23 / 52
第二十三話
しおりを挟む
さすがに街中で乱闘をする事ははばかられたのか。
ハンスたちは広場から出て、路地を曲がり様子を窺うが、彼らが追ってくる気配は無かった。
ハンスは肩で息をしながら、両手を自分の膝に当て、前屈みのまま速い呼吸を落ち着かせようとしている。
「ハンス様、ありがとうございました。おかげで助かりました。でもどうして広場へ?」
セレナは部屋で何やら書く事に集中していたハンスが、都合良く自分の元に助けに来た事が不思議だった。
ハンスの性格を考えれば、書いている途中に気分転換で外へ、などというのも考えられない。
「はぁ……はぁ……その右肩の紋様のおかげだよ。はぁ……奴隷紋に主人の身に危険が及ぶと奴隷に苦痛を与える効果があるのを知っているだろ? それの応用で、セレナの身体に異常が出ると、俺に知らせが来るようになっているんだ。居場所もその紋様で分かるようになっているしな」
セレナは絶句した。
難しい原理は上手く理解できなかったが、ハンスがセレナの窮地を感知する手段を持ち、セレナを救うために駆けつけてくれたという事は理解出来た。
セレナはハンスが何よりも魔法の事を優先する人物だと思っていた。
優しくおおらかで、感謝してもしきれないほどの待遇をセレナはハンスから受けていたが、それでも魔法に関する事が優先されると思っていた。
多額の借金を持ち、それなりの収入が得られるようになった今も、慎ましい生活を続ける中、高額な紙を使い、書き残す程の価値のあること。
その作業を中断してまで、ハンスはその紙束と同程度の金額で売られた自分を、助けに来てくれたというのだ。
セレナは嬉しさのあまり、涙を流す。
それは奴隷になってから、どんな辛い事があっても、一度も流すことのなかった涙だった。
「あ……セレナ。大丈夫かい? 怖かったんだね。もう大丈夫だから。俺も迂闊だったよ。王都はこの国の中でも、亜人に対する偏見が強いのを気にしていなかった。特に王族ともなると全ての魔物を敵視しているからな」
「いえ……すいません。違うんです。あの……もう大丈夫です」
そう言うとセレナは右腕の袖で涙を拭った。
どうやらハンスは、セレナが襲われて怖い思いをしたため泣いたのだと勘違いしたようだが、セレナはあえて訂正しなかった。
自分の心の中を知られるのが恥ずかしかったのだ。
ハンスはセレナが泣き止んだのを見ると、安心したのかふぅーっと深い息を吐いた。
「さて。結局朝食はまだだったね? そこの店がもう開いているようだから、そこで食べてから帰ろうか」
「え? いいんですか? まだ書いている途中だったのでは?」
「ああ。終わるまでもう少しかかるが、帰ってから書けばいいさ。今日はクエストも休もう。セレナも疲れただろうから、今日はゆっくりしたらいいよ」
「いえ! 私は全然大丈夫です! ハンス様が書き終えた後に向かいたいと仰るなら、いけます!」
「はははは。分かったよ。まずは朝食を食べよう。好きな物を選んでくれ」
「私はいつも通りハンス様と同じ物が良いです」
二人は店の端の方の席に腰掛けると、注文をした。
程なくして、焼きたてのパンと、生野菜、ひき肉の腸詰と鳥の卵を焼いたものが、一つの皿に盛られ出てきた。
その他に皮を取り除いた果物を絞った飲み物が添えられている。
二人はそれを食べ始めると、ハンスが思い出したように声を発した。
「そういえば、とっさのことで、別の強化魔法に塗り替えたけど、体調に異変はないかい?」
「え? あ……そういえば身体の動きの感覚が随分違いますね。凄く速く動けるみたいです」
「それは敏捷増加の効果だね。代わりに今までかけていた体力甚大《
タフネス》の効果は無くなっているんだ。それで病気に耐えていたはずだけど、なんともないのかい?」
「病気ですか? えーと。そうですね。ここしばらくは咳も出ていませんし、身体が辛いということもありません」
ハンスはセレナの病気が完治した事を聞くと、嬉しそうに何度も頷いた。
ハンスたちは広場から出て、路地を曲がり様子を窺うが、彼らが追ってくる気配は無かった。
ハンスは肩で息をしながら、両手を自分の膝に当て、前屈みのまま速い呼吸を落ち着かせようとしている。
「ハンス様、ありがとうございました。おかげで助かりました。でもどうして広場へ?」
セレナは部屋で何やら書く事に集中していたハンスが、都合良く自分の元に助けに来た事が不思議だった。
