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第12話【気付き】
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「アベル? アベルったら」
椅子の背にもたれる形で眠りに落ちたアベルを起こそうとするけれど、一向に起きる気配がない。
気持ち良さそうな寝顔は、熟睡していることを示している。
「ちょっと、エア。これどうゆうこと? これじゃあ眠りを助けるどころか、無理やり眠らせてるみたいじゃない」
アベルが寝ているので、私は声に出してエアに文句を言う。
だけどエアはいつものように両羽の付け根を上げてこう言った。
「このキャンドルの効果は間違いなく眠りを助けるものさ。炎の揺らぎと匂いでね。でもアベルはよほど無理していたんだろ? だからすぐに寝ちゃった。それだけのことさ」
「そんなこと言っても!」
「現にエリスは昨日よく寝たから眠りに落ちてないだろう? もちろん無理やり眠らせるようなものも作ろうと思えば作れるけど、僕はそんなの教えるつもりはないね」
「うーん。確かに、私は今こうして起きてられるものねぇ」
そんなやりとりの後、もう一度アベルの顔を覗く。
初めて出会った時と同じように、その大きな瞳は閉じられていて、その隙間から真っ黒で長いまつ毛が生えている。
前回と違うのは顔色だ。
ひどい怪我をして、血の気の引いた顔だった以前と違い、今は血色の良い肌をしていた。
「やっぱり、綺麗な顔よねぇ」
誰に言うわけでもなく私はそう独り言を言う。
アベルの整った顔立ちは、恐らく数多の女性の心を掴んで離さないに違いなかった。
「それにしても……こんな時間に女性の部屋で寝てるのを他の誰かに知られたら色々とまずいわよねぇ」
そうなると誰かに声をかけて運んでもらうわけにもいかない。
さすがに朝までこのままということもないだろうから、起きるまで待つことに決めた。
「今ごろ素敵な夢でも見てるのかしら」
「うん。今ちょうど楽しそうな夢を見てるね。どんな内容かは教えないけど」
そんなことまで分かるのか。
生まれてからずっと一緒にいる精霊という存在に、改めて不思議さを感じてしまった。
「でも、良かった。ねぇ見て。エア。凄い幸せそうな顔をしているもの。眠れないなんて辛いし身体にも良くないものね」
「そうだね。まぁ、エリスには不眠なんて無縁の言葉だと思うけど」
エアの余計な一言に、私は視線をアベルから右肩にいるエアに向けて不満の表情を見せる。
すると、アベルが寝言を言うのが聞こえた。
「う……ん、エリス……」
「え?」
今私の名前を呼んだ?
いや、そんなに珍しい名前でもないのかもしれない。
きっと、他に誰か同じ名前のいい人がいるのだろう。
だけど何か気になってしまう。
他に寝言を言わないか、再び視線をアベルに戻し静かに待っていた。
すると、アベルはまた口を動かした。
「エリス……俺は君のことが……」
続きを期待したけれど、残念ながらその後は何も言葉を発することはなかった。
そんなアベルを私はなんだか愛おしく思えてきてしまった。
椅子の背もたれに乗せた頭に、手を触れる。
しっかりとコシがありながら滑らかな手触りの黒髪を撫でる。
「うふふ。そのエリスさんが誰かは分からないけれど、あなたの幸せな夢に出させてもらうなんて、きっと幸せ者ね」
ふと、机の上で燃え続けるキャンドルに気付き、息を吹きかけ火を消す。
まだ蝋は十分に残っているから、何度か使えるだろう。
私はアベルと机を挟んで向かい合わせに座ると、いつ起きるか分からないこの素敵な男性の寝顔を、ずっと見つめていた。
まるでこの瞬間私だけに許された、特別な時間を味わうように。
☆
~その頃王都では~
「その、エリスとかいう者の行方は分かったのか?」
父王であったサルベーの喪の最中ではあったが、周囲の全面的な賛同を得て新王となったサルーンが家来に言い放つ。
国宝である【色視の水晶】の管理を行なっていた者から、最後に使った相手を聞き出した末の発言だった。
「いえ。聖女と偽った罪により、国外追放されたことまでしか……」
