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第17話【四色の布】
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「――という訳で、無事に全員の治療を完了しました。死者はゼロです」
運ばれてきた大量の毒に侵された兵士たちの治療を終え、私は司令室に向かい、中でうろうろと歩き回っていたゾイスにそう報告した。
私の報告を聞いたゾイスは、唾を撒き散らしながら私に叫ぶ。
「何が、無事に、だ‼ 無事なんかじゃないよ‼」
「しかし、部隊長の言う、致死率も延べ人数も十分だと認識していますが」
私は平然と述べる。
次に続く言葉は、予想ができた。
「実績を作ってしまったのが問題だ‼ できないことをできないことに文句を言う者はいないが、一度できてしまったことが、次にできなければまずいだろうが‼」
「仰ってる意味が、よく分かりません」
実際のところ、ゾイスが何を考え心配しているかは、理解出来ている。
今回はたまたま私とデイジーが配属された後だったから、解毒が間に合ったのだ。
もし、元々いたサルビアだけでは全員を回復することはできず、対応できなかっただろう。
つまり、もうゾイスは、どんなに私やデイジーが目障りになったとしても、新しい解毒の魔法の使い手が配属されなければ、私たちの治療を拒むことはできない。
「今は幸い解毒をできる者が複数います。今後も積極的に治療に当たれば問題ないかと」
「う……だが! もし君たちに何かあったらどうするつもりだ! 一度受け入れてしまった者を移送するのは出来んのだぞ‼」
正確に言えば、治療不可での別部隊への移送は評価として悪くなるから、できないということだろう。
もっとも、私はそんなことをするつもりは毛頭ない。
かといって、このままずっと三人だけで解毒の治療に専念するつもりもない。
これは布石だった。
「お言葉ですが、実はデイジーはつい最近まで回復魔法を唱えることができませんでした。しかし、今は中級の解毒魔法まで扱うことができます」
「は! そんな馬鹿な話があるわけないだろう! そんな魔法を使えるやつがホイホイ戦場に送られる訳がない。今頃どこかの貴族のお抱えになってるよ」
「信じてもらえないなら、今日一緒に治療に当たったサルビアに聞いてもらっても構いません。彼女は確か初級の解毒魔法しか扱えませんでしたね? それ以上の魔法が必要な兵士が一人も居なかったとでも?」
「ぬ……おい! 誰か‼ 衛生兵のサルビアを呼んでこい! 今すぐにだ‼」
ゾイスが叫ぶと、司令室の外に居た一人の兵士が、慌ててサルビアを呼びに向かった。
その間に、私は話を続ける。
「それで、提案があります。ここの他の衛生兵にも才能がある者がまだいるかもしれません。その者たちに、訓練を行い、解毒魔法を習得させるのはいかがでしょうか?」
「はっ! 何を言い出すかと思えば。誰が教えるっていうんだい。都から使い手を呼んで教鞭でも取ってもらうつもりかい? 一体いくらかかると思っている。そもそもこんな所に来ようと思う物好きなんて居ないさ!」
そんなやり取りをしている間に、呼ばれたサルビアが司令室へと入ってきた。
部隊長のゾイスと副隊長である私が同席している司令室に一人だけ呼び出され、何事かと心配そうな顔をしている。
「ああ。来たようだね。さて。まずは君の嘘をサルビアに証明してもらおうか。サルビア、正直に答えたまえ。これは部隊長命令だ。今日新しく配属されたデイジーとかいう衛生兵が、君より上級な回復魔法を使ったというのは嘘だね?」
「いえ。本当です」
何を聞かれるのかと身構えていたサルビアは、予想外の質問に拍子抜けしたのか、率直にそう答えた。
「うんうん。そうだろう。嘘だっ……なんだって⁉」
「ですから。本当です。デイジーさんと、そこにいらっしゃる副隊長は、私には到底治療できない毒を受けた兵士たちを治療しておりました。間違いありません」
「ば、馬鹿な⁉ もし嘘を言っていたら、ただじゃおかないぞ⁉」
「いえ。私に嘘をつく理由はありせんので」
うろたえるゾイスを一瞥し、私は口を挟む。
これ以上は時間の無駄だ。
「私の話が嘘ではないとこれで証明されたようですね。それで、先ほどの話ですが、衛生兵の訓練を許可いただけるでしょうか?」
「しかし! 誰が教える⁉ 訓練の間、治療の手が足りなくなるだろう!」
「私とデイジーが交代で教えます。治療が疎かにならないよう、そこも私に考えがあります。さあ、どうか許可を」
「ぐぬぬ……もし! 何か問題があれば、君が全ての責任を取りたまえ‼ それが条件だ‼」
私は笑みを作り、一度だけ頷く。
「問題ありません。では、すぐにでも。これで話は終わりですね? 失礼します。サルビアも。あなたには、別の用があるの。一緒に来てくれるかしら?」
「は、はい!」
私はそのまま司令室を出ていく。
サルビアは慌てた様子で、出る際にゾイスに一礼をしてから私の後を追ってくる。
「あ、あの。副隊長。私に用とはなんでしょうか?」
「ええ。今空いている人を集めて、ある物を作ってほしいの。そうね、色は……四つもあれば最初は足りるかしら。必要だったらその時に増やしましょう」
「色、ですか?」
「ええ。さぁ、始めるわよ! 人を集めたら、私の部屋に来てちょうだい。その時、四つの色が異なる布を、できるだけ持ってきて」
私の言葉に、サルビアは戸惑いをにじませた返ことをしてから、他の衛生兵を呼びに行く。
こうして、休憩中や非番だった衛生兵数人が私の部屋に集まった。
「よく来てくれたわね。休んでいるところ申し訳ないけれど、少し手伝って欲しいの」
私の説明で、集まった衛生兵たちは布を細く切り裂いていく。
やがて、色様々な何本もの細い布が出来上がった。
「さぁ。準備はこれで十分よ。ありがとう。これの使い方を説明するから。他のみんなにも説明したいから、治療場に移動しましょう」
運ばれてきた大量の毒に侵された兵士たちの治療を終え、私は司令室に向かい、中でうろうろと歩き回っていたゾイスにそう報告した。
私の報告を聞いたゾイスは、唾を撒き散らしながら私に叫ぶ。
「何が、無事に、だ‼ 無事なんかじゃないよ‼」
「しかし、部隊長の言う、致死率も延べ人数も十分だと認識していますが」
私は平然と述べる。
次に続く言葉は、予想ができた。
「実績を作ってしまったのが問題だ‼ できないことをできないことに文句を言う者はいないが、一度できてしまったことが、次にできなければまずいだろうが‼」
「仰ってる意味が、よく分かりません」
実際のところ、ゾイスが何を考え心配しているかは、理解出来ている。
今回はたまたま私とデイジーが配属された後だったから、解毒が間に合ったのだ。
もし、元々いたサルビアだけでは全員を回復することはできず、対応できなかっただろう。
つまり、もうゾイスは、どんなに私やデイジーが目障りになったとしても、新しい解毒の魔法の使い手が配属されなければ、私たちの治療を拒むことはできない。
「今は幸い解毒をできる者が複数います。今後も積極的に治療に当たれば問題ないかと」
「う……だが! もし君たちに何かあったらどうするつもりだ! 一度受け入れてしまった者を移送するのは出来んのだぞ‼」
正確に言えば、治療不可での別部隊への移送は評価として悪くなるから、できないということだろう。
もっとも、私はそんなことをするつもりは毛頭ない。
かといって、このままずっと三人だけで解毒の治療に専念するつもりもない。
これは布石だった。
「お言葉ですが、実はデイジーはつい最近まで回復魔法を唱えることができませんでした。しかし、今は中級の解毒魔法まで扱うことができます」
