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第3章
第86話【ソフィアの意外な一面】
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「なかなか難しいもんだね。礼儀作法というのは……」
スライムに素材を与えながら、俺は一人そんなことを呟いた。
これまでのことを振り返り、大きなため息をつく。
リラがギルドに派遣されてから一週間が経っていた。
その間、立ち振る舞いや食べ方から始まり、してはいけないことしなくてはいけないことを一つずつ教わっている。
始めは新鮮だと楽しく学べていた俺だが、あまりの数の多さと細かさに若干嫌気がさし始めていた。
礼をする時の角度が相手や謝意の大きさによって細かく決まっているなんて、まるで冗談じゃないかと思う。
「食事の用意が整いました」
「ああ。分かった。すぐ行くよ」
工房にそう伝えに来たリラに俺は言葉を返す。
笑顔のリラが先に食卓へ向かい姿が見えなくなった後、俺は再び大きなため息をついた。
工房を軽く片付けた後、重い足取りで俺も食卓へ向かう。
着くと、すでに他の皆は席に着いていた。
リラが来てから食事も作法を学ぶ重要な時間だ。
まだ決まったわけではないが、国王に招致された日に、会食が無いとも限らない。
食事の作法ほど細かく、多くの決まりがあるものはないのではないかとさえ感じる。
そして今まで無意識のうちにしてきたことを禁じられ、一つ一つ意識しながら食べなくてはいけない。
長く身に付いた習慣を矯正するのがこんなにも大変なことだとは思いもしなかった。
フォークやナイフの持ち方、食材の食べ方、食事中の姿勢に至るまで、全てを一から指導されている。
正直な話、リラの作ってくれる食事はとても美味しいが、意識しなくてはいけないことが多すぎて、一切食事を楽しむことが出来ないでいた。
机の上に置かれた真っ白い布を膝に置くと、習った通りに食べ始める。
「それにしても難儀なもんだね。作法って言うのは。食事くらい好きに楽しく食べりゃあいいのに」
「カーラ。マスターが頑張ってるんだから、そんなこと言っちゃダメだよ」
「ははは。俺もカーラの意見には賛成だよ。でも、せっかくの機会だからね。きちんとした方がいいのは分かってるんだ」
「ハンス様も初めの頃に比べればとても良くなっていますよ。まだ覚えることはたくさんありますが、覚えが良くて助かっています」
給仕をしてくれるリラがそうやって俺を褒める。
職業的な理由なのか、来た時からリラは非常に好意的な発言しかしてこないので、俺も弱音を吐けない。
指摘が飛ばぬように気をつけながら、食事を続けていると、ふと向かいに座っているソフィアの食べる仕草が目に入る。
他の皆も俺と同じ物を食べているのだが、ソフィアはお手本のような動きで綺麗に食材を口に運んでいた。
「それにしても、アイリーンはなんとなく分かるけど、ソフィアがそんなに作法に詳しいなんて意外だったな」
「ええ。ソフィア様の作法は正直申しまして、少し前の作法もありますが、完璧です。まるで長年作法について指導を受けたご令嬢のような……」
リラの言葉にソフィアは手を止め、一瞬固まる。
しかし、慌てた様子で、否定を始めた。
「わ、私が令嬢だって!? そんなバカなことあるわけないだろう。あ、あれだ。えーと。探索者の嗜みってやつだよ。うん」
「探索者が作法なんて気にするわけないじゃん。初めて聞いたよそんなの」
オティスが訝しげな視線をソフィアに向ける。
そういうオティスは、俺と一緒に作法を学ぶのだと言いながら、右手に持ったフォークを目の前の肉に突き刺し美味しそうに口に頬張った。
☆
「それじゃあ、行ってくるよ」
「うん! マスター! 帰ってきたら話楽しみにしてるよ! 王様にどんなこと言われたのかちゃんと教えてね!!」
国王の居る王都に向かう日を迎え、オティスたちが見送る中、俺とソフィア、そしてリラが馬車に乗る。
この馬車はヴァイト伯爵が用意してくれたもので、この後、ヴァイト伯爵の屋敷に寄り、飛竜便で四人で王都に向かう。
ヴァイト伯爵は俺の身元保証人として、リラは身の回りの世話を、そしてソフィアは念のための護衛としての同伴だった。
話によると、俺が国王に招致されたことは既に一部の貴族の間では噂として広まっているらしい。
一般人が国王に招致されるということは異例であるから、何かしらの動きがあってもおかしくないということだ。
これまでの礼儀作法を学ぶ大変さや、会うだけで色々な方面に気遣いをしなければならない事実に、俺は呼ばれなければよかったと思い始めてさえいた。
「お客さん! もうすぐ王都に着くよ!!」
飛竜便の操縦士の声に、俺は眼下を見下ろす。
真っ白い城壁の周囲を取り囲むように街が形成されていた。
上から見ると、複雑に入り組んだ塀が、街をいくつかの区画に区切っているのが分かる。
