34 / 52
第三十四話
しおりを挟む
ハンスはふぅーっと息を吐くと、懐から白銅で作られた冒険者証を見せる。
「セレナ。冒険者同士の殺し合いはご法度だって教えただろ? 俺達をお尋ね者にする気かい? それと、あんた。これを見たら分かっただろ? 俺らも冒険者なんだ。もう行っていいかな?」
「あ……ああ。もちろんだ。こっちこそ悪かったな……」
急にしおらしくなった男の胸には、銅で作られた冒険者証が飾られていた。
その色は黒く変色し、更新してからかなりの年数が経っていると思われる。
肘を離された男は、ぺこぺこと頭を下げながら、逃げるように元来た方角へっ走り去って行った。
集まっていた野次馬も興味が失せたのか、何事も無かったかのようにそれぞれの行動に戻っていった。
「もう! あの男許せません! 言いがかりをつけるだけじゃなく、ハンス様を殴ろうとするなんて!」
「まぁまぁ。結果的には殴られなかったんだし。セレナが助けてくれたおかげだよ。ありがとう」
「そんな! 私はただ、ハンス様の奴隷として当然のことをしただけで……」
セレナは自分で言った言葉に、心を突かれた。
自分はハンスの奴隷なのだ。いくらハンスが「仲間」だと言ってくれても、その事実は一生変わらないだろう。
セレナは先程の晴れやかな気持ちなど忘れたように、陰鬱な気持ちでとぼとぼと歩いていた。
ふと、ハンスの足が止まる。
どうしたのかと、下を向いていた顔を上げると、目の前には華やかな装飾が施された看板を掲げた店があり、店の外まで甘い香りが漂ってきた。
どうやら、お目当ての店が見つかったようだ。
「よし。どうやらこの店なら食べれそうだな。どうした? セレナ。入らないのかい?」
「あ、いえ! 入ります!」
中に入ると、黒地のドレスに、白い清潔なエプロンをかけた女性が、声をかけて来た。
女性に案内され、席に着くと、メニューが渡される。
しかし、一度も食べた事の無い二人は、メニューに書かれているものが、どういう食べ物なのか分からなかった。
そこで、ハンスは先程の女性を呼び、直接訪ねることにした。
「すいませんが、甘いデザートを食べたいんですが、どれがおすすめですか? この子も私も食べるのが初めてで」
「どのくらいの予算でしょうか? そちらはお酒の使われていない物の方がよろしいですよね?」
「ああ。値段は気にしません。お酒は二人とも入っていない方がいいですね。あと、食べ分けるので、二つ別々のものがいいです。適当に持ってきてくれませんか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと女性は頭を深々と下げ、店の奥へと歩いていった。
ハンスは未だに暗い顔をしているセレナを気に止めながら、どうすればいいか分からなかったため、じっとデザートが運ばれてくるのを待った。
やがて、二つの皿が運ばれてくる。
一つは薄い生地に様々な果物やクリームが乗せられ、その生地で包んだ食べ物、もう一つは、サクサクとした厚めの生地の上に煮詰めた果物が敷き詰められた食べ物だった。
「わぁ。美味しそう……」
先程まで暗い顔をしていたセレナも、デザートが目の前に並べられると、目を輝かせ、明るい表情が戻った。
それを見たハンスはホッと息を吐き、取り分け用に用意された皿の上に、なるべく均等になるようにデザートを盛り分けた。
「いただきまーす! あ、甘いです! すごく美味しい! ハンス様! これすごく美味しいですよ! あ……すいません。ハンス様より先に食べたりして……」
「気にしないよ。どれ。俺も食べてみるかな。うん! 確かに美味しいね!」
ハンスが口を付けたのを確認すると、待ちきれなかったのか、まるで早く食べなければ消えて無くなるかのように、セレナは急いで、夢中で食べた。
幸せそうな顔を浮かべながら、食べるセレナを見ながら、ハンスは安心したように用意されたティーポットから、ハーブティーをカップに注ぎ、火傷をしないように注意しながら、ゆっくりと飲み込んだ。
「セレナ。冒険者同士の殺し合いはご法度だって教えただろ? 俺達をお尋ね者にする気かい? それと、あんた。これを見たら分かっただろ? 俺らも冒険者なんだ。もう行っていいかな?」
「あ……ああ。もちろんだ。こっちこそ悪かったな……」
急にしおらしくなった男の胸には、銅で作られた冒険者証が飾られていた。
その色は黒く変色し、更新してからかなりの年数が経っていると思われる。
肘を離された男は、ぺこぺこと頭を下げながら、逃げるように元来た方角へっ走り去って行った。
集まっていた野次馬も興味が失せたのか、何事も無かったかのようにそれぞれの行動に戻っていった。
「もう! あの男許せません! 言いがかりをつけるだけじゃなく、ハンス様を殴ろうとするなんて!」
「まぁまぁ。結果的には殴られなかったんだし。セレナが助けてくれたおかげだよ。ありがとう」
「そんな! 私はただ、ハンス様の奴隷として当然のことをしただけで……」
セレナは自分で言った言葉に、心を突かれた。
自分はハンスの奴隷なのだ。いくらハンスが「仲間」だと言ってくれても、その事実は一生変わらないだろう。
セレナは先程の晴れやかな気持ちなど忘れたように、陰鬱な気持ちでとぼとぼと歩いていた。
ふと、ハンスの足が止まる。
どうしたのかと、下を向いていた顔を上げると、目の前には華やかな装飾が施された看板を掲げた店があり、店の外まで甘い香りが漂ってきた。
どうやら、お目当ての店が見つかったようだ。
「よし。どうやらこの店なら食べれそうだな。どうした? セレナ。入らないのかい?」
「あ、いえ! 入ります!」
中に入ると、黒地のドレスに、白い清潔なエプロンをかけた女性が、声をかけて来た。
女性に案内され、席に着くと、メニューが渡される。
しかし、一度も食べた事の無い二人は、メニューに書かれているものが、どういう食べ物なのか分からなかった。
