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第五話 書き置き
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「はぁっ! はぁっ!」
「ようやく……全部倒したみたいね……」
肩で息をするバンプの横で、顔色を悪くしたマリーが呟いた。
足元には斬り殺された無数の魔物の死骸が並んでいる。
マリーとバンプが広場に足を踏み入れた後、戦闘の音に誘われたのか、次々に新しい魔物たちが集まってきた。
不幸なことは、二人が入ってきた方向の坑道からも、魔物が現れたことだ。
広場から逃げ出し挟み撃ちに遭うことを恐れ、全数撃破を余儀なくされた。
何度か危険な場面もあったが、ようやく目につく範囲から魔物がいなくなり、安堵のため息を吐く。
バンプはショートソードに着いた魔物の血を振り払い、鞘に納め、代わりに懐から薄い桃色の液体が入った瓶を取り出した。
蓋を開け、一気に喉へと流し込む。
その瞬間、いたる所に刻まれていた魔物から受けた傷が、ゆっくりと治っていく。
治療用ポーション。
受けた傷や怪我の治癒を目的として服用される薬で、作り手の腕によっては、致命傷も瞬く間に治癒できる。
バンプが飲んだのはクライエ家の騎士団に支給される汎用品で、効果がそこまで高くない。
もっとも、致命傷を治すほどの効果を示す治療用ポーションを買うなど、クライエ家の財政状況では不可能だ。
バンプが飲んだ治療用ポーションですら、あくまで緊急時の使用を想定したもので、普段から携帯しているようなものではない。
マリーから、十分な準備を、と言われて念のため持ってきていたのが、功を奏した。
「ふぅ……初めて飲むが、あまり気持ちの良いものじゃないな」
「ポーションね。気を付けなさい。治療用は傷が早く治る代わりに体力を奪われるから」
「そうなんだな。そういえば、燃費が悪いって言った割に、最後まで続いてたじゃないか」
「私はこれを飲んでいたからね」
マリーが懐から取り出した瓶には、紺色に近い半透明な液が、残りわずか入っていた。
「それは? 見たところそれもポーションのようだが……少なくとも配給品じゃないな?」
「よく分かったわね」
「ポーションはその出所をはっきりさせるため、認証を与えた機関の印が付いてるはずだ。それにはない。まさか裏からの横流し品か?」
バンプが言った裏というのは、一般的にいえば守るべき法律を守らない無法者たち、とりわけ犯罪を生業とする集団のことを指す。
活動は様々だが、国や領主の庇護の下で生活している者たちにとっては、あまり好ましい存在ではない。
中には、国を転覆させようとしているような危険な思想を持ち、実際にその目的のために力を誇示し、蓄えている巨大組織すらいるという噂だ。
「そんなものに手を出すわけないでしょう。これは昔、ランディ様から頂いたのよ。魔力回復ポーションね。自分には薄すぎるからって。信じられないわよ。この瓶の中身。私がこれまでに何度も服用したって、全然減らなかったんだから。ランディ様の魔力量は底なしなのね」
「ランディ様か。エリザ様の双子の弟。あらゆる魔術に精通されている方だったか? エリザ様ほどではないにしろ、間違いなくあいつよりは新領主に相応しいだろうな」
「冗談言わないで。エリザ様の活躍を知った上で言うけれど、もっとも新領主の座に相応しいのは、間違いなくランディ様よ。飽くなき探究心と、それを実現させるだけの実行力と知性。あの方が領主になっていたら、クライエ領は、国有数の魔術師を次々に輩出するに間違いないわ」
「はっ! お前はエリザ様のことを知らなすぎだな。上に立つ者に必要なのは統率力だ。個の力だけではどうにもならない時がある。その点、エリザ様は若くから騎士団を率い、まるで自分の手足のように動かす。自身の実力は……言わずもがなだな」
互いに崇拝し心酔するアークの弟妹を推す気持ちは誰にも負ける気はないが、今はそんなことに時間を費やしている場合ではない。
早々に気が付いた二人は、たった今芽生えた奇妙なライバル意識を感じながら、この場を乗り越えることに思考を戻した。
「お互い譲る気がないのは分かったけれど、今はここから出ることを優先しましょう。口論の末にまた魔物に囲まれていた、なんてことになったら目も当てられないもの」
「だな。さて……入ってきた道、出口に繋がっている道はどれだ?」
広場からは複数の坑道が続いていた。
その内の一本が間違いなくマリーとバンプが入ってきた道で、同じ道を遡れば間違いなく出口に辿りつける。
