上 下
2 / 21

第2話【精霊力と錬金術】

しおりを挟む
「なんと……行方知らずとなったご両親を追って、我が国に向かう途中でしたとは。そうですか」

 主であるアベルがまだ目を覚まさないため、私は今後のために色々な話を聞いていた。
 相手は従者であるガルニエ。少し小太りの人の良さそうな顔をしたおじさんだ。

 ちなみにさすがに国を追われた聖女だと、会ったばかりの人にバカ正直に話す気にもならず、私は隣国に旅に出て帰らない両親を探している村娘、という設定にした。
 私の両親は既に他界しているため、問題になることはないだろう。

「しかし……本当に助かりました。使っていただいた薬の代金は、必ず当ハーミット商会が支払わせていただきますので……」
「あ、本当にいいんです! 私もたまたま手に入れた薬だったので! あんなすごい効果の薬、逆に使い道なかったので。役に立てて良かったです!」

 私は聖女だということも秘密にするために、村の薬師だと嘘をついた。
 ちなみにアベルに使った薬は、村を訪れた凄腕の薬師が一宿一飯の礼にと置いていったものだと言っておいた。

 同じものを作れと言われたら困るからだ。
 我ながら陳腐な嘘だと思うけれど、ガルニエは人がいいのか、少しも疑っていないようだ。

「ところで……錬金術師というのはなんなんですか? 私の国では聞いたことの無い単語ですが」
「なんと!? えーっと、この世に精霊が存在し、精霊たちは私たち生き物に力を貸し与えてくれるというのはご存じですか?」

「え、ええ。私の国ではその力を精霊力と呼んでいます」
「ええ! まさに! その精霊力を用いて、様々な奇跡の御業と呼べるような道具や薬などを作り上げる御方、それが錬金術師様です。私どもの商会でもいくつか取扱いが」

 精霊力を道具や薬に?
 そんなことが出来るなんて知らなかった。

 そう思いながら、私は横目でエアの方を見た。

『だって。聞かなかったろう? 言ったでしょ。聞かれたことは答えるけれど、聞かれてないことは答えないって』

 突然、頭の中にエアの声が響いた。
 私は驚いて顔もエアの方に向けてしまう。

『エリスも声に出さずに頭で考えるだけでいいよ。隠すんだろ? 僕のこと』
『あ、なるほどね。ありがとう。でも、後で教えてね』

 前から知っていたことだけど、エアはおそらく人が知らないことですら知っているほどの知識を持つ。
 だけど向こうから積極的に教えてくれることはほとんどない。

 エアの言葉を借りると、全てを教えたら人の生などとてもじゃないけれど足りない、ということらしい。
 あとは、精霊は自ら努力する人を好む、とも言っていた。

 幸い私はエアからまだ見放されていないけれど、精霊は気まぐれで、気に食わないことがあると離れて行ってしまうこともあるのだとか。
 私もそうならないように気をつけないと。

 生まれた時から一緒にいる、今となっては唯一の家族だから。

「しかし……アベル様。なかなかお目覚めになりませんな」
「そうですね。顔色もいいですし、問題ないと思うのですが」

「ここをもう少し行くと国境の駐屯地があるのですが……そこへ行ければ人も呼んで来られるのですがね……」
「あ。なら、私がこの方を見ていましょうか? 私が行ってもいいですが、この辺りは不慣れなのと。それに身元がはっきりしない私よりもガルニエさんの方がいいかと」

 私の提案に、ガルニエは手を顎に当て少し考えるような仕草をする。
 しかしそれがいいと思いに至ったのか、私の提案を受け入れた。

「そうですね。この辺りは危険も少ないでしょうし。アベル様のこと、くれぐれも頼みましたよ」
「ええ。お気を付けて」

 私に一度会釈をすると、先にあると言う駐屯地まで走り始めた。
 体格の割に意外と身軽だなと思ってしまう。

「それにしても全然起きないわね。大丈夫なのかな?」
「大丈夫だよ。むしろ以前より健康になったくらいじゃない? この人ちょっと無理しすぎてるみたいだね。起きないのは単純に寝不足なだけ」

