10 / 64
第10話【それぞれの問い】
しおりを挟む
「今日の清掃終わりました‼」
デイジーが元気な声を出す。
清掃というのは治療場のことだ。
別に私は彼女の上官でもないので、いちいち報告する必要ない。
しかし、それぞれ持ち回りでやる様々な仕事の報告を、みな私にするようになっていた。
私が初めてここに来たときは、治療場は強い臭いと様々なもので汚れていて酷い有様だった。
今は、各チームで清掃をしているため、非常に清潔感あふれる場所に変わっている。
汚い所で治癒を行うと、思わぬ結果が現れることがあり、清潔になった今はその問題は鳴りを潜めた。
それでなくても、治療する側もされる側も汚いよりはきれいな場所の方が嬉しいだろう。
デイジーが入ってきた時、私はベリル王子から来た手紙を開いていた。
流石に人に見せるわけにもいかないため、私は慌てて手紙をしまった。
「あれ? 聖女様。なんですか? 手紙みたいなの読んでました?」
「なんでもないわ」
どう答えていいのか分からず、自分でも少しぶっきらぼうだと思う言い方で返してしまう。
その私の様子に、何を勘違いしたのか、デイジーは嬉しそうに目を輝かせた。
「もしかして! 恋文ですか⁉ わぁ。素敵ですねぇ。私も文通とかしてみたいなぁ」
「そんなんじゃないったら」
「はいはい。ふふ。良かった。聖女様も人の子なんですね。きっとお相手は高貴で素敵な方なんでしょうねぇ!」
「もう……用件が終わったのなら、出て行きなさい。まだ非番には早いでしょう?」
私の態度を面白がるように、デイジーは明らかな笑顔を作り、一礼して部屋を出ていった。
それを見送った後、私は一度ため息をついてから、読みかけの手紙を開き直した。
ベリル王子からの手紙の関心ごとは、最近はもっぱら陣営の中の問題の有無についてだった。
私は魔石の補充や、使用許可の簡略化、また衛生兵の増員や教育機関の設立など、思いつくままにベリル王子に手紙を書く際に綴った。
どうやら、呪いが解かれたというものの、ルチル王子は現在も療養中で、表には出てきていないらしい。
そのため、暫定的に総司令官の席が空席になっている、とアンバーから聞いた。
おそらくこのままルチル王子の容態が回復しなければ、総司令官は第二王子であり第二王位継承権を持つベリル王子になるのではないかとも言っていた。
それはベリル王子の手紙には書かれていないものの、もしそうだとしても、わざわざ手紙で私にそうだと教えるとは思えない。
ただ、仮にベリル王子が総司令官につけば、私の提案した改善要求も、いずれは実現してくれるかもしれない。
そんなことを思いながら、私は読み終わると、定例のリラの花の色と、最近の状況を書き、兵士を呼ぶと手紙を渡した。
何度もやりとりを繰り返すうちに、兵士も慣れてきたようで、今では私が兵士を部屋に呼ぶと手紙だと思われるようになっていた。
受け取りに来る兵士も固定化し、その兵士というのはここにきて最初に助けたクロムという青年だった。
「お呼びでしょうか!」
「クロム。いつも悪いわね。また、これを頼むわ」
「かしこまりました!」
そう言いながら、クロムは私から手紙を受け取る。
そして何か思案したような素振りを見せた後、私に質問を投げかけてきた。
「失礼なことを聞くようですが。これは聖女様の大切な方へのお手紙でしょうか?」
「まぁ。あなたまでそんなことを言うの? その手紙のことなら違うわよ。」
先ほどデイジーとのやり取りで十分だと思っていた私は、投げやりにそう答える。
それを聞いたクロムは、何故か嬉しそうな顔を見せた。
「そうですか! 不躾な質問。失礼しました! 確かにこの手紙、承りました‼」
「いいえ。いいわ。じゃあ、頼むわね」
手紙を書き終え、私は治療場へ向かう。
中ではいつものように、魔族や魔獣との戦闘で負傷した兵たちが、ここの衛生兵によって治療を受けていた。
私も自分の持ち場につき、負傷兵たちへの治療に当たる。
目の前にいる兵士は、どうやら脚を切り落とされたらしい。
出血を抑えるため、傷口は魔法か実際の炎か分からないが、焼き固められていた。
確かに上位の回復魔法を使えば、焼いた後も失った脚も綺麗に治るが、かなりの荒い応急処置だと言える。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ。今から治すから」
「あぁ! 脚が! 脚が無いはずなのに、痛い! 無い脚が痛いんだ! どうにかしてくれ‼」
私の声に、今まで押し黙っていた兵士が声を荒げる。
どうやら必死で耐えていたものが、私に話しかけられるということで吹き出したのだろう。
無くなったはずの部位が痛むというのは幻肢痛というものらしい。
呪いでもそれを再現することができると聞くけれど、これは呪いではなく精神的なものだとか。
いずれにしろ、私がやることは決まっている。
目の前の兵士の無くなった方の脚の付け根あたりに手を当て、回復魔法を唱えた。
まず私の手が淡く光り、そしてその光は手を伝わって無くなった脚を形取るように広がっていく。
光が一瞬眩しいほどに光り輝き、その光がなくなると、そこには失った脚が元どおりについていた。
「お、俺の……俺の脚が‼ うわぁぁ! 俺の脚がある‼ ありがとう……ありがとう‼ あんたか! 聖女様っていうのは!」
先ほどまで弱音を言っていた兵士は、自分の脚が戻ったことを見ると、涙を流しながら私に感謝の念を言ってきた。
私はそんな兵士の頭を優しく撫でた後、次の負傷兵の治療へと向かった。
デイジーが元気な声を出す。
清掃というのは治療場のことだ。
別に私は彼女の上官でもないので、いちいち報告する必要ない。
しかし、それぞれ持ち回りでやる様々な仕事の報告を、みな私にするようになっていた。
私が初めてここに来たときは、治療場は強い臭いと様々なもので汚れていて酷い有様だった。
今は、各チームで清掃をしているため、非常に清潔感あふれる場所に変わっている。
汚い所で治癒を行うと、思わぬ結果が現れることがあり、清潔になった今はその問題は鳴りを潜めた。
それでなくても、治療する側もされる側も汚いよりはきれいな場所の方が嬉しいだろう。
