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第二十三話
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さすがに街中で乱闘をする事ははばかられたのか。
ハンスたちは広場から出て、路地を曲がり様子を窺うが、彼らが追ってくる気配は無かった。
ハンスは肩で息をしながら、両手を自分の膝に当て、前屈みのまま速い呼吸を落ち着かせようとしている。
「ハンス様、ありがとうございました。おかげで助かりました。でもどうして広場へ?」
セレナは部屋で何やら書く事に集中していたハンスが、都合良く自分の元に助けに来た事が不思議だった。
ハンスの性格を考えれば、書いている途中に気分転換で外へ、などというのも考えられない。
「はぁ……はぁ……その右肩の紋様のおかげだよ。はぁ……奴隷紋に主人の身に危険が及ぶと奴隷に苦痛を与える効果があるのを知っているだろ? それの応用で、セレナの身体に異常が出ると、俺に知らせが来るようになっているんだ。居場所もその紋様で分かるようになっているしな」
セレナは絶句した。
難しい原理は上手く理解できなかったが、ハンスがセレナの窮地を感知する手段を持ち、セレナを救うために駆けつけてくれたという事は理解出来た。
セレナはハンスが何よりも魔法の事を優先する人物だと思っていた。
優しくおおらかで、感謝してもしきれないほどの待遇をセレナはハンスから受けていたが、それでも魔法に関する事が優先されると思っていた。
多額の借金を持ち、それなりの収入が得られるようになった今も、慎ましい生活を続ける中、高額な紙を使い、書き残す程の価値のあること。
その作業を中断してまで、ハンスはその紙束と同程度の金額で売られた自分を、助けに来てくれたというのだ。
セレナは嬉しさのあまり、涙を流す。
それは奴隷になってから、どんな辛い事があっても、一度も流すことのなかった涙だった。
「あ……セレナ。大丈夫かい? 怖かったんだね。もう大丈夫だから。俺も迂闊だったよ。王都はこの国の中でも、亜人に対する偏見が強いのを気にしていなかった。特に王族ともなると全ての魔物を敵視しているからな」
「いえ……すいません。違うんです。あの……もう大丈夫です」
そう言うとセレナは右腕の袖で涙を拭った。
どうやらハンスは、セレナが襲われて怖い思いをしたため泣いたのだと勘違いしたようだが、セレナはあえて訂正しなかった。
自分の心の中を知られるのが恥ずかしかったのだ。
ハンスはセレナが泣き止んだのを見ると、安心したのかふぅーっと深い息を吐いた。
「さて。結局朝食はまだだったね? そこの店がもう開いているようだから、そこで食べてから帰ろうか」
「え? いいんですか? まだ書いている途中だったのでは?」
「ああ。終わるまでもう少しかかるが、帰ってから書けばいいさ。今日はクエストも休もう。セレナも疲れただろうから、今日はゆっくりしたらいいよ」
「いえ! 私は全然大丈夫です! ハンス様が書き終えた後に向かいたいと仰るなら、いけます!」
「はははは。分かったよ。まずは朝食を食べよう。好きな物を選んでくれ」
「私はいつも通りハンス様と同じ物が良いです」
二人は店の端の方の席に腰掛けると、注文をした。
程なくして、焼きたてのパンと、生野菜、ひき肉の腸詰と鳥の卵を焼いたものが、一つの皿に盛られ出てきた。
その他に皮を取り除いた果物を絞った飲み物が添えられている。
二人はそれを食べ始めると、ハンスが思い出したように声を発した。
「そういえば、とっさのことで、別の強化魔法に塗り替えたけど、体調に異変はないかい?」
「え? あ……そういえば身体の動きの感覚が随分違いますね。凄く速く動けるみたいです」
「それは敏捷増加の効果だね。代わりに今までかけていた体力甚大《
タフネス》の効果は無くなっているんだ。それで病気に耐えていたはずだけど、なんともないのかい?」
「病気ですか? えーと。そうですね。ここしばらくは咳も出ていませんし、身体が辛いということもありません」