問題は、初めて入った二人には、どれも同じような形に見え、動き回った結果、すでに方向感覚は失われていることである。
複数の坑道を順に見渡し、なんとか目的を見つけようとしているバンプを後目に、マリーは迷いなく一本を選び進んでいく。
「何やってるの? 行きましょう」
「おい。それが帰る道なのか? どうして分かる?」
「どうしてって……分岐点には必ず魔術で印を付けてあるわ。逆に、そうじゃなかったら、どうやって入り組んだ廃坑の中を迷わずに探索するっていうのよ」
こともなげにいうマリーに、バンプは自分の認識を改める必要があると自覚した。
エリザの圧倒的な戦闘能力に魅了され、自分もいずれその横に立つことを夢見てがむしゃらに鍛えて手に入れた騎士という立場。
新米とはいえ、自分の実力に自信はあったし、まだまだ伸びしろもあるはずだ。
強くなれば良い。
そう思い込んでいたし、強くない者たちを無意識に見下していた。
しかし、自分と一対一で対峙すれば瞬殺できるであろうマリーがいなければ、いくら魔物を倒したとしても、この廃坑から抜け出せずのたれ死んでいたかもしれない。
廃坑調査など自分は適任ではないとマリーはぼやいていていたが、今のバンプにはマリーこそ適任だったのではないかと思えてきた。
魔物に対する豊富な知識は、バンプが戦う上で大いに役に立った。
苦手とは言いつつも、冷気で魔物の動きを鈍らすサポートのおかげで、バンプの窮地を脱することもできた。
そして戻り道すら、当然のように印を付けていたのだという。
もちろんマリーだけでは魔物の巣窟になっていた廃坑の調査は不可能だっただろう。
護衛として選ばれたバンプがいたからこそ達成できた訳だが。
マリーとバンプをこの調査に任命したのは、あの新領主だったか……。
マリーの向かう方向に、少し遅れてバンプは駆け足で向かう。
多少疲れは出てきたが、道中に魔物が現れたとしても問題ないだろう。
ここのように広くなっている場所はなかったから、各個撃破が基本だ。
それならば、バンプにはまだ自信がある。
バンプがマリーに追い付く。
マリーが歩みを止めていた。
暗がりが続く行動の先を、なんとか照らそうと再び手にしたランタンを目いっぱい前へと押し出していた。
「どうしたんだ? 何かいるのか?」
「ヤバいわ……なんだか分からないけど、ヤバいやつがいるみたい。聞こえない?」
「聞こえないって何が……魔物の……悲鳴か?」
バンプの問いかけに、それが正しいことだとマリーが首を動かす。
進むべき先に、魔物を葬り続ける存在がいる。
仲間ならこれほど心強いものはない。
すぐに合流し、魔物が異常発生していることを伝え、共に屋敷に戻り対策を練るべきだ。
しかし、最悪なのは、これまで遭遇した魔物を狩る側の魔物がいた場合だ。
坑道から聞こえてくる魔物の悲鳴は明らかに大きくなっており、魔物を葬り続けている存在が、順調に二人に向かって近付いていることを示唆していた。
「マジかよ……」
「最悪だわ……」
思わず二人とも声を漏らしていた。
坑道の先から現れた巨体がマリーのランタンで照らされた。
シルバーウルフ。
群れを作る習性を持ち、俊敏で統率された動きは、熟練の小隊にも勝ると言われている。
さらに運の悪いことに、厚い毛皮に包まれた身体は、魔術へのとりわけ冷気には強い耐性を持つ。
この場に現れたのは一体だけのようだが、今の二人で対抗するには望ましくない相手なのは間違いない。
マリーは素早くランタンを再び腰に付けると、残っていた魔力回復ポーションを全て口へと流し込んだ。
☆☆☆
「さて、と。準備もできたし、そろそろ出ないと遅くなっちゃうね」
腰に付けたバッグを軽く叩いて、部屋から出る。
目的地は廃坑だ。
昨日は結局散歩に出掛けられなかったけど、一度行きたくなったらなかなか諦められない。
たかが散歩、されど散歩だ。
カッコよく言ってみようとしたけど、全然ダメだね。
まぁいいや。
そんなに時間がないから、今日は廃坑の入り口までいったら帰ってくるくらいのつもりで行こう。
「あ、そうだった。危ない、危ない」
部屋に戻り、適当な紙を探し、パメラへの書き置きを作る。
『廃坑に行ってきます。夕方頃には帰るので、その後の手配をよろしく』
これでよし。
パメラは優秀だからわざわざ言わなくたって夕食とか湯浴みの準備とかしてくれると思うけれど。
前の約束通り書き置きも作って、憂いもない。
気持ちよく散歩ができそうだ。
屋敷から一歩足を踏み出し、空を見上げる。