そこで、ハンスは先程の女性を呼び、直接訪ねることにした。
「すいませんが、甘いデザートを食べたいんですが、どれがおすすめですか? この子も私も食べるのが初めてで」
「どのくらいの予算でしょうか? そちらはお酒の使われていない物の方がよろしいですよね?」
「ああ。値段は気にしません。お酒は二人とも入っていない方がいいですね。あと、食べ分けるので、二つ別々のものがいいです。適当に持ってきてくれませんか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言うと女性は頭を深々と下げ、店の奥へと歩いていった。
ハンスは未だに暗い顔をしているセレナを気に止めながら、どうすればいいか分からなかったため、じっとデザートが運ばれてくるのを待った。
やがて、二つの皿が運ばれてくる。
一つは薄い生地に様々な果物やクリームが乗せられ、その生地で包んだ食べ物、もう一つは、サクサクとした厚めの生地の上に煮詰めた果物が敷き詰められた食べ物だった。
「わぁ。美味しそう……」
先程まで暗い顔をしていたセレナも、デザートが目の前に並べられると、目を輝かせ、明るい表情が戻った。
それを見たハンスはホッと息を吐き、取り分け用に用意された皿の上に、なるべく均等になるようにデザートを盛り分けた。
「いただきまーす! あ、甘いです! すごく美味しい! ハンス様! これすごく美味しいですよ! あ……すいません。ハンス様より先に食べたりして……」
「気にしないよ。どれ。俺も食べてみるかな。うん! 確かに美味しいね!」
ハンスが口を付けたのを確認すると、待ちきれなかったのか、まるで早く食べなければ消えて無くなるかのように、セレナは急いで、夢中で食べた。
幸せそうな顔を浮かべながら、食べるセレナを見ながら、ハンスは安心したように用意されたティーポットから、ハーブティーをカップに注ぎ、火傷をしないように注意しながら、ゆっくりと飲み込んだ。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと?
黒月天星
ファンタジー
命の危機を女神に救われた高校生桜井時久(サクライトキヒサ)こと俺。しかしその代価として、女神の手駒として異世界で行われる神同士の暇潰しゲームに参加することに。
クリア条件は一億円分を稼ぎ出すこと。頼りになるのはゲーム参加者に与えられる特典だけど、俺の特典ときたら手提げ金庫型の貯金箱。物を金に換える便利な能力はあるものの、戦闘には役に立ちそうにない。
女神の考えた必勝の策として、『勇者』召喚に紛れて乗り込もうと画策したが、着いたのは場所はあっていたけど時間が数日遅れてた。
「いきなり牢屋からなんて嫌じゃあぁぁっ!!」
金を稼ぐどころか不審者扱いで牢屋スタート? もう遅いかもしれないけれど、まずはここから出なければっ!
時間も金も物もない。それでも愛と勇気とご都合主義で切り抜けろ! 異世界金稼ぎファンタジー。ここに開幕……すると良いなぁ。
こちらは小説家になろう、カクヨム、ハーメルン、ツギクル、ノベルピアでも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
亡霊剣士の肉体強奪リベンジ!~倒した敵の身体を乗っ取って、最強へと到る物語。
円城寺正市
ファンタジー
勇者が行方不明になって数年。
魔物が勢力圏を拡大し、滅亡の危機に瀕する国、ソルブルグ王国。
洞窟の中で目覚めた主人公は、自分が亡霊になっていることに気が付いた。
身動きもとれず、記憶も無い。
ある日、身動きできない彼の前に、ゴブリンの群れに追いかけられてエルフの少女が転がり込んできた。
亡霊を見つけたエルフの少女ミーシャは、死体に乗り移る方法を教え、身体を得た彼は、圧倒的な剣技を披露して、ゴブリンの群れを撃退した。
そして、「旅の目的は言えない」というミーシャに同行することになった亡霊は、次々に倒した敵の身体に乗り換えながら、復讐すべき相手へと辿り着く。
※この作品は「小説家になろう」からの転載です。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ローグ・ナイト ~復讐者の研究記録~
mimiaizu
ファンタジー
迷宮に迷い込んでしまった少年がいた。憎しみが芽生え、復讐者へと豹変した少年は、迷宮を攻略したことで『前世』を手に入れる。それは少年をさらに変えるものだった。迷宮から脱出した少年は、【魔法】が差別と偏見を引き起こす世界で、復讐と大きな『謎』に挑むダークファンタジー。※小説家になろう様・カクヨム様でも投稿を始めました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ダンジョン・ホテルへようこそ! ダンジョンマスターとリゾート経営に乗り出します!
彩世幻夜
ファンタジー
異世界のダンジョンに転移してしまった、ホテル清掃員として働く24歳、♀。
ダンジョンマスターの食事係兼ダンジョンの改革責任者として奮闘します!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
機械オタクと魔女五人~魔法特区・婿島にて
於田縫紀
ファンタジー
東京の南はるか先、聟島に作られた魔法特区。魔法技術高等専門学校2年になった俺は、1年年下の幼馴染の訪問を受ける。それが、学生会幹部3人を交えた騒がしい日々が始まるきっかけだった。
これは幼馴染の姉妹や個性的な友達達とともに過ごす、面倒だが楽しくないわけでもない日々の物語。
5月中は毎日投稿、以降も1週間に2話以上更新する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる