29 / 52
第二十九話
しおりを挟む
「そういえば、ここを出発する前にきちんとした野宿用の道具を揃えないとな」
「そうですね。ところで、次の街、ティルスでしたか? そこまでは馬車を使うんですか?」
「ああ。ここで三日休むのは俺に体力が無いせいだが、出来るだけ早くにティルスに向かいたいからな。そこだったら、ある程度のクエストが受けられるはずだ。借金の返済の期限が細かく区切られてしまったからな。出来るだけ稼げる時に稼いでおきたい」
「そうですね。馬車ですか。あまりいい思い出がないもので……」
セレナが馬車に乗ったのは、奴隷商人から別の奴隷商人に渡された時だけだった。
肺の病気をこじらせたセレナの体調を気遣う商人などおらず、炎天下の中でも極寒の中でも、他の奴隷同様大した対策も受けずに、長旅を強いられた。
時には同乗した奴隷仲間が、自分に与えられた水をセレナに渡してくれたこともあったが、逆に力の弱いセレナから水を奪おうとする奴隷もいた。
皆自分が生きるのに必死なのだと、自分に言い聞かせ、必死の思いで自分の水を守った。
それに比べれば、ハンスとの旅はまるで苦になることが無かった。
ハンスの体力に合わせた旅程は、補助魔法をかけられたセレナにとっては、なんの苦労もなかった。
例え、徹夜をしても問題がないだけの体力があるのにも関わらず、必ずハンスは夜中に一度起き出し、セレナを寝かせてくれた。
申し訳なく思い何度も夜通し見張ると申し出たのだが、得意の「命令だ」の一言で黙らされてしまった。
そもそも、ハンスが旅に出なければいけない理由は無いのだ。
セレナを手放しさえすれば、ハンスは以前と同じように首都で冒険者を続けることが出来た。
以前とは違い、白銅級になったハンスを歓迎するパーティもきっと見つかることだろう。
それなのに、ハンスはなんの迷いもなく、セレナとカナンへ向かう旅を選択した。
お世辞でなく、ハンスは頭が良い。
考えるまでもなく、どちらが得かハンスには理解出来るはずだ。
ハンスが常日頃言ってくれる「仲間」という言葉。
その言葉に、その気持ちにどれだけ助けられ、温かい気持ちにしてもらっているか。
「ありがとうございます。奴隷になってしまった自分を恨んだこともありますが……今はハンス様に買われて幸せです」
セレナは眠っているハンスに小声で声をかける。
ハンスの乱れた掛布をきれいに直し、起こさないように部屋を出た。
「もっと。もっと私が強くならなくては」
宿屋の裏に出たセレナは、肌見放さぬ白虎の短剣をいた。
この道中でも行ってきたように、頭の中で思い浮かべた敵を相手に、両手の短剣を振るう。
愛する主人の身に危険が迫らぬよう、どんな相手にも遅れを取らぬように。
一晩中、自分の技量を高めるための訓練を続けた。
「そうですね。ところで、次の街、ティルスでしたか? そこまでは馬車を使うんですか?」
「ああ。ここで三日休むのは俺に体力が無いせいだが、出来るだけ早くにティルスに向かいたいからな。そこだったら、ある程度のクエストが受けられるはずだ。借金の返済の期限が細かく区切られてしまったからな。出来るだけ稼げる時に稼いでおきたい」
「そうですね。馬車ですか。あまりいい思い出がないもので……」
セレナが馬車に乗ったのは、奴隷商人から別の奴隷商人に渡された時だけだった。
肺の病気をこじらせたセレナの体調を気遣う商人などおらず、炎天下の中でも極寒の中でも、他の奴隷同様大した対策も受けずに、長旅を強いられた。
時には同乗した奴隷仲間が、自分に与えられた水をセレナに渡してくれたこともあったが、逆に力の弱いセレナから水を奪おうとする奴隷もいた。
皆自分が生きるのに必死なのだと、自分に言い聞かせ、必死の思いで自分の水を守った。
それに比べれば、ハンスとの旅はまるで苦になることが無かった。
ハンスの体力に合わせた旅程は、補助魔法をかけられたセレナにとっては、なんの苦労もなかった。
例え、徹夜をしても問題がないだけの体力があるのにも関わらず、必ずハンスは夜中に一度起き出し、セレナを寝かせてくれた。
申し訳なく思い何度も夜通し見張ると申し出たのだが、得意の「命令だ」の一言で黙らされてしまった。
そもそも、ハンスが旅に出なければいけない理由は無いのだ。
セレナを手放しさえすれば、ハンスは以前と同じように首都で冒険者を続けることが出来た。
以前とは違い、白銅級になったハンスを歓迎するパーティもきっと見つかることだろう。
それなのに、ハンスはなんの迷いもなく、セレナとカナンへ向かう旅を選択した。
お世辞でなく、ハンスは頭が良い。
考えるまでもなく、どちらが得かハンスには理解出来るはずだ。
ハンスが常日頃言ってくれる「仲間」という言葉。
その言葉に、その気持ちにどれだけ助けられ、温かい気持ちにしてもらっているか。
「ありがとうございます。奴隷になってしまった自分を恨んだこともありますが……今はハンス様に買われて幸せです」
セレナは眠っているハンスに小声で声をかける。
ハンスの乱れた掛布をきれいに直し、起こさないように部屋を出た。
「もっと。もっと私が強くならなくては」
宿屋の裏に出たセレナは、肌見放さぬ白虎の短剣をいた。
この道中でも行ってきたように、頭の中で思い浮かべた敵を相手に、両手の短剣を振るう。
愛する主人の身に危険が迫らぬよう、どんな相手にも遅れを取らぬように。
一晩中、自分の技量を高めるための訓練を続けた。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
機械オタクと魔女五人~魔法特区・婿島にて
於田縫紀
ファンタジー
東京の南はるか先、聟島に作られた魔法特区。魔法技術高等専門学校2年になった俺は、1年年下の幼馴染の訪問を受ける。それが、学生会幹部3人を交えた騒がしい日々が始まるきっかけだった。
これは幼馴染の姉妹や個性的な友達達とともに過ごす、面倒だが楽しくないわけでもない日々の物語。
5月中は毎日投稿、以降も1週間に2話以上更新する予定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる