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第二十一話
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明くる日、セレナが目を覚ますと、既にハンスは着替えを済ませ机に向かい何やら書き込んでいた。
今回は先日のように木の板では無く、紙の上に丁寧に書き込んでいた。
「おはようございます。ハンス様。早いんですね。何をされているんですか?」
「ん? ああ。おはよう。セレナ。昨日試して分かったことを整理してまとめているんだ。本来なら昨日帰ってからやるはずだったんだが、昨日は気分が優れなくてね」
そう答えるハンスの顔からは、昨日の怒りの感情がまるで憑き物が取れたように、きれいさっぱり消えていた。
セレナはそのことを確認すると安心したようにほぅっと息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
「朝食はまだですよね? 外へ食べに行きますか? それとも何か買ってきましょうか?」
「ああ。まだかかりそうだから、悪いけど、何か買ってきてくれるかな? 金はそこの引き出しに入っているのを使ってくれ」
「かしこまりました。すぐ戻ってきます」
そう言うとセレナは引き出しから硬貨の入った袋を取り出すと、日が昇ったばかりの街を走っていった。
朝食を買い求める人々のために多くの出店が立ち並ぶ広場に近付くと、広場から歓声が聞こえてくるのに気が付いた。
広場に足を踏み入れると、その歓声は広場の中央、遠くからでもよく見えるようにと設置された台の上に立つ、四人の冒険者達に向けられたものだということが分かった。
高級そうな装備を身にまとった四人は、歓声に答えるように何か叫んでいた。
「私達は! これから西の果て、暗黒大陸に住む魔王を倒し、世界に平和をもたらすため出発します! もうすぐ魔物はこの世界から姿を消すでしょう! それまでの辛抱です。皆さんに神の加護が有りますように!」
他の三人よりもいっそう高級そうな装備を身にまとった若い女性は、声高にこれから魔王討伐に向かう事を宣言していた。
その言葉が終わると、再び集まった人々は歓声を上げた。
その歓声の中には、勇者アベルと聖女エマを讃える言葉が含まれていた。
なるほど、これが昨日ギルドの受付の男が言っていたパーティか、とセレナが思っていると、中心の女性と目線が合った。
「そこの! 貴方魔物ね? 何故魔物がここに居るの! アベル! あいつを今すぐ殺して!」
「え? いや。エマ様。あれは亜人と言って、確かに魔物と同一視されますが、恐らく誰かの奴隷かと……」
「そんな事は知っているわ! 奴隷とはいえ、魔物を街に入れるのがそもそも間違っているのよ。アベルがやらないならいいわ。エドワード、クリフ。この国の王女として命じます。やってしまいなさい」
「「御意」」
セレナは戦慄した。
今目の前で、エマと呼ばれる女性は、自分を殺すことを命じた。
そして、エマは聖女であり、この国の王女だ。
この国の王族は神からその権威を授かったと言われている。
王族の言葉はそのまま神の言葉に等しいと、この国では教育される。
その王女が自分を殺せと言ったという事は、いくら自分がハンスの所有物だと主張しても、たとえセレナが冒険者証を見せたとしても、なんの足しにもならないことを意味していた。
セレナは急いでその場を離れるべく、踵を返し元来た方角へ走った。
その瞬間、セレナがいた足元に炎の玉が飛来した。
炎の玉は地面にぶつかると爆音を上げ、その後には抉られた大きな穴が残っていた。
どうやら一人は魔術師らしい。
地面に出来た穴の大きさからは、人に直撃すれば無事で済まない威力を持つことが一目で分かる。
エマの言葉を叶えるべく、命じられたエドワードとクリフは文字通りセレナを殺しに来ているようだ。
いきなり放たれた攻撃魔法に、広場に集まった人々は叫び声を上げながら逃げ惑った。
自分たちの門出を祝いに集まった人々のそんな様子を見ても、エマは一向に表情を変えない。
その人垣を縫うようにして、もう一人の男性がセレナとの距離を詰めて来た。
素早さでは自信があったセレナに悠々と近付くと、男性は武器も持たずに、その己の拳を素早く突き出してきた。
咄嗟にセレナは鞘に収めたままの短剣でその拳を受け止める。
あまりの衝撃に、セレナは堪えきれず、手にした短剣を手放してしまった。
もしこれを肉体で受けたのなら、間違いなく骨まで折られていたに違いない。
セレナはハンスに買ってもらった短剣を惜しみながらも身の安全を優先し、その場から大きく跳躍し、男性と距離を取った。
広場の中央ではこちらを睨んだままのエマに、アベルと呼ばれた少年が何か叫んでいるが、相手にされていないようだ。
先程攻撃魔法を放った男性もゆっくりとこちらに近づいてきている。
無手の男性はそれを待っているのか、先程の攻撃を最後に一定の距離を開けたまま、こちらに迫ろうとはしなかった。
セレナと対峙する二人は、まるで道端に落ちていたゴミを処分するだけ、そんな無感情な表情をしていた。
