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第7話【アンバーの隠し事】

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 最後の一人の治療を終えた後、私はアンバーに報告するため司令室に向かった。
 魔石の件は謝罪するべきか、それとも感謝すべきか迷いながら。

「失礼します」
「誰だ⁉ 誰も入れるなと厳命したはずだ‼」

 私が司令室に入った途端、普段聞くことの無い、アンバーの荒げた声が聞こえた。
 しかしその声は苦しみに耐えるようで、呼吸も速い。

「ああ……君か……すまんね。なんの用かな?」
「部隊長、どうされました? 顔色が優れないようですが。治療が必要なら――」

「無駄だよ。いいから出ていってくれ。さぁ! 今すぐに‼」
「……分かりました。失礼します」

 珍しいアンバーの姿に若干戸惑い感じながらも、私は司令室を後にする。
 治療場に行く途中、すれ違った兵士たちの言葉が自然と耳に入ってきた。

「それにしても凄かったな。部隊長の攻撃魔法。あんだけ苦戦した魔獣たちを一掃だぜ?」
「ほんと、凄かったよなぁ。それにしても、なんであんな強い人が、第五衛生兵部隊の部隊長なんかやってるんだ?」

 五つある衛生兵部隊でも、この部隊は格でいえば一番下だ。
 そもそもそんな攻撃魔法を使えるのならば、兵士が言う通り、攻撃部隊の、しかも上位の部隊に所属されていてもおかしくない。

「なんだ? 知らなかったのか? アンバー部隊長は以前は第二攻撃部隊の部隊長を務めていたんだぜ。なんでもその時戦った魔族から受けた傷が原因で前線から離れたんだとか」
「へー。知らなかったな。第二攻撃だなんて、エリート部隊じゃないか! そんな部隊の部隊長でも、満足に傷も治してもらえないんだなぁ」

「詳しくは知らないけどな。噂だよ。噂。怪我は治ったけど、呪いを受けてそれを取れなかったとか」
「呪いってあのずっと痛みを受けるってやつか? そりゃ嘘だろ。アンバー部隊長、いつもヘラヘラしてるじゃないか」

 私はその言葉を聞いた瞬間、踵を返し、アンバーの部屋に戻った。
 今の話と、アンバーの様子を見れば見当がつく。

 そしてそれはできるだけ早くに対処しなければならない。
 立ち入り禁止など聞いている場合ではなかった。

「失礼します‼」
「しつこいな……また君か。さっき出て行けと言ったはずだがね。なにか忘れ物でもしたかい?」

 部屋に入ると、アンバーは既に立っているのが辛くなったようで、机に突っ伏すような格好でいた。
 私が入ってきたのを確認しても動く様子はない。

「なんだい? 見ての通り、今動くのすらおっくうなんだ。忘れ物を見つけたら、今度こそさっさと出ていってくれ」
「ええ。大変な忘れ物をしていました。部隊長。あなた呪いに侵されていますね? しかも上位のものを含めて複数」

 私の指摘にアンバーの眉が吊り上がる。
 しかし、すでに言い返す気力と体力すら残っていないようだ。

「正直なところ、驚いています。じっとしているだけでも苦痛にさいなまれているはずです。それを他人に押し隠す努力、並大抵のものとは思えません」

 私の言葉を聞いているのか分からないが、アンバーは一度だけゆっくりと瞬きをした。

「なぜ相談していただけなかったのですか? 就任直後に呪いを解く魔法を私が使えることはご存知だったはずです」
「無駄だよ……【痛みペイン】を解けるくらいじゃ……もう何度も試したさ……高位の回復魔法の使い手に頼んでね……」

 絞り出すような声でアンバーは答える。
 おそらく今までは自分の魔力を総動員して、どうにか呪いを押さえ込んでいたに違いない。

 それができたことも驚異だけれど、先ほどの戦闘で魔獣を一掃したという攻撃魔法。
 それも驚異的な威力だったのだろう。
 自身の魔力だけでは足りず、魔石を触媒にして使用した魔法。

 魔力が尽きた今のアンバーは、無防備な身体で、恐ろしい呪いに襲われているのだ。
 常人なら痛みで発狂したり、恐怖で自傷したり、多くの者は自分で命を絶つ選択をすると聞く。

 それにも関わらず私になんとか弱みを見せぬよう、気丈に振舞おうとするアンバーの精神の強さに感服する。

「今すぐ患部を見せてください。まだ魔石も残っています。今やらなければ、最悪精神がやられますよ?」
「無駄だと……」

 ここで押し問答をするつもりは無い。
 私はアンバーが抵抗できないことを利用して、無理やり着ている軍服を脱がせた。

「これは……」

 アンバーは私の二倍以上の年齢だろうか。
 それにも関わらず、引き締まり無駄がない兵士の肉体を保っている。

 その強靭な肉体を埋め尽くすかのように、呪いの紋様が描かれていた。
 種類も複数あり、【痛みペイン】、【恐怖フィアー】などはまだ優しい。

「まさか……【崩壊ディケイ】まで……」
「それを知っているだけでも……大したもんだ……でも、これで無駄だということが……分かっただろ?」

 【崩壊ディケイ】は上位の魔族が使うとされる呪いで、それをかけられた者は、内部から腐敗し死に至る。
 そして、呪いの厄介なところは、最も強い呪いを解ける解呪の魔法を使わなければ、初級の呪いすら解呪できない事だった。

「遅かったかもしれませんが、今気付けて良かった。少し時間はかかります。その格好では苦しいでしょう。横になってください」
「何を……する気だ……?」

「もちろん治療するんです! それ以外にありますか?」

 私はアンバーを床に寝かせると、懐から魔石の最も質のいい物を選び取り出す。
 それともうひとつ魔石を取ると、小さい方は砕いて飲み干した。

 先ほどの治療で消耗した魔力が再び満たされる。
 そして質のいい魔石を手に持つと、自分の使える最上級の解呪の魔法を唱え始めた。

 私の両手からアンバーの全身に眩い光が伝わる。
 その光に溶けるように、アンバーの身体に描かれていた紋様が消えていく。

 やがて、光が収まる頃には、全身を埋め尽くしていた呪いの紋様は、跡形もなく綺麗に消え失せていた。
 呪いから解放されたアンバーは瞬きを繰り返し私を見つめている。

「さぁ、あともうひと踏ん張りですよ。呪いは消えました。後は腐敗した内部を治療しましょう」

 そして今度は治癒の魔法を唱える。
 これでアンバーの身体は、健康的でどこにも問題のない肉体になったと言えるだろう。
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