デイジーが入ってきた時、私はベリル王子から来た手紙を開いていた。
流石に人に見せるわけにもいかないため、私は慌てて手紙をしまった。
「あれ? 聖女様。なんですか? 手紙みたいなの読んでました?」
「なんでもないわ」
どう答えていいのか分からず、自分でも少しぶっきらぼうだと思う言い方で返してしまう。
その私の様子に、何を勘違いしたのか、デイジーは嬉しそうに目を輝かせた。
「もしかして! 恋文ですか⁉ わぁ。素敵ですねぇ。私も文通とかしてみたいなぁ」
「そんなんじゃないったら」
「はいはい。ふふ。良かった。聖女様も人の子なんですね。きっとお相手は高貴で素敵な方なんでしょうねぇ!」
「もう……用件が終わったのなら、出て行きなさい。まだ非番には早いでしょう?」
私の態度を面白がるように、デイジーは明らかな笑顔を作り、一礼して部屋を出ていった。
それを見送った後、私は一度ため息をついてから、読みかけの手紙を開き直した。
ベリル王子からの手紙の関心ごとは、最近はもっぱら陣営の中の問題の有無についてだった。
私は魔石の補充や、使用許可の簡略化、また衛生兵の増員や教育機関の設立など、思いつくままにベリル王子に手紙を書く際に綴った。
どうやら、呪いが解かれたというものの、ルチル王子は現在も療養中で、表には出てきていないらしい。
そのため、暫定的に総司令官の席が空席になっている、とアンバーから聞いた。
おそらくこのままルチル王子の容態が回復しなければ、総司令官は第二王子であり第二王位継承権を持つベリル王子になるのではないかとも言っていた。
それはベリル王子の手紙には書かれていないものの、もしそうだとしても、わざわざ手紙で私にそうだと教えるとは思えない。
ただ、仮にベリル王子が総司令官につけば、私の提案した改善要求も、いずれは実現してくれるかもしれない。
そんなことを思いながら、私は読み終わると、定例のリラの花の色と、最近の状況を書き、兵士を呼ぶと手紙を渡した。
何度もやりとりを繰り返すうちに、兵士も慣れてきたようで、今では私が兵士を部屋に呼ぶと手紙だと思われるようになっていた。
受け取りに来る兵士も固定化し、その兵士というのはここにきて最初に助けたクロムという青年だった。
「お呼びでしょうか!」
「クロム。いつも悪いわね。また、これを頼むわ」
「かしこまりました!」
そう言いながら、クロムは私から手紙を受け取る。
そして何か思案したような素振りを見せた後、私に質問を投げかけてきた。
「失礼なことを聞くようですが。これは聖女様の大切な方へのお手紙でしょうか?」
「まぁ。あなたまでそんなことを言うの? その手紙のことなら違うわよ。」
先ほどデイジーとのやり取りで十分だと思っていた私は、投げやりにそう答える。
それを聞いたクロムは、何故か嬉しそうな顔を見せた。
「そうですか! 不躾な質問。失礼しました! 確かにこの手紙、承りました‼」
「いいえ。いいわ。じゃあ、頼むわね」
手紙を書き終え、私は治療場へ向かう。
中ではいつものように、魔族や魔獣との戦闘で負傷した兵たちが、ここの衛生兵によって治療を受けていた。
私も自分の持ち場につき、負傷兵たちへの治療に当たる。
目の前にいる兵士は、どうやら脚を切り落とされたらしい。
出血を抑えるため、傷口は魔法か実際の炎か分からないが、焼き固められていた。
確かに上位の回復魔法を使えば、焼いた後も失った脚も綺麗に治るが、かなりの荒い応急処置だと言える。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ。今から治すから」
「あぁ! 脚が! 脚が無いはずなのに、痛い! 無い脚が痛いんだ! どうにかしてくれ‼」
私の声に、今まで押し黙っていた兵士が声を荒げる。
どうやら必死で耐えていたものが、私に話しかけられるということで吹き出したのだろう。
無くなったはずの部位が痛むというのは幻肢痛というものらしい。
呪いでもそれを再現することができると聞くけれど、これは呪いではなく精神的なものだとか。
いずれにしろ、私がやることは決まっている。
目の前の兵士の無くなった方の脚の付け根あたりに手を当て、回復魔法を唱えた。
まず私の手が淡く光り、そしてその光は手を伝わって無くなった脚を形取るように広がっていく。
光が一瞬眩しいほどに光り輝き、その光がなくなると、そこには失った脚が元どおりについていた。
「お、俺の……俺の脚が‼ うわぁぁ! 俺の脚がある‼ ありがとう……ありがとう‼ あんたか! 聖女様っていうのは!」
先ほどまで弱音を言っていた兵士は、自分の脚が戻ったことを見ると、涙を流しながら私に感謝の念を言ってきた。
私はそんな兵士の頭を優しく撫でた後、次の負傷兵の治療へと向かった。
1
お気に入りに追加
3,339
あなたにおすすめの小説
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。


聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした
猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。
聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。
思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。
彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。
それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。
けれども、なにかが胸の内に燻っている。
聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。
※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる