補助魔法はお好きですか?〜研究成果を奪われ追放された天才が、ケモ耳少女とバフ無双

黄舞

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第三十六話

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「いらっしゃい。おや? やっぱりクエストを受けに来たのかい?」

 ギルドの受付を担う男性は、ハンスとセレナに気付き、ハンスより先に声をかけてきた。

「いや。違うんだ。このギルド所蔵の物を読みたくてね。白銅級なら閲覧可能なんだろう?」
「ああ。なるほどね。そんなことする殊勝な人はあんまりいないんだけどね。待ってな。今用意するよ」

 そう言うと男性は受付の奥へと姿を消した。

「閲覧可能って何を見るんですか?」
「冒険者が書き残した色々な情報さ。魔物の情報だったり、色々ね」

 セレナの問いにハンスが簡単に答える。
 冒険者による新たな発見や、様々な情報は、一度ギルドに集められ、最終的には、首都ガバナにある王立研究所を経て、果ては冒険者育成施設に運ばれる。

 ハンスが閲覧しようとしているのは、この町に蓄えられた情報の数々だった。
 これらの情報は、戦闘理論や戦術、魔法理論等も含まれる。

 冒険者は、幾ばくかの金銭と交換に、この情報をギルドに売るのだ。
 やがて、男性が重ねられた木の板が入った木の箱を、重そうに持ちながら戻ってきた。

 紙は高級なため、初めの情報は木の板に書き付けられ、王立研究所で情報の質が精査される。
 そこで重要な情報だと判断されれば、紙へと書写され、そうでない情報は一定期間保管の後、廃棄される。

 ここにあるのは玉石混交の情報ではあるが、もしかしたら玉が眠っているかもしれない。
 ハンスはセレナに木の板を見せながら、説明し、その束を受け取ると、空いている席に座り、木の板に書かれている情報を読み始めた。

 セレナはハンスの横に腰掛けると、真面目な顔で木の板を睨み付けるハンスの横顔を、じっと眺めていた。
 ハンスはすごい速さで、木の板を二つの山に分けている。

 大半が左に積み上げられ、わずか数枚が右に置かれた。
 あまりにも高く積み上げたので、左の木の板の山は音を立てて、崩れてしまった。

 ハンスは慌てて、それらを拾い上げると、元々入っていた木箱へと戻す。
 セレナも手伝いながら、この振り分けにどういう意味があるのか考えていた。

 ハンスは崩れた木の板全てを木の箱に戻すと、右に積んであった木の板を、持ち上げ、先程よりもゆっくりとと時間をかけ、今度は三つの山に分けていった。
 同じように左の山は木の箱に戻す。残りは、真ん中の一枚と、右に置かれた一枚のみである。

「うん。読む価値のありそうなのは、この一枚だけか。まぁ、こんな町で、一枚でも読むものがあったのは幸運だね。少し時間がかかるかもしれないから、セレナはこれでも読んでたらいいよ」

 そう言うとハンスは真ん中に置いた木の板をセレナに渡し、自分は右に置いた木の板に視線を落とした。
 セレナが受け取った木の板には短剣による戦闘方法が細かく書いてあった。

 読み書きや算術など、知識があった方が奴隷としての価値が上がるため、セレナや他の奴隷達は、みなその訓練を受けていた。
 そのため、セレナも読むのも書くのもそこまで苦ではない。

 ハンスから受け取った木の板に書かれていることを、ゆっくりではあるがきちんと読み取り、自身の動きに転嫁出来るよう、頭の中で必死に想像していた。
 一方ハンスは、セレナが隣にいることを忘れたかのように、集中し、木の板の情報にのめり込んでいた。

 そこには、とある野生のキノコを食べ、錯乱し、仲間を斬り伏せた冒険者の情報が事細かに書かれていた。
 ハンスはギルドの受付の男性に金を払い、何も書かれていない木の板と墨を受け取った。

 やがて、何やらその木の板に書き始め、読んでは書き、書いては読むを繰り返していた。
 また、その間に頭の中で思考しているのか、動きが止まることも多々あった。

 セレナが一通り読み終わった後も、ハンスはまだ先程からの動作を続けていた。
 セレナは再び真剣な眼差しのハンスの横顔を眺め、顔を少し桃色に染める。

 そんなセレナのことなど気にも止めず、ハンスはその後も木の板に何かを書いていた。
 しばらくすると、ハンスは満足したように、大きく一度だけ息を吐き、持っていた墨を置いた。

「終わりましたか?」

 優しい声でセレナが聞く。
 ハンスは、しまった、またやってしまったという思いで、申し訳なさそうな顔をしながら、セレナを見つめた。

「すまない。やってしまった。集中すると周りが意識に入らなくなるんだ。せっかくセレナの好きなことをする日だというのに。退屈させてしまったね」
「いえ! 大丈夫です! 私も楽しませていただきましたから!」

 セレナはずっと真剣なハンスの顔を間近で眺めていた。
 時折動く、眉やまぶた、口元など、見ていて飽きることなどなかった。

 一方ハンスは、先程の店で誓いをそうそうに破った自身の行動に失望していた。
 恐らく、セレナはこのような時間など退屈で仕方なかっただろう。

 しかし、奴隷であるセレナは、そのことなど口にするはずもなく、内心どう思っていたとしても大丈夫だと口にするのだ。
 そうハンスは信じていた。

 二人の微妙なすれ違いを解消することも無く、全ての木の板を受付の男性へと返し、二人はギルドを後にした。
 外は既に日が傾きかけていて、町の建物に隠れ始めた太陽に照らされ、町は赤く染められていた。

「わぁ! 綺麗ですね!」
「ああ。そうだな……」

 セレナが少し前に駆け出し、その後くるりと身体を反転させて、ハンスの方を向く。
 太陽を背にしたセレナはどこか大人びて見える。

 普段から来ている、無地の衣服も赤く染め上げられ、まるで赤いドレスを身に纏っているようにも見えた。
 セレナは笑顔を向けながら、深々と頭を下げた。

「今日はすっごく楽しかったです。本当にありがとうございました。ハンス様!」

 今日一日経験したことは、奴隷では実現などされるはずのないことばかりだった。
 それを経験させてくれたハンスに、感謝してもしきれないほどの気持ちを、少しでも伝えることが出来れば、と思った行動だった。

 顔を上げたセレナを見たハンスは、言葉を失っていた。
 少年とは言えない歳になった自分が、まだあどけなさを残す少女にみとれてしまった。

 物心が付いてから、魔法に関することしか興味を持たず、恋愛など関係どころか感情も抱いたことが無いハンスには、今自分の胸に突如として現れ、儚く消えたこの感情の名前を知るよしもなかった。
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