辺境暮らしの付与術士

黄舞

文字の大きさ
上 下
122 / 133
第5章

第119話

しおりを挟む
 振り上げられたジェスターの腕が頭上で止まる。
 その腕には帆を縛るために使われる縄が巻き付いていた。

「なんですかこれは」

 ジェスターが口を開いている間にも太さも長さも様々な縄がジェスターの身体の至る所に巻き付き締め上げていく。
 その力は恐ろしく強いのか、ジェスターが顔を歪め掴んでいたソフィを離す。

 自由になったソフィは痛む頭を押さえながらジェスターから距離を取る。

「手品、と言うんでしたか? 面白い技ですが、こんな貧相な縄ごときで本気で私を抑えられると思っているんですか?」

 まだ自由のきく左手の指を弾くと、ジェスターを拘束する縄の近くで空間が爆ぜた。
 どうやらその衝撃で縄を切るつもりだったようだが、ほつれすら起きず縄はジェスターをより一層締め上げていく。

 リヴァイアサンとの戦闘に向け船の細部までカインの付与魔法によって強化されていた。
 もちろん帆を縛るための縄も例外ではなく、表面をミスリルでコーティングされた上に付与魔法をかけられていた。

「な!? 馬鹿な! なぜたかが縄などにこれほどの強度があるのです!!」

 驚きの声を上げるジェスターは顔を残して身体のほとんどを拘束された。
 そこへゼロから飛び降りたサラが駆け寄り、手に持った短剣を勢いを殺さぬまま縄で身動きが取れない腹部に突き刺した。

 シバによって上手く刃の部分だけ隙間を開けられ、遮る物のないまま短剣は根元までジェスターの腹部に刺さっていた。
 短剣を握りしめているサラの両手に黒い血が滴る。

「まさか! ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」

 怒りに顔を歪めたジェスターは大きく息を吸い込んだ。
 吸い込んだ空気によってジェスターの身体は膨らんでいき、縄は内側からの圧力によってみしみしと音を立てながらほつれていく。

「まずい! 皆海へ飛び込め!!」

 アオイが叫ぶと同時にサラとソフィは戸惑うことなく、海へと身を投げた。
 動けないカインを抱えてアオイも飛び込む。

 次の瞬間、ジェスターは溜め込んだ空気を一瞬で吐き出した。
 それは見えない破壊的な圧力となって周囲に崩壊をもたらした。

 カインの付与魔法で補強された船はその圧力に負け、木材の破片を撒き散らしながら崩れていく。
 海面は一度大きくへこみ、押しのけられた海水が戻る際に大きな乱流と波を発生させた。

 自ら足場を破壊したジェスターはそんな事など気にも止めない様子で、空中に浮かびながら海面を見つめていた。

「ついカッとなってやりすぎてしまいました……」

 そう言いながら目線を腹部に突き刺さったままの短剣に向ける。

「忌々しい。これがもし龍だけでなく鳥まで切っていたなら危ないところでした」

 刺さった短剣を抜くと、その色は青味がかった灰色をしていた。
 抜いた後の傷口からは今も黒い血が流れ落ちている。

「今はこの傷の手当てが先のようですね。これだけ待っても上がってこないということは、死んだと見て問題ないでしょう」

 今度は顔を空へと向ける。

「先ほどのグリフォンの死に損ないが背びれを持っていたようですが、姿が見えませんね。なに、見つけるのはそう難しくないでしょう。それは犬にでも任せておけばいい」

 ジェスターは笑みを浮かべながらその場から姿を消した。



 ジェスターが去った海中で漂う複数の影があった。
 不思議なことにそれらはみな全身を泡に包まれている。

『皆、無事でよかった。どうやら居なくなったようだ。痛みが消えたからね』

 カインの念話を合図に泡は全て割れ、それぞれが海面へと泳ぎ上がっていく。
 浮上したカイン達は新鮮な空気を吸うため何度か大きく呼吸を繰り返すと互いに顔を見合わせた。

「危なかったねぇ! まさかあんな技持っているなんて」
「船が粉微塵だ。もしもの時のために逃げ出せる扉を作っておいて正解だったな」

 シバは浮かんでいた木片に捕まりながらそう言った。
 隣には腰の辺りをシバに支えられながらやっとの思いで木片にしがみついているコハンがいる。

「すいません。シバさん。せっかく作ってもらった船がこんなことのなるとは……」
「仕方がない。カインさんのせいじゃないさ。俺達は生き残った。それが全てだ。船はまた作ればいい。魔道核もこうやって無事だしな」

「それよりもじゃ! 生きているのはいいがどうやって戻るつもりじゃ。まさか泳いで、などと馬鹿なことを言うわけじゃあるまいな?」
「それは、正直どうしましょうね……ゼロもどこかへ逃げたでしょうが、先ほどの戦いで翼を怪我してしまったから、全員を運ぶのも難しいでしょうし」

「待って! この歌みたいなのはなに!?」

 サラの声に皆が耳を澄ます。遠くから歌のような音が聞こえてくる。
 それはここに来る時に聴いたセイレーンの歌とは違うものだった。

 やがてその歌声の主がカイン達の元へ姿を現した。
 それは一匹のバレーンだった。

 バレーンはカイン達の目の前で泳ぎを止めると、頭を海の中に沈めた。
 ちょうど背の辺りだけが海面から出ていて、全員が乗るだけの大きさがある。

『俺達に乗れと言うのかい? 岸まで運んでくれる?』

 試しに念話で話しかけてみると、バレーンはまるで合図するように潮を吹いた。
 カインの合図でみなバレーンの背に乗ると、バレーンは滑り落とさないように注意しながら、ゆっくりとカイン達を岸まで運んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

処理中です...