その区画の一番外側にある広場に向かって飛竜は降りていく。
「さぁ着いたよ。ハンス殿。迎えの馬車が来ているはずだ」
「ええ。何もかもお世話になり申し訳ありません」
「ははは。いいんだよ。前も言っただろう。我が領土から国王に招致された者が出るというのは大変な誉だ。私も鼻が高いよ」
「みな様。迎えの馬車はあちらのようです」
リラが示した馬車に乗り込み、俺たちは国王の待つ城へ向かった。
スライムに素材を与えながら、俺は一人そんなことを呟いた。
これまでのことを振り返り、大きなため息をつく。
リラがギルドに派遣されてから一週間が経っていた。
その間、立ち振る舞いや食べ方から始まり、してはいけないことしなくてはいけないことを一つずつ教わっている。
始めは新鮮だと楽しく学べていた俺だが、あまりの数の多さと細かさに若干嫌気がさし始めていた。
礼をする時の角度が相手や謝意の大きさによって細かく決まっているなんて、まるで冗談じゃないかと思う。
「食事の用意が整いました」
「ああ。分かった。すぐ行くよ」
工房にそう伝えに来たリラに俺は言葉を返す。
笑顔のリラが先に食卓へ向かい姿が見えなくなった後、俺は再び大きなため息をついた。
工房を軽く片付けた後、重い足取りで俺も食卓へ向かう。
着くと、すでに他の皆は席に着いていた。
リラが来てから食事も作法を学ぶ重要な時間だ。
まだ決まったわけではないが、国王に招致された日に、会食が無いとも限らない。
食事の作法ほど細かく、多くの決まりがあるものはないのではないかとさえ感じる。
そして今まで無意識のうちにしてきたことを禁じられ、一つ一つ意識しながら食べなくてはいけない。
長く身に付いた習慣を矯正するのがこんなにも大変なことだとは思いもしなかった。
フォークやナイフの持ち方、食材の食べ方、食事中の姿勢に至るまで、全てを一から指導されている。
正直な話、リラの作ってくれる食事はとても美味しいが、意識しなくてはいけないことが多すぎて、一切食事を楽しむことが出来ないでいた。
机の上に置かれた真っ白い布を膝に置くと、習った通りに食べ始める。
「それにしても難儀なもんだね。作法って言うのは。食事くらい好きに楽しく食べりゃあいいのに」
「カーラ。マスターが頑張ってるんだから、そんなこと言っちゃダメだよ」
「ははは。俺もカーラの意見には賛成だよ。でも、せっかくの機会だからね。きちんとした方がいいのは分かってるんだ」
「ハンス様も初めの頃に比べればとても良くなっていますよ。まだ覚えることはたくさんありますが、覚えが良くて助かっています」
給仕をしてくれるリラがそうやって俺を褒める。
職業的な理由なのか、来た時からリラは非常に好意的な発言しかしてこないので、俺も弱音を吐けない。
指摘が飛ばぬように気をつけながら、食事を続けていると、ふと向かいに座っているソフィアの食べる仕草が目に入る。
他の皆も俺と同じ物を食べているのだが、ソフィアはお手本のような動きで綺麗に食材を口に運んでいた。
「それにしても、アイリーンはなんとなく分かるけど、ソフィアがそんなに作法に詳しいなんて意外だったな」
「ええ。ソフィア様の作法は正直申しまして、少し前の作法もありますが、完璧です。まるで長年作法について指導を受けたご令嬢のような……」
リラの言葉にソフィアは手を止め、一瞬固まる。
しかし、慌てた様子で、否定を始めた。
「わ、私が令嬢だって!? そんなバカなことあるわけないだろう。あ、あれだ。えーと。探索者の嗜みってやつだよ。うん」
「探索者が作法なんて気にするわけないじゃん。初めて聞いたよそんなの」
オティスが訝しげな視線をソフィアに向ける。
そういうオティスは、俺と一緒に作法を学ぶのだと言いながら、右手に持ったフォークを目の前の肉に突き刺し美味しそうに口に頬張った。
☆
「それじゃあ、行ってくるよ」
「うん! マスター! 帰ってきたら話楽しみにしてるよ! 王様にどんなこと言われたのかちゃんと教えてね!!」
国王の居る王都に向かう日を迎え、オティスたちが見送る中、俺とソフィア、そしてリラが馬車に乗る。
この馬車はヴァイト伯爵が用意してくれたもので、この後、ヴァイト伯爵の屋敷に寄り、飛竜便で四人で王都に向かう。
ヴァイト伯爵は俺の身元保証人として、リラは身の回りの世話を、そしてソフィアは念のための護衛としての同伴だった。
話によると、俺が国王に招致されたことは既に一部の貴族の間では噂として広まっているらしい。
一般人が国王に招致されるということは異例であるから、何かしらの動きがあってもおかしくないということだ。
これまでの礼儀作法を学ぶ大変さや、会うだけで色々な方面に気遣いをしなければならない事実に、俺は呼ばれなければよかったと思い始めてさえいた。
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