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第28話【最前線へ】
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ロベリアとアイオラの出来事からしばらく経ったある日のこと、私に一通の通達が届いた。
差出人はカルザー、衛生兵部隊の長官で現在部隊長を務める私の直属の上官にあたる。
内容は『可能な限り至急、本部に出向くこと』。
几帳面な字面の直筆で、そうとだけ書かれていた。
「長官に呼ばれるとは、何かあったかな?」
私は思考をめぐらせるが、特に思い当たることはなかった。
カルザーとは、部隊長に任命された時に挨拶で顔を見せたきりだ。
アンバーの話によると、カルザーはモスアゲート伯爵と懇意らしい。
つまり警戒すべき相手と言うわけだ。
しかし、表向き私はベリル王子とモスアゲート伯爵の確執など知らないことになっている。
変に警戒を見せる訳にもいかない。
「ちょうど第一期が無事全員回復魔法を習得したところだし、行くなら今かな」
ベリル王子が送ると言っていた第二期訓練生はもう少し先になるらしい。
もし訓練生が来たら忙しくなるだろうから、行くなら今がちょうどいい。
いずれにしろ上官が可能な限り至急と言っているのだから、今すぐ行くに越したことはないだろう。
私はそう思い、早速本部へ向かう支度をして、副隊長のデイジーに留守を頼んだ。
「行ってらっしゃいませ。聖女様。いくら護衛が付くとはいえ、道中はお気を付けくださいね」
「ええ。気を付けるわ。と言っても、私が出来ることはないけれど」
こうして私は、数名の護衛を引き連れ、本部のある陣営に向かった。
「第二衛生兵部隊、部隊長フローラ、長官の命令により、参上しました」
「ああ。よく来てくれたね。まぁ、固くならずに、ゆっくりしてくれたまえよ」
長い口ひげを生やした白髪の老人。
これが私は初めて会った時のカルザー長官の印象だった。
確かに見た目は間違いはない。
ただ、挨拶の時目を合わせてから、私はその認識を改めた。
歳は確かにとってはいるが、カルザーは老人などという生易しいものではない。
一癖も二癖もあるその本当の顔を、シワが刻まれた笑みを浮かべるその顔の裏に隠し持っていると確信した。
「それで……忙しいところ呼び寄せたのは他でもない。部隊のことで大きな変更があってね。流石に書面で伝えるだけでは悪いだろうと思い、ここへ呼んだというわけなんだ」
「大きな変更ですか? それはどのような?」
「うん。今、第二衛生兵部隊は魔王討伐部隊の前線から見たら、かなり後方に位置しているね?」
「そうですね。そもそも衛生兵部隊はどの部隊も、治療中の襲撃を危惧し、前線から離れた所にあると聞いていますが……」
カルザーは私の答えに嬉しそうな顔をして頷く。
この嬉しそうな、という表情が、私にとって吉なのか凶なのかは不明だ。
「その通り! だからね。前線で怪我をした兵士たちはそれぞれ階級や症状などで、各衛生兵部隊へ振り分けられるんだけど、今のままじゃ時間がかかる。そうだろう?」
「おっしゃる通りですね。移動中に怪我を悪化させる兵士も多いと聞きます」
「そこでだ! 君の部隊を、まるまる最前線に移動しようと思ってね。どうだい? 素敵な考えだろう?」
「最前線にですか⁉」
またもやカルザーは嬉しそうな顔をして頷いた。
どうやらカルザーの嬉しそうな顔は、私にとっては凶だったようだ。
確かに私も言った通り、負傷兵の移動時間の問題は気付いていた。
カルザーの言うように、最前線に衛生兵部隊があれば、より早く治療が受けられ、無用な苦しみは避けられる。
しかし逆を言うと、今まで以上に負傷兵がひっきりなしに治療場へ訪れることになるだろう。
第一期訓練生を指導していて分かったことだけれど、指導を行えば行うほど、自分の時間が少なくなっていく。
もし最前線に部隊を移動したら、本来の治療が忙しすぎて、指導を行う余裕は大きく制限されるだろう。
そうすれば、第二期訓練生を育てることは難しいだろう。
確かに未来のために今を切り捨てるという考えは好きではないが、これは明らかに訓練生の訓練の阻害を目的としたものだと見ていいだろう。
そうでなければ、私たち第二衛生兵部隊だけを最前線に送るというのは無理がある。
「君は分け隔てなく苦しむ負傷兵を治癒してくれる人物だと聞いているよ。まさか断りはしないだろうね?」
「ベリル王子、いえベリル総司令官には既に話は通ってるのですか?」
「うん? 何故ここで総司令官の名前を君が口にするのかね。君の直属の上官は私だ。私とその上のやり取りの是非を君が気にする事はない」
「失礼しました。忘れてください」
ベリル王子に許可を取っているかどうか。
確かに私が口に出していい問題ではない。
それを分かった上でカルザーは、許可を取っているかどうかをうやむやにした。
もし仮に私がこのことをベリル王子に直接伝えでもしたら、情報系統を乱したとして罰を受ける可能性まである。
いずれにしろ、ここで断るという選択肢は私には無い。