街の外で魔物を討伐するのも、街の広場でセレナを殺すのも同じこと。
そんな二人を、セレナは心の底から恐ろしく感じた。
今回は先日のように木の板では無く、紙の上に丁寧に書き込んでいた。
「おはようございます。ハンス様。早いんですね。何をされているんですか?」
「ん? ああ。おはよう。セレナ。昨日試して分かったことを整理してまとめているんだ。本来なら昨日帰ってからやるはずだったんだが、昨日は気分が優れなくてね」
そう答えるハンスの顔からは、昨日の怒りの感情がまるで憑き物が取れたように、きれいさっぱり消えていた。
セレナはそのことを確認すると安心したようにほぅっと息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
「朝食はまだですよね? 外へ食べに行きますか? それとも何か買ってきましょうか?」
「ああ。まだかかりそうだから、悪いけど、何か買ってきてくれるかな? 金はそこの引き出しに入っているのを使ってくれ」
「かしこまりました。すぐ戻ってきます」
そう言うとセレナは引き出しから硬貨の入った袋を取り出すと、日が昇ったばかりの街を走っていった。
朝食を買い求める人々のために多くの出店が立ち並ぶ広場に近付くと、広場から歓声が聞こえてくるのに気が付いた。
広場に足を踏み入れると、その歓声は広場の中央、遠くからでもよく見えるようにと設置された台の上に立つ、四人の冒険者達に向けられたものだということが分かった。
高級そうな装備を身にまとった四人は、歓声に答えるように何か叫んでいた。
「私達は! これから西の果て、暗黒大陸に住む魔王を倒し、世界に平和をもたらすため出発します! もうすぐ魔物はこの世界から姿を消すでしょう! それまでの辛抱です。皆さんに神の加護が有りますように!」
他の三人よりもいっそう高級そうな装備を身にまとった若い女性は、声高にこれから魔王討伐に向かう事を宣言していた。
その言葉が終わると、再び集まった人々は歓声を上げた。
その歓声の中には、勇者アベルと聖女エマを讃える言葉が含まれていた。
なるほど、これが昨日ギルドの受付の男が言っていたパーティか、とセレナが思っていると、中心の女性と目線が合った。
「そこの! 貴方魔物ね? 何故魔物がここに居るの! アベル! あいつを今すぐ殺して!」
「え? いや。エマ様。あれは亜人と言って、確かに魔物と同一視されますが、恐らく誰かの奴隷かと……」
「そんな事は知っているわ! 奴隷とはいえ、魔物を街に入れるのがそもそも間違っているのよ。アベルがやらないならいいわ。エドワード、クリフ。この国の王女として命じます。やってしまいなさい」
「「御意」」
セレナは戦慄した。
今目の前で、エマと呼ばれる女性は、自分を殺すことを命じた。
そして、エマは聖女であり、この国の王女だ。
この国の王族は神からその権威を授かったと言われている。
王族の言葉はそのまま神の言葉に等しいと、この国では教育される。
その王女が自分を殺せと言ったという事は、いくら自分がハンスの所有物だと主張しても、たとえセレナが冒険者証を見せたとしても、なんの足しにもならないことを意味していた。
セレナは急いでその場を離れるべく、踵を返し元来た方角へ走った。
その瞬間、セレナがいた足元に炎の玉が飛来した。
炎の玉は地面にぶつかると爆音を上げ、その後には抉られた大きな穴が残っていた。
どうやら一人は魔術師らしい。
地面に出来た穴の大きさからは、人に直撃すれば無事で済まない威力を持つことが一目で分かる。
エマの言葉を叶えるべく、命じられたエドワードとクリフは文字通りセレナを殺しに来ているようだ。
いきなり放たれた攻撃魔法に、広場に集まった人々は叫び声を上げながら逃げ惑った。
自分たちの門出を祝いに集まった人々のそんな様子を見ても、エマは一向に表情を変えない。
その人垣を縫うようにして、もう一人の男性がセレナとの距離を詰めて来た。
素早さでは自信があったセレナに悠々と近付くと、男性は武器も持たずに、その己の拳を素早く突き出してきた。
咄嗟にセレナは鞘に収めたままの短剣でその拳を受け止める。
あまりの衝撃に、セレナは堪えきれず、手にした短剣を手放してしまった。
もしこれを肉体で受けたのなら、間違いなく骨まで折られていたに違いない。
セレナはハンスに買ってもらった短剣を惜しみながらも身の安全を優先し、その場から大きく跳躍し、男性と距離を取った。
広場の中央ではこちらを睨んだままのエマに、アベルと呼ばれた少年が何か叫んでいるが、相手にされていないようだ。
先程攻撃魔法を放った男性もゆっくりとこちらに近づいてきている。
無手の男性はそれを待っているのか、先程の攻撃を最後に一定の距離を開けたまま、こちらに迫ろうとはしなかった。
セレナと対峙する二人は、まるで道端に落ちていたゴミを処分するだけ、そんな無感情な表情をしていた。
街の外で魔物を討伐するのも、街の広場でセレナを殺すのも同じこと。
そんな二人を、セレナは心の底から恐ろしく感じた。
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