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第九話
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街からそう遠くない所々に木が立ち並ぶ、平原にハンスとセレナは居た。
この世界では街は防壁に囲まれており、一歩足を踏み出すと、いつ魔物に襲われてもおかしくない。
二人が居る平原も当然魔物がいるのだが、そもそもこの国の成り立ちから街の近くにいる魔物は、そこまで驚異にならないものばかりである。
と言うのも、まだモール王国が国として成り立つ前、人々は魔物から逃げ隠れるような生活をしていたとされる。
人々が住むのは深い洞穴の中などだった。
やがて、国の創設者と呼ばれ、女神の恩恵を受けたと言われる、英雄モール王によって、脅威となる魔物は駆逐され、安全が確保された地域に村が築かれ、その領土を広げるうちに、現在のモール王国が出来たと伝えられている。
そのため、この世界には人間の国はモール王国一つだけであり、その国王は女神に選ばれた特別の存在であるとされた。
貴族は全て国王の血筋であり、特別な成果を上げた国民は、貴族との婚姻が認められ、その特権の中に組み込まれることを許された。
二人がその魔物が出没する平原で何をしているかというと、ギルドで受けたクエストをこなそうとしているのだ。
セレナは既に一端の冒険者のような装備をしていた。
「いいか? セレナ。基本的に俺は戦闘には参加出来ない。攻撃魔法が一切使えないんだ。補助魔法をかければ、まだ俺でもどうにか出来る魔物が相手だが、今後の事を考えて、基本的にはセレナが全て倒すんだ。分かったな?」
「あの……ハンス様。分かったな、と申されても。私、戦闘の経験は一度も……」
「大丈夫だ。ひとまず、俺の言う通りにすればいい。っと。言ってるそばから魔物だ。ホーンラビットか。いいか。俺が補助魔法を相手にかけるから、セレナはその短剣で攻撃するんだ」
「え……あの、まだ心の準備が……」
セレナは今、簡単な革鎧と、さほど長くない短剣、ダガーナイフと呼ばれる両刃の短剣を装備していた。
装備屋で色々と武器を持たせてみたところ、いくら亜人とはいえ、少女のセレナに剣は重すぎた。
そこで、取り回しが簡単な短剣を装備させることにしたのだ。
ハンスの所持金では、軽量化を試みられた剣など、購入できなかったという理由もある。
ハンスは目の前のホーンラビットにかける魔法を考えていた。
ホーンラビットはその名の通り、額に一本の鋭い角を持った魔物で、見かけの可愛さに反し、強力な後ろ足による跳躍で、その角を突き刺してくる。
しかし、その角の攻撃さえ気を付ければ、ただの野生の動物と変わらず、肉は美味で、角は薬の原料となるため、倒しておいて損のない相手だった。
残念なことにセレナには既に強化魔法を付与しているため、更に強化魔法をかけることは出来ない。
人で試したことは無いが、実験では二つ以上の強化魔法を同時に付与されると、身体がその負荷に耐えられなくなるのか、良くて暴走、運が悪いと死んでしまうことが確認された。
手始めだから、とハンスは魔法を選び、その呪文を唱える。
実戦で使うのは初めてだから、緊張するものの、ホーンラビットは待ってくれない。
こちらに向かって、その後ろ足を蹴り上げながら、ピョンピョンと近付いてくる。
ホーンラビットがこちらに到達する直前に、指先の光によって描き出された魔法陣が完成し、ハンスは魔法を唱えた。
「敏捷低減!」
以前、研究室で見たように、突如ホーンラビットの動きが、まるで周りに液体でも置かれたように緩慢になる。
先程までは同じ時間軸にいた相手が、突然別の世界に放り込まれた様な錯覚に、セレナは思わず声を上げた。
「え? え? なんですかこれ? 突然魔物の動きが遅くなったんですけど?」
「これが補助魔法の一つ、状態異常だ。今このホーンラビットは、動きだけ俺らの三分の一程度の速さになっている。こうなればもう怖くないだろう?」
自分に起きた変化に驚いているのか分からないが、ホーンラビットは必死に前に進もうとする。
しかし、後ろ足の動きが緩慢になったせいで、上手く跳躍できずに、ポテッポテッと短い跳躍をしてはすぐ地面に落ちるというのを繰り返している。
「ほら。何をぼさっと見ている。危険は無くなったんだから、ホーンラビットを倒すんだ」
「え……でも、この子、こんなに可愛いのに。危険が無くなったんなら、このまま逃がすことは出来ないんですか?」
