはないけれど」

 こうして私は、数名の護衛を引き連れ、本部のある陣営に向かった。

「第二衛生兵部隊、部隊長フローラ、長官の命令により、参上しました」
「ああ。よく来てくれたね。まぁ、固くならずに、ゆっくりしてくれたまえよ」

 長い口ひげを生やした白髪の老人。
 これが私は初めて会った時のカルザー長官の印象だった。

 確かに見た目は間違いはない。
 ただ、挨拶の時目を合わせてから、私はその認識を改めた。

 歳は確かにとってはいるが、カルザーは老人などという生易しいものではない。
 一癖も二癖もあるその本当の顔を、シワが刻まれた笑みを浮かべるその顔の裏に隠し持っていると確信した。

「それで……忙しいところ呼び寄せたのは他でもない。部隊のことで大きな変更があってね。流石に書面で伝えるだけでは悪いだろうと思い、ここへ呼んだというわけなんだ」
「大きな変更ですか? それはどのような?」

「うん。今、第二衛生兵部隊は魔王討伐部隊の前線から見たら、かなり後方に位置しているね?」
「そうですね。そもそも衛生兵部隊はどの部隊も、治療中の襲撃を危惧し、前線から離れた所にあると聞いていますが……」

 カルザーは私の答えに嬉しそうな顔をして頷く。
 この嬉しそうな、という表情が、私にとって吉なのか凶なのかは不明だ。

「その通り! だからね。前線で怪我をした兵士たちはそれぞれ階級や症状などで、各衛生兵部隊へ振り分けられるんだけど、今のままじゃ時間がかかる。そうだろう?」
「おっしゃる通りですね。移動中に怪我を悪化させる兵士も多いと聞きます」

「そこでだ! 君の部隊を、まるまる最前線に移動しようと思ってね。どうだい? 素敵な考えだろう?」
「最前線にですか⁉」

 またもやカルザーは嬉しそうな顔をして頷いた。
 どうやらカルザーの嬉しそうな顔は、私にとっては凶だったようだ。

 確かに私も言った通り、負傷兵の移動時間の問題は気付いていた。
 カルザーの言うように、最前線に衛生兵部隊があれば、より早く治療が受けられ、無用な苦しみは避けられる。

 しかし逆を言うと、今まで以上に負傷兵がひっきりなしに治療場へ訪れることになるだろう。
 第一期訓練生を指導していて分かったことだけれど、指導を行えば行うほど、自分の時間が少なくなっていく。

 もし最前線に部隊を移動したら、本来の治療が忙しすぎて、指導を行う余裕は大きく制限されるだろう。
 そうすれば、第二期訓練生を育てることは難しいだろう。

 確かに未来のために今を切り捨てるという考えは好きではないが、これは明らかに訓練生の訓練の阻害を目的としたものだと見ていいだろう。
 そうでなければ、私たち第二衛生兵部隊だけを最前線に送るというのは無理がある。

「君は分け隔てなく苦しむ負傷兵を治癒してくれる人物だと聞いているよ。まさか断りはしないだろうね?」
「ベリル王子、いえベリル総司令官には既に話は通ってるのですか?」

「うん? 何故ここで総司令官の名前を君が口にするのかね。君の直属の上官は私だ。私とその上のやり取りの是非を君が気にする事はない」
「失礼しました。忘れてください」

 ベリル王子に許可を取っているかどうか。
 確かに私が口に出していい問題ではない。

 それを分かった上でカルザーは、許可を取っているかどうかをうやむやにした。
 もし仮に私がこのことをベリル王子に直接伝えでもしたら、情報系統を乱したとして罰を受ける可能性まである。

 いずれにしろ、ここで断るという選択肢は私には無い。
 一度目をつぶると、今後の動きを瞬時に思い浮かべる。

「分かりました。このフローラ。長官の期待に添えるよう、精一杯頑張らせていただきます」
しおりを挟む
感想 88

あなたにおすすめの小説

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

婚約破棄と追放をされたので能力使って自立したいと思います

かるぼな
ファンタジー
突然、王太子に婚約破棄と追放を言い渡されたリーネ・アルソフィ。 現代日本人の『神木れいな』の記憶を持つリーネはレイナと名前を変えて生きていく事に。 一人旅に出るが周りの人間に助けられ甘やかされていく。 【拒絶と吸収】の能力で取捨選択して良いとこ取り。 癒し系統の才能が徐々に開花してとんでもない事に。 レイナの目標は自立する事なのだが……。

親友に裏切られ聖女の立場を乗っ取られたけど、私はただの聖女じゃないらしい

咲貴
ファンタジー
孤児院で暮らすニーナは、聖女が触れると光る、という聖女判定の石を光らせてしまった。 新しい聖女を捜しに来ていた捜索隊に報告しようとするが、同じ孤児院で姉妹同然に育った、親友イルザに聖女の立場を乗っ取られてしまう。 「私こそが聖女なの。惨めな孤児院生活とはおさらばして、私はお城で良い生活を送るのよ」 イルザは悪びれず私に言い放った。 でも私、どうやらただの聖女じゃないらしいよ? ※こちらの作品は『小説家になろう』にも投稿しています

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。

桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。 戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。 『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。 ※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。 時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。 一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。 番外編の方が本編よりも長いです。 気がついたら10万文字を超えていました。 随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

魔法のせいだからって許せるわけがない

ユウユウ
ファンタジー
 私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。  すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。

処理中です...