 ガルニエが居なくなったので私は声を出してエアと話す。
 やっぱりこっちの方が慣れていて話しやすい。

「うーん。寝不足ねぇ。それにしても綺麗な人よねぇ」

 そう言いながら、私は未だに目を覚まさないアベルの顔に私の顔を覗き込むように近付け、まじまじと見つめてしまう。
 閉じた瞼の隙間からは、長く真っ直ぐな黒いまつ毛が覗いている。

 私のおかげで血色を取り戻したその顔は、シミひとつない肌をしていて、滑らかだ。
 艶のある黒髪は、転んだせいで今は乱れているものの、身だしなみに気を遣っているのが分かるように、綺麗に刈り揃えられていた。

 きっと目を開けると、そこには綺麗な瞳があるのだろうなと、思いながら見つめていると、突然その瞳が大きく開いた。
 ちょうど目線を瞼の上に置いていたおかげで、アベルの漆黒の、全てを吸い込んでしまいそうな深い瞳と、私の目が合う。

 慌てて私は覆い被さるようにしていた身体を仰け反らせ、アベルから身を引いた。
 顔に血が上り、火照っているのが分かる。

「これは……すいません。どなたでしょうか? ガルニエは?」

 身体を起こしながら辺りを見渡し状況を確認しようとするアベル。
 そんなアベルの声は、透き通った耳当たりの良い響きをしていた。

「私はエリス。ガルニエさんは、助けを呼びにこの先の駐屯地まで向かったところです」
「駐屯地へ……? ああ。そういえば、突然馬車が倒れて……あれ? 酷い怪我をしていたはずだが……」

 アベルは先ほど自分の身に起こったことを思い出したらしく、手足を見つめた。
 大きな手のひらと長く細い指に、私も自然と目がいった。

「怪我は私が治しました。たまたま通りかかっただけですが、元気になったみたいで良かったです」
「おお! そうでしたか! なんとお礼をいえばいいか。すいません。今買い付けを行ったばかりで持ち合わせがなくて。ガルニエが戻ったら、一緒に街までご同行願えませんか? 商会に帰ればその時にお礼を」

 私は少し悩んだけれど、このまま一人で街を目指すよりもその方が早いと思い立ち、アベルの提案を快く受け入れることにした。

 こうして、私とアベルの初めての出会いが終わり、これからも色々とお世話になっていくことになったのだった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【本編完結済】白豚令嬢ですが隣国で幸せに暮らしたいと思います

忠野雪仁
恋愛
良くある異世界転生の物語です、読む専でしたが初めての執筆となります。 私は転生した。 転生物語に良くある中世ヨーロッパテイストに剣と魔法の世界 イケメンの兄と両親、なのにチョット嫌かなりふくよかな私。 大陸の中でも大きな国家の筆頭公爵の娘に生まれ、 家族にはとても愛されていた。 特に母親と兄の溺愛は度を越している。 これだけ贅沢な材料を揃えているのに、 出来上がったのは、具沢山で美味しくも無く、それでいて後味にラードが残る様な残念豚汁の様な人生を引き継いだ。 愛の重さが体重の重さ、女神様から貰った特典で幸せになれたら良いなと奮闘する事にします。 最終的な目標は転生先の文化技術の発展に貢献する事。 ゆるーく、ながーくやって行きたいと思っていますが、何せ初の作品。 途中、シリアスな別の短編なども書いてみて色々試したいと思います。

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげますよ。私は疲れたので、やめさせてもらいます。

木山楽斗
恋愛
聖女であるシャルリナ・ラーファンは、その激務に嫌気が差していた。 朝早く起きて、日中必死に働いして、夜遅くに眠る。そんな大変な生活に、彼女は耐えられくなっていたのだ。 そんな彼女の元に、フェルムーナ・エルキアードという令嬢が訪ねて来た。彼女は、聖女になりたくて仕方ないらしい。 「そんなに聖女になりたいなら、譲ってあげると言っているんです」 「なっ……正気ですか?」 「正気ですよ」 最初は懐疑的だったフェルムーナを何とか説得して、シャルリナは無事に聖女をやめることができた。 こうして、自由の身になったシャルリナは、穏やかな生活を謳歌するのだった。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

処理中です...