昨日の天気が嘘みたいに、今日は雲ひとつない快晴だった。
うん、良いことが起こりそうだね。
「ようやく……全部倒したみたいね……」
肩で息をするバンプの横で、顔色を悪くしたマリーが呟いた。
足元には斬り殺された無数の魔物の死骸が並んでいる。
マリーとバンプが広場に足を踏み入れた後、戦闘の音に誘われたのか、次々に新しい魔物たちが集まってきた。
不幸なことは、二人が入ってきた方向の坑道からも、魔物が現れたことだ。
広場から逃げ出し挟み撃ちに遭うことを恐れ、全数撃破を余儀なくされた。
何度か危険な場面もあったが、ようやく目につく範囲から魔物がいなくなり、安堵のため息を吐く。
バンプはショートソードに着いた魔物の血を振り払い、鞘に納め、代わりに懐から薄い桃色の液体が入った瓶を取り出した。
蓋を開け、一気に喉へと流し込む。
その瞬間、いたる所に刻まれていた魔物から受けた傷が、ゆっくりと治っていく。
治療用ポーション。
受けた傷や怪我の治癒を目的として服用される薬で、作り手の腕によっては、致命傷も瞬く間に治癒できる。
バンプが飲んだのはクライエ家の騎士団に支給される汎用品で、効果がそこまで高くない。
もっとも、致命傷を治すほどの効果を示す治療用ポーションを買うなど、クライエ家の財政状況では不可能だ。
バンプが飲んだ治療用ポーションですら、あくまで緊急時の使用を想定したもので、普段から携帯しているようなものではない。
マリーから、十分な準備を、と言われて念のため持ってきていたのが、功を奏した。
「ふぅ……初めて飲むが、あまり気持ちの良いものじゃないな」
「ポーションね。気を付けなさい。治療用は傷が早く治る代わりに体力を奪われるから」
「そうなんだな。そういえば、燃費が悪いって言った割に、最後まで続いてたじゃないか」
「私はこれを飲んでいたからね」
マリーが懐から取り出した瓶には、紺色に近い半透明な液が、残りわずか入っていた。
「それは? 見たところそれもポーションのようだが……少なくとも配給品じゃないな?」
「よく分かったわね」
「ポーションはその出所をはっきりさせるため、認証を与えた機関の印が付いてるはずだ。それにはない。まさか裏からの横流し品か?」
バンプが言った裏というのは、一般的にいえば守るべき法律を守らない無法者たち、とりわけ犯罪を生業とする集団のことを指す。
活動は様々だが、国や領主の庇護の下で生活している者たちにとっては、あまり好ましい存在ではない。
中には、国を転覆させようとしているような危険な思想を持ち、実際にその目的のために力を誇示し、蓄えている巨大組織すらいるという噂だ。
「そんなものに手を出すわけないでしょう。これは昔、ランディ様から頂いたのよ。魔力回復ポーションね。自分には薄すぎるからって。信じられないわよ。この瓶の中身。私がこれまでに何度も服用したって、全然減らなかったんだから。ランディ様の魔力量は底なしなのね」
「ランディ様か。エリザ様の双子の弟。あらゆる魔術に精通されている方だったか? エリザ様ほどではないにしろ、間違いなくあいつよりは新領主に相応しいだろうな」
「冗談言わないで。エリザ様の活躍を知った上で言うけれど、もっとも新領主の座に相応しいのは、間違いなくランディ様よ。飽くなき探究心と、それを実現させるだけの実行力と知性。あの方が領主になっていたら、クライエ領は、国有数の魔術師を次々に輩出するに間違いないわ」
「はっ! お前はエリザ様のことを知らなすぎだな。上に立つ者に必要なのは統率力だ。個の力だけではどうにもならない時がある。その点、エリザ様は若くから騎士団を率い、まるで自分の手足のように動かす。自身の実力は……言わずもがなだな」
互いに崇拝し心酔するアークの弟妹を推す気持ちは誰にも負ける気はないが、今はそんなことに時間を費やしている場合ではない。
早々に気が付いた二人は、たった今芽生えた奇妙なライバル意識を感じながら、この場を乗り越えることに思考を戻した。
「お互い譲る気がないのは分かったけれど、今はここから出ることを優先しましょう。口論の末にまた魔物に囲まれていた、なんてことになったら目も当てられないもの」
「だな。さて……入ってきた道、出口に繋がっている道はどれだ?」
広場からは複数の坑道が続いていた。
その内の一本が間違いなくマリーとバンプが入ってきた道で、同じ道を遡れば間違いなく出口に辿りつける。
問題は、初めて入った二人には、どれも同じような形に見え、動き回った結果、すでに方向感覚は失われていることである。