ハンスはセレナの病気が完治した事を聞くと、嬉しそうに何度も頷いた。
ハンスたちは広場から出て、路地を曲がり様子を窺うが、彼らが追ってくる気配は無かった。
ハンスは肩で息をしながら、両手を自分の膝に当て、前屈みのまま速い呼吸を落ち着かせようとしている。
「ハンス様、ありがとうございました。おかげで助かりました。でもどうして広場へ?」
セレナは部屋で何やら書く事に集中していたハンスが、都合良く自分の元に助けに来た事が不思議だった。
ハンスの性格を考えれば、書いている途中に気分転換で外へ、などというのも考えられない。
「はぁ……はぁ……その右肩の紋様のおかげだよ。はぁ……奴隷紋に主人の身に危険が及ぶと奴隷に苦痛を与える効果があるのを知っているだろ? それの応用で、セレナの身体に異常が出ると、俺に知らせが来るようになっているんだ。居場所もその紋様で分かるようになっているしな」
セレナは絶句した。
難しい原理は上手く理解できなかったが、ハンスがセレナの窮地を感知する手段を持ち、セレナを救うために駆けつけてくれたという事は理解出来た。
セレナはハンスが何よりも魔法の事を優先する人物だと思っていた。
優しくおおらかで、感謝してもしきれないほどの待遇をセレナはハンスから受けていたが、それでも魔法に関する事が優先されると思っていた。
多額の借金を持ち、それなりの収入が得られるようになった今も、慎ましい生活を続ける中、高額な紙を使い、書き残す程の価値のあること。
その作業を中断してまで、ハンスはその紙束と同程度の金額で売られた自分を、助けに来てくれたというのだ。
セレナは嬉しさのあまり、涙を流す。
それは奴隷になってから、どんな辛い事があっても、一度も流すことのなかった涙だった。
「あ……セレナ。大丈夫かい? 怖かったんだね。もう大丈夫だから。俺も迂闊だったよ。王都はこの国の中でも、亜人に対する偏見が強いのを気にしていなかった。特に王族ともなると全ての魔物を敵視しているからな」
「いえ……すいません。違うんです。あの……もう大丈夫です」
そう言うとセレナは右腕の袖で涙を拭った。
どうやらハンスは、セレナが襲われて怖い思いをしたため泣いたのだと勘違いしたようだが、セレナはあえて訂正しなかった。
自分の心の中を知られるのが恥ずかしかったのだ。
ハンスはセレナが泣き止んだのを見ると、安心したのかふぅーっと深い息を吐いた。
「さて。結局朝食はまだだったね? そこの店がもう開いているようだから、そこで食べてから帰ろうか」
「え? いいんですか? まだ書いている途中だったのでは?」
「ああ。終わるまでもう少しかかるが、帰ってから書けばいいさ。今日はクエストも休もう。セレナも疲れただろうから、今日はゆっくりしたらいいよ」
「いえ! 私は全然大丈夫です! ハンス様が書き終えた後に向かいたいと仰るなら、いけます!」
「はははは。分かったよ。まずは朝食を食べよう。好きな物を選んでくれ」
「私はいつも通りハンス様と同じ物が良いです」
二人は店の端の方の席に腰掛けると、注文をした。
程なくして、焼きたてのパンと、生野菜、ひき肉の腸詰と鳥の卵を焼いたものが、一つの皿に盛られ出てきた。
その他に皮を取り除いた果物を絞った飲み物が添えられている。
二人はそれを食べ始めると、ハンスが思い出したように声を発した。
「そういえば、とっさのことで、別の強化魔法に塗り替えたけど、体調に異変はないかい?」
「え? あ……そういえば身体の動きの感覚が随分違いますね。凄く速く動けるみたいです」
「それは敏捷増加の効果だね。代わりに今までかけていた体力甚大《
タフネス》の効果は無くなっているんだ。それで病気に耐えていたはずだけど、なんともないのかい?」
「病気ですか? えーと。そうですね。ここしばらくは咳も出ていませんし、身体が辛いということもありません」
ハンスはセレナの病気が完治した事を聞くと、嬉しそうに何度も頷いた。
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