「参ったな。まさかそう来るとは……」
ハンスは予想外のセレナの反応に、天を仰いだ。
この世界では街は防壁に囲まれており、一歩足を踏み出すと、いつ魔物に襲われてもおかしくない。
二人が居る平原も当然魔物がいるのだが、そもそもこの国の成り立ちから街の近くにいる魔物は、そこまで驚異にならないものばかりである。
と言うのも、まだモール王国が国として成り立つ前、人々は魔物から逃げ隠れるような生活をしていたとされる。
人々が住むのは深い洞穴の中などだった。
やがて、国の創設者と呼ばれ、女神の恩恵を受けたと言われる、英雄モール王によって、脅威となる魔物は駆逐され、安全が確保された地域に村が築かれ、その領土を広げるうちに、現在のモール王国が出来たと伝えられている。
そのため、この世界には人間の国はモール王国一つだけであり、その国王は女神に選ばれた特別の存在であるとされた。
貴族は全て国王の血筋であり、特別な成果を上げた国民は、貴族との婚姻が認められ、その特権の中に組み込まれることを許された。
二人がその魔物が出没する平原で何をしているかというと、ギルドで受けたクエストをこなそうとしているのだ。
セレナは既に一端の冒険者のような装備をしていた。
「いいか? セレナ。基本的に俺は戦闘には参加出来ない。攻撃魔法が一切使えないんだ。補助魔法をかければ、まだ俺でもどうにか出来る魔物が相手だが、今後の事を考えて、基本的にはセレナが全て倒すんだ。分かったな?」
「あの……ハンス様。分かったな、と申されても。私、戦闘の経験は一度も……」
「大丈夫だ。ひとまず、俺の言う通りにすればいい。っと。言ってるそばから魔物だ。ホーンラビットか。いいか。俺が補助魔法を相手にかけるから、セレナはその短剣で攻撃するんだ」
「え……あの、まだ心の準備が……」
セレナは今、簡単な革鎧と、さほど長くない短剣、ダガーナイフと呼ばれる両刃の短剣を装備していた。
装備屋で色々と武器を持たせてみたところ、いくら亜人とはいえ、少女のセレナに剣は重すぎた。
そこで、取り回しが簡単な短剣を装備させることにしたのだ。
ハンスの所持金では、軽量化を試みられた剣など、購入できなかったという理由もある。
ハンスは目の前のホーンラビットにかける魔法を考えていた。
ホーンラビットはその名の通り、額に一本の鋭い角を持った魔物で、見かけの可愛さに反し、強力な後ろ足による跳躍で、その角を突き刺してくる。
しかし、その角の攻撃さえ気を付ければ、ただの野生の動物と変わらず、肉は美味で、角は薬の原料となるため、倒しておいて損のない相手だった。
残念なことにセレナには既に強化魔法を付与しているため、更に強化魔法をかけることは出来ない。
人で試したことは無いが、実験では二つ以上の強化魔法を同時に付与されると、身体がその負荷に耐えられなくなるのか、良くて暴走、運が悪いと死んでしまうことが確認された。
手始めだから、とハンスは魔法を選び、その呪文を唱える。
実戦で使うのは初めてだから、緊張するものの、ホーンラビットは待ってくれない。
こちらに向かって、その後ろ足を蹴り上げながら、ピョンピョンと近付いてくる。
ホーンラビットがこちらに到達する直前に、指先の光によって描き出された魔法陣が完成し、ハンスは魔法を唱えた。
「敏捷低減!」
以前、研究室で見たように、突如ホーンラビットの動きが、まるで周りに液体でも置かれたように緩慢になる。
先程までは同じ時間軸にいた相手が、突然別の世界に放り込まれた様な錯覚に、セレナは思わず声を上げた。
「え? え? なんですかこれ? 突然魔物の動きが遅くなったんですけど?」
「これが補助魔法の一つ、状態異常だ。今このホーンラビットは、動きだけ俺らの三分の一程度の速さになっている。こうなればもう怖くないだろう?」
自分に起きた変化に驚いているのか分からないが、ホーンラビットは必死に前に進もうとする。
しかし、後ろ足の動きが緩慢になったせいで、上手く跳躍できずに、ポテッポテッと短い跳躍をしてはすぐ地面に落ちるというのを繰り返している。
「ほら。何をぼさっと見ている。危険は無くなったんだから、ホーンラビットを倒すんだ」
「え……でも、この子、こんなに可愛いのに。危険が無くなったんなら、このまま逃がすことは出来ないんですか?」
「参ったな。まさかそう来るとは……」
ハンスは予想外のセレナの反応に、天を仰いだ。
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