複数の坑道を順に見渡し、なんとか目的を見つけようとしているバンプを後目に、マリーは迷いなく一本を選び進んでいく。
「何やってるの? 行きましょう」
「おい。それが帰る道なのか? どうして分かる?」
「どうしてって……分岐点には必ず魔術で印を付けてあるわ。逆に、そうじゃなかったら、どうやって入り組んだ廃坑の中を迷わずに探索するっていうのよ」
こともなげにいうマリーに、バンプは自分の認識を改める必要があると自覚した。
エリザの圧倒的な戦闘能力に魅了され、自分もいずれその横に立つことを夢見てがむしゃらに鍛えて手に入れた騎士という立場。
新米とはいえ、自分の実力に自信はあったし、まだまだ伸びしろもあるはずだ。
強くなれば良い。
そう思い込んでいたし、強くない者たちを無意識に見下していた。
しかし、自分と一対一で対峙すれば瞬殺できるであろうマリーがいなければ、いくら魔物を倒したとしても、この廃坑から抜け出せずのたれ死んでいたかもしれない。
廃坑調査など自分は適任ではないとマリーはぼやいていていたが、今のバンプにはマリーこそ適任だったのではないかと思えてきた。
魔物に対する豊富な知識は、バンプが戦う上で大いに役に立った。
苦手とは言いつつも、冷気で魔物の動きを鈍らすサポートのおかげで、バンプの窮地を脱することもできた。
そして戻り道すら、当然のように印を付けていたのだという。
もちろんマリーだけでは魔物の巣窟になっていた廃坑の調査は不可能だっただろう。
護衛として選ばれたバンプがいたからこそ達成できた訳だが。
マリーとバンプをこの調査に任命したのは、あの新領主だったか……。
マリーの向かう方向に、少し遅れてバンプは駆け足で向かう。
多少疲れは出てきたが、道中に魔物が現れたとしても問題ないだろう。
ここのように広くなっている場所はなかったから、各個撃破が基本だ。
それならば、バンプにはまだ自信がある。
バンプがマリーに追い付く。
マリーが歩みを止めていた。
暗がりが続く行動の先を、なんとか照らそうと再び手にしたランタンを目いっぱい前へと押し出していた。
「どうしたんだ? 何かいるのか?」
「ヤバいわ……なんだか分からないけど、ヤバいやつがいるみたい。聞こえない?」
「聞こえないって何が……魔物の……悲鳴か?」
バンプの問いかけに、それが正しいことだとマリーが首を動かす。
進むべき先に、魔物を葬り続ける存在がいる。
仲間ならこれほど心強いものはない。
すぐに合流し、魔物が異常発生していることを伝え、共に屋敷に戻り対策を練るべきだ。
しかし、最悪なのは、これまで遭遇した魔物を狩る側の魔物がいた場合だ。
坑道から聞こえてくる魔物の悲鳴は明らかに大きくなっており、魔物を葬り続けている存在が、順調に二人に向かって近付いていることを示唆していた。
「マジかよ……」
「最悪だわ……」
思わず二人とも声を漏らしていた。
坑道の先から現れた巨体がマリーのランタンで照らされた。
シルバーウルフ。
群れを作る習性を持ち、俊敏で統率された動きは、熟練の小隊にも勝ると言われている。
さらに運の悪いことに、厚い毛皮に包まれた身体は、魔術へのとりわけ冷気には強い耐性を持つ。
この場に現れたのは一体だけのようだが、今の二人で対抗するには望ましくない相手なのは間違いない。
マリーは素早くランタンを再び腰に付けると、残っていた魔力回復ポーションを全て口へと流し込んだ。
☆☆☆
「さて、と。準備もできたし、そろそろ出ないと遅くなっちゃうね」
腰に付けたバッグを軽く叩いて、部屋から出る。
目的地は廃坑だ。
昨日は結局散歩に出掛けられなかったけど、一度行きたくなったらなかなか諦められない。
たかが散歩、されど散歩だ。
カッコよく言ってみようとしたけど、全然ダメだね。
まぁいいや。
そんなに時間がないから、今日は廃坑の入り口までいったら帰ってくるくらいのつもりで行こう。
「あ、そうだった。危ない、危ない」
部屋に戻り、適当な紙を探し、パメラへの書き置きを作る。
『廃坑に行ってきます。夕方頃には帰るので、その後の手配をよろしく』
これでよし。
パメラは優秀だからわざわざ言わなくたって夕食とか湯浴みの準備とかしてくれると思うけれど。
前の約束通り書き置きも作って、憂いもない。
気持ちよく散歩ができそうだ。
屋敷から一歩足を踏み出し、空を見上げる。
昨日の天気が嘘みたいに、今日は雲ひとつない快晴だった。
うん、良いことが起こりそうだね。
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