一度目をつぶると、今後の動きを瞬時に思い浮かべる。
「分かりました。このフローラ。長官の期待に添えるよう、精一杯頑張らせていただきます」
差出人はカルザー、衛生兵部隊の長官で現在部隊長を務める私の直属の上官にあたる。
内容は『可能な限り至急、本部に出向くこと』。
几帳面な字面の直筆で、そうとだけ書かれていた。
「長官に呼ばれるとは、何かあったかな?」
私は思考をめぐらせるが、特に思い当たることはなかった。
カルザーとは、部隊長に任命された時に挨拶で顔を見せたきりだ。
アンバーの話によると、カルザーはモスアゲート伯爵と懇意らしい。
つまり警戒すべき相手と言うわけだ。
しかし、表向き私はベリル王子とモスアゲート伯爵の確執など知らないことになっている。
変に警戒を見せる訳にもいかない。
「ちょうど第一期が無事全員回復魔法を習得したところだし、行くなら今かな」
ベリル王子が送ると言っていた第二期訓練生はもう少し先になるらしい。
もし訓練生が来たら忙しくなるだろうから、行くなら今がちょうどいい。
いずれにしろ上官が可能な限り至急と言っているのだから、今すぐ行くに越したことはないだろう。
私はそう思い、早速本部へ向かう支度をして、副隊長のデイジーに留守を頼んだ。
「行ってらっしゃいませ。聖女様。いくら護衛が付くとはいえ、道中はお気を付けくださいね」
「ええ。気を付けるわ。と言っても、私が出来ることはないけれど」
こうして私は、数名の護衛を引き連れ、本部のある陣営に向かった。
「第二衛生兵部隊、部隊長フローラ、長官の命令により、参上しました」
「ああ。よく来てくれたね。まぁ、固くならずに、ゆっくりしてくれたまえよ」
長い口ひげを生やした白髪の老人。
これが私は初めて会った時のカルザー長官の印象だった。
確かに見た目は間違いはない。
ただ、挨拶の時目を合わせてから、私はその認識を改めた。
歳は確かにとってはいるが、カルザーは老人などという生易しいものではない。
一癖も二癖もあるその本当の顔を、シワが刻まれた笑みを浮かべるその顔の裏に隠し持っていると確信した。
「それで……忙しいところ呼び寄せたのは他でもない。部隊のことで大きな変更があってね。流石に書面で伝えるだけでは悪いだろうと思い、ここへ呼んだというわけなんだ」
「大きな変更ですか? それはどのような?」
「うん。今、第二衛生兵部隊は魔王討伐部隊の前線から見たら、かなり後方に位置しているね?」
「そうですね。そもそも衛生兵部隊はどの部隊も、治療中の襲撃を危惧し、前線から離れた所にあると聞いていますが……」
カルザーは私の答えに嬉しそうな顔をして頷く。
この嬉しそうな、という表情が、私にとって吉なのか凶なのかは不明だ。
「その通り! だからね。前線で怪我をした兵士たちはそれぞれ階級や症状などで、各衛生兵部隊へ振り分けられるんだけど、今のままじゃ時間がかかる。そうだろう?」
「おっしゃる通りですね。移動中に怪我を悪化させる兵士も多いと聞きます」
「そこでだ! 君の部隊を、まるまる最前線に移動しようと思ってね。どうだい? 素敵な考えだろう?」
「最前線にですか⁉」
またもやカルザーは嬉しそうな顔をして頷いた。
どうやらカルザーの嬉しそうな顔は、私にとっては凶だったようだ。
確かに私も言った通り、負傷兵の移動時間の問題は気付いていた。
カルザーの言うように、最前線に衛生兵部隊があれば、より早く治療が受けられ、無用な苦しみは避けられる。
しかし逆を言うと、今まで以上に負傷兵がひっきりなしに治療場へ訪れることになるだろう。
第一期訓練生を指導していて分かったことだけれど、指導を行えば行うほど、自分の時間が少なくなっていく。
もし最前線に部隊を移動したら、本来の治療が忙しすぎて、指導を行う余裕は大きく制限されるだろう。
そうすれば、第二期訓練生を育てることは難しいだろう。
確かに未来のために今を切り捨てるという考えは好きではないが、これは明らかに訓練生の訓練の阻害を目的としたものだと見ていいだろう。
そうでなければ、私たち第二衛生兵部隊だけを最前線に送るというのは無理がある。
「君は分け隔てなく苦しむ負傷兵を治癒してくれる人物だと聞いているよ。まさか断りはしないだろうね?」
「ベリル王子、いえベリル総司令官には既に話は通ってるのですか?」
「うん? 何故ここで総司令官の名前を君が口にするのかね。君の直属の上官は私だ。私とその上のやり取りの是非を君が気にする事はない」
「失礼しました。忘れてください」
ベリル王子に許可を取っているかどうか。
確かに私が口に出していい問題ではない。
それを分かった上でカルザーは、許可を取っているかどうかをうやむやにした。
もし仮に私がこのことをベリル王子に直接伝えでもしたら、情報系統を乱したとして罰を受ける可能性まである。
いずれにしろ、ここで断るという選択肢は私には無い。
一度目をつぶると、今後の動きを瞬時に思い浮かべる。
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