「は! そんな馬鹿な話があるわけないだろう! そんな魔法を使えるやつがホイホイ戦場に送られる訳がない。今頃どこかの貴族のお抱えになってるよ」
「信じてもらえないなら、今日一緒に治療に当たったサルビアに聞いてもらっても構いません。彼女は確か初級の解毒魔法しか扱えませんでしたね? それ以上の魔法が必要な兵士が一人も居なかったとでも?」
「ぬ……おい! 誰か‼ 衛生兵のサルビアを呼んでこい! 今すぐにだ‼」
ゾイスが叫ぶと、司令室の外に居た一人の兵士が、慌ててサルビアを呼びに向かった。
その間に、私は話を続ける。
「それで、提案があります。ここの他の衛生兵にも才能がある者がまだいるかもしれません。その者たちに、訓練を行い、解毒魔法を習得させるのはいかがでしょうか?」
「はっ! 何を言い出すかと思えば。誰が教えるっていうんだい。都から使い手を呼んで教鞭でも取ってもらうつもりかい? 一体いくらかかると思っている。そもそもこんな所に来ようと思う物好きなんて居ないさ!」
そんなやり取りをしている間に、呼ばれたサルビアが司令室へと入ってきた。
部隊長のゾイスと副隊長である私が同席している司令室に一人だけ呼び出され、何事かと心配そうな顔をしている。
「ああ。来たようだね。さて。まずは君の嘘をサルビアに証明してもらおうか。サルビア、正直に答えたまえ。これは部隊長命令だ。今日新しく配属されたデイジーとかいう衛生兵が、君より上級な回復魔法を使ったというのは嘘だね?」
「いえ。本当です」
何を聞かれるのかと身構えていたサルビアは、予想外の質問に拍子抜けしたのか、率直にそう答えた。
「うんうん。そうだろう。嘘だっ……なんだって⁉」
「ですから。本当です。デイジーさんと、そこにいらっしゃる副隊長は、私には到底治療できない毒を受けた兵士たちを治療しておりました。間違いありません」
「ば、馬鹿な⁉ もし嘘を言っていたら、ただじゃおかないぞ⁉」
「いえ。私に嘘をつく理由はありせんので」
うろたえるゾイスを一瞥し、私は口を挟む。
これ以上は時間の無駄だ。
「私の話が嘘ではないとこれで証明されたようですね。それで、先ほどの話ですが、衛生兵の訓練を許可いただけるでしょうか?」
「しかし! 誰が教える⁉ 訓練の間、治療の手が足りなくなるだろう!」
「私とデイジーが交代で教えます。治療が疎かにならないよう、そこも私に考えがあります。さあ、どうか許可を」
「ぐぬぬ……もし! 何か問題があれば、君が全ての責任を取りたまえ‼ それが条件だ‼」
私は笑みを作り、一度だけ頷く。
「問題ありません。では、すぐにでも。これで話は終わりですね? 失礼します。サルビアも。あなたには、別の用があるの。一緒に来てくれるかしら?」
「は、はい!」
私はそのまま司令室を出ていく。
サルビアは慌てた様子で、出る際にゾイスに一礼をしてから私の後を追ってくる。
「あ、あの。副隊長。私に用とはなんでしょうか?」
「ええ。今空いている人を集めて、ある物を作ってほしいの。そうね、色は……四つもあれば最初は足りるかしら。必要だったらその時に増やしましょう」
「色、ですか?」
「ええ。さぁ、始めるわよ! 人を集めたら、私の部屋に来てちょうだい。その時、四つの色が異なる布を、できるだけ持ってきて」
私の言葉に、サルビアは戸惑いをにじませた返ことをしてから、他の衛生兵を呼びに行く。
こうして、休憩中や非番だった衛生兵数人が私の部屋に集まった。
「よく来てくれたわね。休んでいるところ申し訳ないけれど、少し手伝って欲しいの」
私の説明で、集まった衛生兵たちは布を細く切り裂いていく。
やがて、色様々な何本もの細い布が出来上がった。
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