「すぐに追放した後の足取りを追え! 確認の場には父とあのローザしかいなかったが、部屋の前で待機していた侍女が、隙間から眩しいばかりの光が漏れたのを見ている」
「しかし……かの水晶は立国の時から代々伝わる国宝で、誤りなく聖女であることを見分けることができると聞いております。それを使って真の聖女を違えるなどということがありましょうか?」
「馬鹿め。あの父だぞ? ローザにどんな嘘を植え付けられたか分からん。とにかく、今国内で聖女と思われる者の目撃情報は他にないのだ。そいつが偽物であると分かればそれでいい。もし聖女なら国外追放など許さん!」
サルーンは賢かったが、知恵と人格が必ずしも一致しないのは言うまでもない事実である。
そして残念なことに、利己的な性格は父からきちんと引き継いでいた。
そんなサルーンが聖女の疑いがある人物を、そのまま野に放っておくなどするはずもなかった。
偽物であれば再び追放、もしくはその場で処刑をすれば良い。
もし万が一真の聖女であれば、代々の王がそうしてきたように、自らの傍に置き治癒の力を使わせようと目論んでいた。
そのためには、まずは自分の目の前にエリスを呼び、もう一度【色視の水晶】を用いて真偽を自らの目で確かめなければと思っている。
「どんな手段を取っても構わん! 俺の前にエリスを呼びだせ! ただし、傷を付けることは許さん! もしそんなことをして、本当の聖女だと分かってみろ。やった者は即処刑だ!!」
「はっ!!」
サルーンの命令に、家来は頭を下げる。
この新しい王が愚王ではないこと、そして決して人に優しい王ではないことを、この家来は知っている。
ならば王の命令に背くなどの選択肢はない。
王の勅令により、国を挙げてのエリス探索が始まってしまった。
椅子の背にもたれる形で眠りに落ちたアベルを起こそうとするけれど、一向に起きる気配がない。
気持ち良さそうな寝顔は、熟睡していることを示している。
「ちょっと、エア。これどうゆうこと? これじゃあ眠りを助けるどころか、無理やり眠らせてるみたいじゃない」
アベルが寝ているので、私は声に出してエアに文句を言う。
だけどエアはいつものように両羽の付け根を上げてこう言った。
「このキャンドルの効果は間違いなく眠りを助けるものさ。炎の揺らぎと匂いでね。でもアベルはよほど無理していたんだろ? だからすぐに寝ちゃった。それだけのことさ」
「そんなこと言っても!」
「現にエリスは昨日よく寝たから眠りに落ちてないだろう? もちろん無理やり眠らせるようなものも作ろうと思えば作れるけど、僕はそんなの教えるつもりはないね」
「うーん。確かに、私は今こうして起きてられるものねぇ」
そんなやりとりの後、もう一度アベルの顔を覗く。
初めて出会った時と同じように、その大きな瞳は閉じられていて、その隙間から真っ黒で長いまつ毛が生えている。
前回と違うのは顔色だ。
ひどい怪我をして、血の気の引いた顔だった以前と違い、今は血色の良い肌をしていた。
「やっぱり、綺麗な顔よねぇ」
誰に言うわけでもなく私はそう独り言を言う。
アベルの整った顔立ちは、恐らく数多の女性の心を掴んで離さないに違いなかった。
「それにしても……こんな時間に女性の部屋で寝てるのを他の誰かに知られたら色々とまずいわよねぇ」
そうなると誰かに声をかけて運んでもらうわけにもいかない。
さすがに朝までこのままということもないだろうから、起きるまで待つことに決めた。
「今ごろ素敵な夢でも見てるのかしら」
「うん。今ちょうど楽しそうな夢を見てるね。どんな内容かは教えないけど」
そんなことまで分かるのか。
生まれてからずっと一緒にいる精霊という存在に、改めて不思議さを感じてしまった。
「でも、良かった。ねぇ見て。エア。凄い幸せそうな顔をしているもの。眠れないなんて辛いし身体にも良くないものね」
「そうだね。まぁ、エリスには不眠なんて無縁の言葉だと思うけど」
エアの余計な一言に、私は視線をアベルから右肩にいるエアに向けて不満の表情を見せる。
すると、アベルが寝言を言うのが聞こえた。
「う……ん、エリス……」
「え?」
今私の名前を呼んだ?
いや、そんなに珍しい名前でもないのかもしれない。
きっと、他に誰か同じ名前のいい人がいるのだろう。
だけど何か気になってしまう。
他に寝言を言わないか、再び視線をアベルに戻し静かに待っていた。
すると、アベルはまた口を動かした。
「エリス……俺は君のことが……」
続きを期待したけれど、残念ながらその後は何も言葉を発することはなかった。
そんなアベルを私はなんだか愛おしく思えてきてしまった。
椅子の背もたれに乗せた頭に、手を触れる。
しっかりとコシがありながら滑らかな手触りの黒髪を撫でる。
「うふふ。そのエリスさんが誰かは分からないけれど、あなたの幸せな夢に出させてもらうなんて、きっと幸せ者ね」
ふと、机の上で燃え続けるキャンドルに気付き、息を吹きかけ火を消す。
まだ蝋は十分に残っているから、何度か使えるだろう。
私はアベルと机を挟んで向かい合わせに座ると、いつ起きるか分からないこの素敵な男性の寝顔を、ずっと見つめていた。
まるでこの瞬間私だけに許された、特別な時間を味わうように。
☆
~その頃王都では~
「その、エリスとかいう者の行方は分かったのか?」
父王であったサルベーの喪の最中ではあったが、周囲の全面的な賛同を得て新王となったサルーンが家来に言い放つ。
国宝である【色視の水晶】の管理を行なっていた者から、最後に使った相手を聞き出した末の発言だった。
「いえ。聖女と偽った罪により、国外追放されたことまでしか……」
「すぐに追放した後の足取りを追え! 確認の場には父とあのローザしかいなかったが、部屋の前で待機していた侍女が、隙間から眩しいばかりの光が漏れたのを見ている」
「しかし……かの水晶は立国の時から代々伝わる国宝で、誤りなく聖女であることを見分けることができると聞いております。それを使って真の聖女を違えるなどということがありましょうか?」
「馬鹿め。あの父だぞ? ローザにどんな嘘を植え付けられたか分からん。とにかく、今国内で聖女と思われる者の目撃情報は他にないのだ。そいつが偽物であると分かればそれでいい。もし聖女なら国外追放など許さん!」
サルーンは賢かったが、知恵と人格が必ずしも一致しないのは言うまでもない事実である。
そして残念なことに、利己的な性格は父からきちんと引き継いでいた。
そんなサルーンが聖女の疑いがある人物を、そのまま野に放っておくなどするはずもなかった。
偽物であれば再び追放、もしくはその場で処刑をすれば良い。
もし万が一真の聖女であれば、代々の王がそうしてきたように、自らの傍に置き治癒の力を使わせようと目論んでいた。
そのためには、まずは自分の目の前にエリスを呼び、もう一度【色視の水晶】を用いて真偽を自らの目で確かめなければと思っている。
「どんな手段を取っても構わん! 俺の前にエリスを呼びだせ! ただし、傷を付けることは許さん! もしそんなことをして、本当の聖女だと分かってみろ。やった者は即処刑だ!!」
「はっ!!」
サルーンの命令に、家来は頭を下げる。
この新しい王が愚王ではないこと、そして決して人に優しい王ではないことを、この家来は知っている。
ならば王の命令に背くなどの選択肢はない。
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