100 / 133
第5章
第97話
しおりを挟む
アイリとその両親は食卓用のテーブルに腰掛け、サラはその向かいに座っている。
三人はサラに向かって、自分の身に何が起こったのかぽつぽつと話し始めた。
アイリの父はこの集落に暮らす鉱夫の一人で、毎日のように危険と隣り合わせの鉱山へ向かい、鉱石を掘り出して、その収入で妻と娘を養っていた。
誠実で真面目な彼は幸いにも健康な身体を授かったため、一日も休むことなく採掘へと向かっていた。
他の鉱夫達もそれぞれ日常に表れる小さな不満を口にしながらも、楽しく鉱夫としての日々を暮らしていた。
しかし、ある日を境に様子がおかしくなった。
始まりは些細な事だった。
ある日適齢期を過ぎた独身の鉱夫が、妻を持つ鉱夫達に不満を発した。
それに呼応するかのように、みな口々に自分の持っていない物を持つ者達に、嫉妬の思いを明かしていった。
嫉妬の対象は次第にどんどん大きくなった。
やがて、誰かが自分達が採掘した鉱石を買い取ってくれる商人達への不満を口にした時、誰もその考えがおかしいとは思わず、全員が賛同した。
その後も他人に対する嫉妬の気持ちは消えず、誰とも会わなければ、その気持ちも起きないだろうと、みな自分の家に籠るようになってしまった。
「どういう事なのかしら? このペンダントで正気に戻ったってことは、呪いか何かにかかっていたってことだとは思うけれど……」
「私達も記憶は有るものの、何故そんな感情になったのか分からないんです」
「それで、引きこもるて言っても、生活はしないといけませんよ? 今までどうしていたんですか?」
「幸いにもその様な状態になったのは最近なので、まだ大きな問題は起きてないと思います。水だけは集落の近くに流れている川に汲みに行かなければなりませんが」
例え偶然誰かと出くわしたとしても、そこですぐに何かが起こる訳では無いため、お互いやり過ごすだろうと言うことだった。
しかし、このまま放っておけば色々な問題が生じるのは明らかだった。
サラは、原因の調査も含め、まずは集落の住人達をペンダントで治してあげることにした。
「ところで、あなた達は私が入ってきた時、一緒にいましたよね? お互いが妬ましくは思わなかったんですか?」
「はい。不思議なことに、妻と娘にはそんな感情がわきませんでした」
「私も夫と娘のことは何故か無条件で信じることが出来ました。何故か分かりませんが、あの絵を見てるとそう思えるのです」
「あの絵……?」
そう言ってサラは見上げた壁に掛けられている一枚の絵を見つめた。
家族三人が仲睦まじそうに微笑んでいる絵だった。
「この絵はどうしたんですか?」
「あの……私が描いたんです……」
アイリが恥ずかしそうに口を開いた。
どうやらこの絵はアイリが自分と両親を描いたもののようだ。
「なるほど……何かあるのかもしれませんが、残念ながら私はそういう物には疎くて。とりあえず、他の人も治してあげたいんですが、私だけでは説明がややこしくなりそうで。誰か一緒に来てくれませんか?」
「あ! それなら私が一緒に行きます」
アイリの申し出を両親達が首肯したのを確認し、サラはアイリに礼を言う。
「ありがとう。アイリ。よろしくね」
「いえ。こちらこそよろしくお願いします。むしろ助けてもらうのは私達の方ですから」
アイリに導かれる形で、サラは集落の住人達に次々とペンダントをかけていき、正気を取り戻させていった。
幸い、アイリは集落の者に覚えが良いのか、誰一人としてアイリのことを拒否する者はいなかった。
「これで、みんな終わったと思います。本当にありがとうございました」
「ううん。ほとんどアイリのお陰よ。私一人じゃ、誰一人として中に入れてくれなかったと思うわ」
「でも、凄いのはサラさんとそのペンダントですよ」
「私は凄くないけど、このペンダントが凄いのは本当ね。それで、あまり有用な話は結局聞けなかったけど、異変が起きた辺りで何か気になる事があったりしない?」
アイリは翡翠のような目を、目いっぱい上を向かせ、顎に手を当てて悩みこんだ。
しばらくして、何か思い出したのか、右の拳で左手の手の平を打った。
「そういえば、問題が起きた数日前に、見た事がない女性が集落に来ました」
「女性?」
「はい。すごく綺麗で。誰かに話しかける訳でもなく、集落をうろうろしていて。気が付いたら、もう居なくなっていましたが……」
「うーん。その女性が関係あるかどうか分からないけど、一応覚えておこうかな。アイリさんはその女性の見た目とか覚えてる?」
「あ! それなら私、絵に描きますよ。こう見えて、絵を描くのは得意なんです。あと、人の見た目を覚えるのも」
「ああ。そういえば、さっきの絵もびっくりするくらい上手だったものね。それにしてもいいの? 絵なんて、普通は貴族が買うような高いものなんでしょう?」
「うーん。そうですねぇ。紙も絵の具も普通に買えば私にはとても手が出せないくらい高いんですが……でもここは鉱山ですからね。ほぼ全部ただで手に入るんです」
「……? よく分からないけど、大丈夫なんだったらお願いするわ」
嬉しそうに、はい! と答えたアイリは意気揚々と、自分の家へと戻っていく。
家に戻ると、サラが先程外してしまった戸は元通りに戻されていた。
三人はサラに向かって、自分の身に何が起こったのかぽつぽつと話し始めた。
アイリの父はこの集落に暮らす鉱夫の一人で、毎日のように危険と隣り合わせの鉱山へ向かい、鉱石を掘り出して、その収入で妻と娘を養っていた。
誠実で真面目な彼は幸いにも健康な身体を授かったため、一日も休むことなく採掘へと向かっていた。
他の鉱夫達もそれぞれ日常に表れる小さな不満を口にしながらも、楽しく鉱夫としての日々を暮らしていた。
しかし、ある日を境に様子がおかしくなった。
始まりは些細な事だった。
ある日適齢期を過ぎた独身の鉱夫が、妻を持つ鉱夫達に不満を発した。
それに呼応するかのように、みな口々に自分の持っていない物を持つ者達に、嫉妬の思いを明かしていった。
嫉妬の対象は次第にどんどん大きくなった。
やがて、誰かが自分達が採掘した鉱石を買い取ってくれる商人達への不満を口にした時、誰もその考えがおかしいとは思わず、全員が賛同した。
その後も他人に対する嫉妬の気持ちは消えず、誰とも会わなければ、その気持ちも起きないだろうと、みな自分の家に籠るようになってしまった。
「どういう事なのかしら? このペンダントで正気に戻ったってことは、呪いか何かにかかっていたってことだとは思うけれど……」
「私達も記憶は有るものの、何故そんな感情になったのか分からないんです」
「それで、引きこもるて言っても、生活はしないといけませんよ? 今までどうしていたんですか?」
「幸いにもその様な状態になったのは最近なので、まだ大きな問題は起きてないと思います。水だけは集落の近くに流れている川に汲みに行かなければなりませんが」
例え偶然誰かと出くわしたとしても、そこですぐに何かが起こる訳では無いため、お互いやり過ごすだろうと言うことだった。
しかし、このまま放っておけば色々な問題が生じるのは明らかだった。
サラは、原因の調査も含め、まずは集落の住人達をペンダントで治してあげることにした。
「ところで、あなた達は私が入ってきた時、一緒にいましたよね? お互いが妬ましくは思わなかったんですか?」
「はい。不思議なことに、妻と娘にはそんな感情がわきませんでした」
「私も夫と娘のことは何故か無条件で信じることが出来ました。何故か分かりませんが、あの絵を見てるとそう思えるのです」
「あの絵……?」
そう言ってサラは見上げた壁に掛けられている一枚の絵を見つめた。
家族三人が仲睦まじそうに微笑んでいる絵だった。
「この絵はどうしたんですか?」
「あの……私が描いたんです……」
アイリが恥ずかしそうに口を開いた。
どうやらこの絵はアイリが自分と両親を描いたもののようだ。
「なるほど……何かあるのかもしれませんが、残念ながら私はそういう物には疎くて。とりあえず、他の人も治してあげたいんですが、私だけでは説明がややこしくなりそうで。誰か一緒に来てくれませんか?」
「あ! それなら私が一緒に行きます」
アイリの申し出を両親達が首肯したのを確認し、サラはアイリに礼を言う。
「ありがとう。アイリ。よろしくね」
「いえ。こちらこそよろしくお願いします。むしろ助けてもらうのは私達の方ですから」
アイリに導かれる形で、サラは集落の住人達に次々とペンダントをかけていき、正気を取り戻させていった。
幸い、アイリは集落の者に覚えが良いのか、誰一人としてアイリのことを拒否する者はいなかった。
「これで、みんな終わったと思います。本当にありがとうございました」
「ううん。ほとんどアイリのお陰よ。私一人じゃ、誰一人として中に入れてくれなかったと思うわ」
「でも、凄いのはサラさんとそのペンダントですよ」
「私は凄くないけど、このペンダントが凄いのは本当ね。それで、あまり有用な話は結局聞けなかったけど、異変が起きた辺りで何か気になる事があったりしない?」
アイリは翡翠のような目を、目いっぱい上を向かせ、顎に手を当てて悩みこんだ。
しばらくして、何か思い出したのか、右の拳で左手の手の平を打った。
「そういえば、問題が起きた数日前に、見た事がない女性が集落に来ました」
「女性?」
「はい。すごく綺麗で。誰かに話しかける訳でもなく、集落をうろうろしていて。気が付いたら、もう居なくなっていましたが……」
「うーん。その女性が関係あるかどうか分からないけど、一応覚えておこうかな。アイリさんはその女性の見た目とか覚えてる?」
「あ! それなら私、絵に描きますよ。こう見えて、絵を描くのは得意なんです。あと、人の見た目を覚えるのも」
「ああ。そういえば、さっきの絵もびっくりするくらい上手だったものね。それにしてもいいの? 絵なんて、普通は貴族が買うような高いものなんでしょう?」
「うーん。そうですねぇ。紙も絵の具も普通に買えば私にはとても手が出せないくらい高いんですが……でもここは鉱山ですからね。ほぼ全部ただで手に入るんです」
「……? よく分からないけど、大丈夫なんだったらお願いするわ」
嬉しそうに、はい! と答えたアイリは意気揚々と、自分の家へと戻っていく。
家に戻ると、サラが先程外してしまった戸は元通りに戻されていた。
0
お気に入りに追加
1,112
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる