補助魔法はお好きですか?〜研究成果を奪われ追放された天才が、ケモ耳少女とバフ無双

黄舞

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第五十一話

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「良かったのですか? あのまま帰して」

 突如天井から人が降ってきた。
 ハンス達に家を貸し与えた、情報屋のパックと名乗った人物だった。

「帰すしか手がなかったろう。力ずくでって言った時の彼の言葉には余裕があった。本当にどうにかできる方法を知っているって事だ」
「やっぱり補助魔法ですかね?」
「うーん。それは分からないけどね。私もあの発表は聞いていたが、実際に見せてもらった効果は、有用だがそれひとつでどうにか出来るほどではない」
「それじゃあ、あの亜人の娘ですかね? そんな力があるようには見えないですが」

 アレスは頭を振り、パックの意見を否定する。

「少なくとも彼女は、天井裏に隠れていた君のことに、気が付いていたようだよ?」
「え? そうなんですか? 参ったなぁ」

 パックは人差し指で頬をかくと、その場でくるりと宙返りをした。
 するとそこにはパックとは全くの別人が現れた。

 パックの見た目は元々壮年の男性だったが、今は妙齢の女性に見える。

「相変わらず凄いね。君のその技は。一体どうやっているのか、教えて欲しいものだよ」
「あら。女性の秘密を聞くだなんて、マナー違反ですよ」

 パックだった女性は、アレスの唇に立てた人差し指を重ねる。
 アレスは苦笑しながら、その手を横にずらす。

「それで、今度はなんて呼べばいいんだい? そのなりでパックは無いだろう?」
「そうですね。今度はマーガレットと名乗りましょうか。素敵な名前でしょう?」
「ああ。名前負けはしてないようだね」

 アレスの言葉に、マーガレットはその場でくるりと回る。
 薄手の生地でできたプリーツスカートが勢いで舞い上がり、優美な円を描く。

「ふふふ。それでは引き続き、情報収集にせいを出すとします。ルイス王も人使いが荒いお人でして」
「あははは。王政批判は聞かなかったことにしておくよ」

 アレスは扉を開け、マーガレットを部屋の外へと通すと、再び席に腰掛け、山のように積まれている木簡に目をやった。
 ここ最近の魔物の出没の頻度と、個体の強さについて集めた情報だった。

(頻度も個体に強さも年々増していっている。何かの前兆か……)

 アレスは先程の白髪の青年と少女のことを思い出しながら、目の前の仕事をこなしていった。



「結局あの群れの分の報酬を取り損ねても、なかなかの収入だな。これなら当分は贅沢をしなければ大丈夫そうだ」
「それは良かったですね。ハンス様」

 ハンスの言葉にセレナはにこにことした顔で答える。
 この少女の表情は本当によく変わって面白い、とハンスは常々思っている。

 しかも本人は至って真面目に、表情を崩さないのを常にしている、と思い込んでいるのだからなおさらだ。
 少なくとも数分に一度は大きく表情を変える、とハンスには思われている。

 そんなセレナは突然、眉間に眉を寄せ、考え込んだような顔をし始めた。
 ハンスはまた変わった、と思いながら、セレナの発言を待つ。

「ハンス様。明日はクエストをお休みにして、一日私に時間をくれませんか? 出来れば午前中は私一人で出かけたいんです。それと、お昼からは私に付き合って欲しいんですが……だめでしょうか?」

 ハンスはセレナの言葉に驚きを隠せなかった。
 セレナを買い取り、毎日セレナと一緒の時間を過ごしてかなりの日数が過ぎていたが、セレナが自分から頼み事をするのは初めてだったからだ。

 しかも、一人にして欲しいなどと言うのは前代未聞だ。
 簡単な買い物などをお願いし、一人で街へ行かせたことは数度あったが、この前の事件のせいで、ハンスは内心一人にするのは不安があった。

「何をするつもりだい」
「え? え……えっと、すいません。出来れば内緒にしたいんですが、言わないとだめですよね……?」

 どうやら、セレナはハンスに内緒でしたい事があるようだ。
 ハンスはしばし考え込んだ後、承諾することにした。

 幸い、この街は治安も良さそうだし、冒険者に優しそうだ。
 例の聖女たちは既にもっと西に向かっているだろうから、この街で出くわす心配もないだろう。

 それにいくら幼いとはいえ、セレナも女の子だ。
 異性であるハンスに内緒にしたいことのひとつやふたつくらいあるだろう。

「いいよ、言いたくないことは言わなくて。セレナを信用するし、前も言ったけど、セレナは成り行きで奴隷にしたけど仲間なんだから、対等の立場でいい。したい事があったらこれからも自由にしたらいいさ」
「本当ですか?! ありがとうございます! ハンス様!」

 セレナは満面の笑みを浮かべ、その場で飛び跳ねた。
 ハンスもちょうどやりたいことがあったので、セレナ不在の時間にすることに決めた。

「じゃあ、俺も午前は少し出かけるから。それで、昼はどこで落ち合おうか?」
「それじゃあ、お昼の時間くらいに広場の前にある、像の前で会うのはどうですか?」

 多くの街には、広場にこの国の初代王として知られている、勇者としても名高い、モール王の彫像が建てられている。
 そこを待ち合わせの目印にするのはよくやられているが、奴隷であるセレナが知っているとは、何処かで耳にしたのだろうか。

「分かった。それじゃあ、今日はもう家に帰ろうか。それと、しばらくこの街に居るだろうから、簡単な寝具をひとつ買って帰ろう。やっぱり、別々に寝た方が疲れも取れるだろうからね」
「あ、はい。分かりました」

 帰る途中の雑貨屋で、簡単な綿を詰めた敷布を買って帰る。
 帰った後、どちらがベッドを使うか口論になったが、結局平等に交互に使うということで決着が着いた。

「それじゃあ、明日は俺がそっちに寝るからね。おやすみ」
「おやすみなさい。ハンス様」

 二人は目を閉じ、やがて深い眠りに誘われていった。
 翌朝、ハンスが目を覚ますと、セレナは既に出かけた後のようで、部屋の真ん中に敷いた敷布は片付けられていた。

 昨日の夜、早めに出かけることを聞いていたハンスは特に慌てることもせず、自分自身の用事を済ませるため、出かける支度を始めた。
 支度と言っても、下着に近い格好から、いつも着ている服を羽織うだけだが。

 パックに借りている鍵を懐から取り出し、外から鍵をかけると、ハンスは街の中心へと歩いていった。



 一方その頃、既に街の中心、色々な店が立ち並ぶ辺りへとくり出していたセレナは、目的の店を探して、キョロキョロと顔を動かしていた。

「うーん。お婆さんの話だと、多分この辺だと思うんだけどなぁ……あ! あれかな?」

 セレナが見つめている方向には、様々な衣類が店頭に並べられている店がある。
 セレナは早足でその店に近付き、中の様子を窺った。

「すいませーん。どなたかいますかー?」
「はーい!」

 セレナの問いかけに、店の中から声が上がり、バタバタと足音を鳴らしながら一人の女性が近づいてくる。
 どこか、知っている老人の面影を残した女性は、セレナのを見てぎょっとした。

 今セレナは、以前寄ったカルデアで購入したドレスを身に付け、その上からフードが付いたローブを着ている。
 当然、フードを目深に被ったままだ。

「あ、あの。どう言ったご要件で……?」
「え……あの、その捜し物をしていて……」

 そう言って、セレナは自分の格好が明らかにおかしいという事に気付く。
 慌ててフードを外し、顔を見せた。

「まぁ、可愛らしい。お嬢さん、いらっしゃい。捜し物ってどんなものを探しているの?」

 セレナの顔を見て安心したのか、先程とは異なり優しさのある声で、店の女性は聞いてくる。
 この女性もセレナの頭に見える二つの獣耳には、特に悪い印象は持ってないようだ。

「あの、男物の服で、素敵なのを探しているんです。ありますか? この店のことはカルデアのお婆さんから聞いたんです」

 セレナの言葉に、女性は不思議そうな顔を見せたが、カルデアの名前を聞いた途端、顔がほころんだ。

「なんだい。私の母の知り合いかい。よく来てくれたね。ということは、その服もそこで買ったものだね? 見覚えがあるよ。えーと、男物の服だったね。そんなものを買ってどうするんだい?」
「あの、ある人にプレゼントしたいんです。その人、いつも同じ格好ばかりしているので……」
「あっはっはっは。男なんてみんなそんなもんさ。あいつらは着れりゃあなんだっていいんだから。待っておくれよ。今探してくるから。どのくらいのサイズかは分かってるんだろうね?」
「はい。えーと……」

 セレナは近くに吊るしてある服を指差し、これと同じくらいであれば問題ないと伝えた。
 女性は言われた服を手に取ると、店の中から適当なものを見繕って行った。
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