ハンスの性格を考えれば、書いている途中に気分転換で外へ、などというのも考えられない。
「はぁ……はぁ……その右肩の紋様のおかげだよ。はぁ……奴隷紋に主人の身に危険が及ぶと奴隷に苦痛を与える効果があるのを知っているだろ? それの応用で、セレナの身体に異常が出ると、俺に知らせが来るようになっているんだ。居場所もその紋様で分かるようになっているしな」
セレナは絶句した。
難しい原理は上手く理解できなかったが、ハンスがセレナの窮地を感知する手段を持ち、セレナを救うために駆けつけてくれたという事は理解出来た。
セレナはハンスが何よりも魔法の事を優先する人物だと思っていた。
優しくおおらかで、感謝してもしきれないほどの待遇をセレナはハンスから受けていたが、それでも魔法に関する事が優先されると思っていた。
多額の借金を持ち、それなりの収入が得られるようになった今も、慎ましい生活を続ける中、高額な紙を使い、書き残す程の価値のあること。
その作業を中断してまで、ハンスはその紙束と同程度の金額で売られた自分を、助けに来てくれたというのだ。
セレナは嬉しさのあまり、涙を流す。
それは奴隷になってから、どんな辛い事があっても、一度も流すことのなかった涙だった。
「あ……セレナ。大丈夫かい? 怖かったんだね。もう大丈夫だから。俺も迂闊だったよ。王都はこの国の中でも、亜人に対する偏見が強いのを気にしていなかった。特に王族ともなると全ての魔物を敵視しているからな」
「いえ……すいません。違うんです。あの……もう大丈夫です」
そう言うとセレナは右腕の袖で涙を拭った。
どうやらハンスは、セレナが襲われて怖い思いをしたため泣いたのだと勘違いしたようだが、セレナはあえて訂正しなかった。
自分の心の中を知られるのが恥ずかしかったのだ。
ハンスはセレナが泣き止んだのを見ると、安心したのかふぅーっと深い息を吐いた。
「さて。結局朝食はまだだったね? そこの店がもう開いているようだから、そこで食べてから帰ろうか」
「え? いいんですか? まだ書いている途中だったのでは?」
「ああ。終わるまでもう少しかかるが、帰ってから書けばいいさ。今日はクエストも休もう。セレナも疲れただろうから、今日はゆっくりしたらいいよ」
「いえ! 私は全然大丈夫です! ハンス様が書き終えた後に向かいたいと仰るなら、いけます!」
「はははは。分かったよ。まずは朝食を食べよう。好きな物を選んでくれ」
「私はいつも通りハンス様と同じ物が良いです」
二人は店の端の方の席に腰掛けると、注文をした。
程なくして、焼きたてのパンと、生野菜、ひき肉の腸詰と鳥の卵を焼いたものが、一つの皿に盛られ出てきた。
その他に皮を取り除いた果物を絞った飲み物が添えられている。
二人はそれを食べ始めると、ハンスが思い出したように声を発した。
「そういえば、とっさのことで、別の強化魔法に塗り替えたけど、体調に異変はないかい?」
「え? あ……そういえば身体の動きの感覚が随分違いますね。凄く速く動けるみたいです」
「それは敏捷増加の効果だね。代わりに今までかけていた体力甚大《
タフネス》の効果は無くなっているんだ。それで病気に耐えていたはずだけど、なんともないのかい?」
「病気ですか? えーと。そうですね。ここしばらくは咳も出ていませんし、身体が辛いということもありません」
ハンスはセレナの病気が完治した事を聞くと、嬉しそうに何度も頷いた。
0
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉
まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。
貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
機械オタクと魔女五人~魔法特区・婿島にて
於田縫紀
ファンタジー
東京の南はるか先、聟島に作られた魔法特区。魔法技術高等専門学校2年になった俺は、1年年下の幼馴染の訪問を受ける。それが、学生会幹部3人を交えた騒がしい日々が始まるきっかけだった。
これは幼馴染の姉妹や個性的な友達達とともに過ごす、面倒だが楽しくないわけでもない日々の物語。
5月中は毎日投稿、以降も1週間に2話以上更新する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる