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第20話【見えぬ所で】
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「焦らないで! 今まで通りにやればいいのよ‼」
私は目の前の毒に侵された兵士の治療をしながら、誰にともなくそう叫んだ。
予想していた通り、負傷する兵の数は多く、休んでいた者も含めて全員が対応に当たっていた。
特に今回は大怪我をしたり、毒を受けたりしている兵士が多いため、一定以上の衛生兵に負担が集中していた。
もし訓練を行うのが遅かったり、やっていなかったりすれば、状況はかなり悪くなっていただろう。
「副隊長! 急患です‼ 布なしです‼」
「分かったわ! すぐに行くわ‼」
デイジーでも難しい、瀕死の負傷兵も何人か運ばれてきている。
私がすぐに対応してなんとか一命を取り留めているものの、一度に来たらかなり難しい判断に迫られることになるだろう。
どうやら、負傷した兵士たちのぼやきを聞いていると、兵士の質が悪い訳ではなく、統率がうまくできていないようだ。
衛兵たちの指揮もここの司令官である部隊長の役目なはずだが、司令室にゾイスの姿が見つからないらしい。
それでも、クロムを始め優秀な衛兵のおかげで、徐々に敵勢力の殲滅へと向かってはいるらしい。
幸い、ここの部隊には衛生兵が多く、希望的観測ではあるものの、こちらが潰れるよりも早く事態の収束に向かいそうだ。
「副隊長! また布なしです‼ お願いします‼」
「今いく‼ デイジー‼ こっち代わってちょうだい‼」
それでも今忙しいのには変わりなく、他の衛生兵たちも、次々と運ばれる目の前の兵士たちの治療を必死に行っていた。
治療場は痛みで叫ぶ兵士の声と、治療にあたる私たちの声で満ち、周囲で起きていることには意識を向けることも難しい状態だった。
そんな中、ある事件が起きてしまった。
☆
――陣営内、某所――
「部隊長‼ 今までどこへ⁉」
「そんなことはどうでもいい‼ 腕を切られた! くそっ‼ 忌々しい魔獣め‼」
部隊長の行方を探していた兵士の一人が、目的であるゾイスを見かけて声を上げた。
それに対し、ゾイスは自分の右手を庇いながら叫ぶ。
「何をしておる‼ 早く俺を治療場へ運べ‼ 腕を切られたと言っているだろうが‼」
「は、はい! こちらへ‼」
どうやら、ゾイスは敵襲があった際に建物の外に居たようで、ここへ向かう際に右手の手首から先を切り落とされてしまったようだ。
止血は済んでいるものの、痛みのためか、額には脂汗が滲んでいた。
「部隊長が負傷した! 受け入れを頼む‼」
「何⁉ 分かった! 部隊長。怪我の程度を確認しますから、ひとまずこちらへ」
「確認するまでもないだろう‼ 腕を切られたのが見て分からんのか‼ さっさと治療を始めろ‼ 今すぐにだ‼」
切り落とされた手首の先が無く、受付の判断で再生が必要な黄色の布を無事な左腕に巻かれたゾイスは更に声を上げる。
「なんだこれは‼ そんな訳の分からんことをしている暇があったらさっさと俺を運べ‼ いや! ここに衛生兵を呼んでこい‼ 今すぐにだ! 俺が誰だか分かっているだろうが‼」
「そ、それは……中では今も全員がそれぞれ治療に当たっています。呼ぶとなると時間がかかるかと……」
「馬鹿なことを言うな‼ お前、上官の命令に背くつもりか! 口答えは許さん! さっさと行け‼」
「は、はいぃ‼」
ゾイスの言葉に受付の一人が慌てた様子で治療場に向かい、黄色の布をした衛生兵を探す。
しかし、何処を見ても衛生兵の前には、同じ色を付けた負傷兵が多く運ばれていて、手が空いていそうな者は皆無だった。
運が悪いことに、この時ゾイスの命令を受けた者は、どちらかと言えば気の弱い人間だった。
ゾイスの言葉に逆らい、この治療場に連れてくることもできなければ、大勢の治療を待つ兵士を押し除けて、誰かをゾイスの元へとすぐに連れてくることもできなかった。
そんなことなど知らずに、ゾイスは苦々しい顔をしながら、自分を治療する衛生兵が来るのを待っていた。
しかし、ゾイスの思いとは裏腹に、なかなか衛生兵は訪れない。
そんな中、一人の衛生兵が治療場から出てきた。
それを見つけたゾイスは、怒鳴り声でその衛生兵に叫んだ。
「一体何をしていた‼ いつまで待たせる気だ‼ さっさと俺を治さんか‼」
「え……?」
部隊長であるゾイスに怒鳴られた衛生兵は驚いて動きを止める。
その腕には緑色の布が巻かれていた。
彼女は最近この部隊に配属されてきたばかりの衛生兵で、訓練を積んだ他の衛生兵とは違い、早々に魔力枯渇が訪れ、休憩に向かう途中だった。
不幸は重なり、この時彼女は魔力枯渇に起因する頭痛があり、平常時に比べて思考が緩慢になっていた。
「何を呆けている! お前は衛生兵だろう! さっさと俺の手を治療しろ‼」
「は、はい‼」
怒鳴り声による部隊長命令を受けた新人の彼女は、緊張のあまり深く考えることなく、指示通りに回復魔法を唱えた。
ゾイスの手首の先が淡い光に包まれ、そしてすぐにその光は消えていく。
苛んでいた痛みが無くなったことに満足しながら、ゾイスは自分の右手を目線まで上げた。
そこにはきちんと傷口が塞がれた状態の、手を失ったままの腕先があった。
私は目の前の毒に侵された兵士の治療をしながら、誰にともなくそう叫んだ。
予想していた通り、負傷する兵の数は多く、休んでいた者も含めて全員が対応に当たっていた。
特に今回は大怪我をしたり、毒を受けたりしている兵士が多いため、一定以上の衛生兵に負担が集中していた。
もし訓練を行うのが遅かったり、やっていなかったりすれば、状況はかなり悪くなっていただろう。
「副隊長! 急患です‼ 布なしです‼」
「分かったわ! すぐに行くわ‼」
デイジーでも難しい、瀕死の負傷兵も何人か運ばれてきている。
私がすぐに対応してなんとか一命を取り留めているものの、一度に来たらかなり難しい判断に迫られることになるだろう。
どうやら、負傷した兵士たちのぼやきを聞いていると、兵士の質が悪い訳ではなく、統率がうまくできていないようだ。
衛兵たちの指揮もここの司令官である部隊長の役目なはずだが、司令室にゾイスの姿が見つからないらしい。
それでも、クロムを始め優秀な衛兵のおかげで、徐々に敵勢力の殲滅へと向かってはいるらしい。
幸い、ここの部隊には衛生兵が多く、希望的観測ではあるものの、こちらが潰れるよりも早く事態の収束に向かいそうだ。
「副隊長! また布なしです‼ お願いします‼」
「今いく‼ デイジー‼ こっち代わってちょうだい‼」
それでも今忙しいのには変わりなく、他の衛生兵たちも、次々と運ばれる目の前の兵士たちの治療を必死に行っていた。
治療場は痛みで叫ぶ兵士の声と、治療にあたる私たちの声で満ち、周囲で起きていることには意識を向けることも難しい状態だった。
そんな中、ある事件が起きてしまった。
☆
――陣営内、某所――
「部隊長‼ 今までどこへ⁉」
「そんなことはどうでもいい‼ 腕を切られた! くそっ‼ 忌々しい魔獣め‼」
部隊長の行方を探していた兵士の一人が、目的であるゾイスを見かけて声を上げた。
それに対し、ゾイスは自分の右手を庇いながら叫ぶ。
「何をしておる‼ 早く俺を治療場へ運べ‼ 腕を切られたと言っているだろうが‼」
「は、はい! こちらへ‼」
どうやら、ゾイスは敵襲があった際に建物の外に居たようで、ここへ向かう際に右手の手首から先を切り落とされてしまったようだ。
止血は済んでいるものの、痛みのためか、額には脂汗が滲んでいた。
「部隊長が負傷した! 受け入れを頼む‼」
「何⁉ 分かった! 部隊長。怪我の程度を確認しますから、ひとまずこちらへ」
「確認するまでもないだろう‼ 腕を切られたのが見て分からんのか‼ さっさと治療を始めろ‼ 今すぐにだ‼」
切り落とされた手首の先が無く、受付の判断で再生が必要な黄色の布を無事な左腕に巻かれたゾイスは更に声を上げる。
「なんだこれは‼ そんな訳の分からんことをしている暇があったらさっさと俺を運べ‼ いや! ここに衛生兵を呼んでこい‼ 今すぐにだ! 俺が誰だか分かっているだろうが‼」
「そ、それは……中では今も全員がそれぞれ治療に当たっています。呼ぶとなると時間がかかるかと……」
「馬鹿なことを言うな‼ お前、上官の命令に背くつもりか! 口答えは許さん! さっさと行け‼」
「は、はいぃ‼」
ゾイスの言葉に受付の一人が慌てた様子で治療場に向かい、黄色の布をした衛生兵を探す。
しかし、何処を見ても衛生兵の前には、同じ色を付けた負傷兵が多く運ばれていて、手が空いていそうな者は皆無だった。
運が悪いことに、この時ゾイスの命令を受けた者は、どちらかと言えば気の弱い人間だった。
ゾイスの言葉に逆らい、この治療場に連れてくることもできなければ、大勢の治療を待つ兵士を押し除けて、誰かをゾイスの元へとすぐに連れてくることもできなかった。
そんなことなど知らずに、ゾイスは苦々しい顔をしながら、自分を治療する衛生兵が来るのを待っていた。
しかし、ゾイスの思いとは裏腹に、なかなか衛生兵は訪れない。
そんな中、一人の衛生兵が治療場から出てきた。
それを見つけたゾイスは、怒鳴り声でその衛生兵に叫んだ。
「一体何をしていた‼ いつまで待たせる気だ‼ さっさと俺を治さんか‼」
「え……?」
部隊長であるゾイスに怒鳴られた衛生兵は驚いて動きを止める。
その腕には緑色の布が巻かれていた。
彼女は最近この部隊に配属されてきたばかりの衛生兵で、訓練を積んだ他の衛生兵とは違い、早々に魔力枯渇が訪れ、休憩に向かう途中だった。
不幸は重なり、この時彼女は魔力枯渇に起因する頭痛があり、平常時に比べて思考が緩慢になっていた。
「何を呆けている! お前は衛生兵だろう! さっさと俺の手を治療しろ‼」
「は、はい‼」
怒鳴り声による部隊長命令を受けた新人の彼女は、緊張のあまり深く考えることなく、指示通りに回復魔法を唱えた。
ゾイスの手首の先が淡い光に包まれ、そしてすぐにその光は消えていく。
苛んでいた痛みが無くなったことに満足しながら、ゾイスは自分の右手を目線まで上げた。
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