辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第5章

第96話

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 その集落は閑散としていた。
 狭い間隔で立ち並ぶ、家と言うにはおこがましく感じるような建物の間にある道には、誰一人として姿がなかった。

 しかし、戸や窓の隙間から除く虚ろな視線は至る所に存在し、この集落が無人でないことをはっきりと物語っていた。
 建物の軒先に置かれた商売道具達は、みな潮風に晒されたためか、錆が浮き始めていた。

「困ったわね……これじゃあ話を聞くことも難しいじゃない……人と話すのただでさえ苦手なのに……」

 サラは鉱山の採掘の再開の説得のために訪れた、鉱夫の集落の入口付近で途方に暮れていた。
 カインに言われたから来たものの、そもそもこの土地と関係の無いサラが説得できるような問題ならば、既に解決しているのではないか。

 それに、最近は知り合いとばかり過ごしていたため当の本人も忘れていたが、生来の性格として、サラは人付き合いが苦手な方なのだ。
 こんなあからさまに警戒を示す人々の心に取り入る事など、サラにはSランクの魔物を討伐するより困難な気がした。

 仕方なく、サラは当てもなく集落の中をひた歩いた。
 もしかしたら一人くらいは建物の外のいるかもしれない。

 そう大きくない集落の中を一通り歩き終わったサラは、自分の希望が絶望だったことを理解した。
 常に建物中からサラのことを見つめる視線は消えないものの、誰一人として建物の外を歩く者も、建物から出てくる者も居なかった。

「もう! なんなのよ! みんなして!」

 ソフィとパーティを組んでからは、見知らぬ人との交渉事は、ソフィが率先してやってくれていた。
 また、最近になって父のカインと共に行動するようになってからは、カインに全て任せておけばいいという、安心の中にいた。

 久しぶりの一人のプレッシャーによるストレスに耐えかねたのか、サラは大きな悲鳴に近い声を上げ、突如近くの建物の戸を強く叩き始めた。

「ちょっと! 居るのは分かってるんだからね! さっきから人の事じろじろと! そんなに私の事が気になるんだったら、顔くらい見せたらどうなの?!」

 なおもサラは戸を叩き続ける。
 細腕とは言っても、れっきとしたSランクの冒険者が何度も腕を振るえば、作りの悪い戸など、一溜りもない。

 とうとう戸は、サラが繰り出す衝撃に耐えかね、蝶番ごと外れてしまった。
 大きな音と共に戸は内側へと倒れ、遮るものが無くなった入口は、中で怯える住人達をサラの眼前へと晒した。

「あ……あの、その。ごめんなさい……」

 思わぬ出来事に、我に返ったサラはバツが悪そうに謝罪をするが、住人達は無言でサラを見据えるだけだった。
 その様子をまじまじと見つめたサラは、あることに気付いた。

 親子だろうか、壮年の男女とサラと同い年くらいに見える妙齢の女、その誰もが正気ではなかったのだ。
 先程から感じていた視線同様、彼らの目は虚ろで、サラの方を見ているが、その焦点は何処に合っているのか定かではなかった。

 怯えているように見えるが、先程から一言も発せず、また逃げるでもなく、ただただ三人がひと所に集まって、こちらを見つめているだけなのだ。
 サラはふと、自分の懐にしまい込んでいる、ペンダントを取り出した。

 カインがプレゼントしてくれたミスリル製のそれは、身に付けた者の状態異常を防ぎ、また解除する効果があった。
 以前、このペンダントの力によって、呪いの力によって犬に姿を変えられてしまった哀れな王子を、元の姿に戻してあげたことがある。

 サラは首からそのペンダントを外し、先程から動くことの無い住人へと近付き、最も近くにいた若い女性の首にそのペンダントをかけてやった。
 サラがそうする間も、その場から動くことなくただサラの方に目線を向けていた女性の目に、正気の色が宿ったのが分かった。

 女性は、驚いた様子で辺りをきょろきょろと見渡し、やがて自分に起こったことに理解が追いついたのか、サラの方をしっかりとした目付きで見据えた。
 サラもやっとまともの話が出来そうな足がかりが出来たことに安堵し、女性の目をしっかりと見つめ返した。

「えーっと、初めまして。私の名前はサラ。ここからずっと東の街出身の冒険者よ。あなたの名前は?」
「アイリ。あの、助けてくれたのよね。ありがとう」

 助けてくれた、と口にしたということは、正気に戻る前の記憶も残っているようだ。
 サラは、説明を聞くのであれば複数からの方がいいだろうと、アイリと名乗った女性の両親と思われる男女も、先に正気に戻ってもらうことにした。

「アイリさん。あなた達に何が起こったか知りたいのだけど、まずはそこの、ご両親かしら? 二人も正気に戻してあげたいの。あなたの首にかけたペンダントを、同じように二人にもかけてもらえる?」
「このペンダントを?」

 アイリは自分の首にかかった見覚えのないペンダントを不思議そうに見つめた後、今なお虚ろな目付きで二人を見つめる壮年の男女の首に順番にそれをかけた。
 アイリの時と同様に、ペンダントをかけられた二人は順々に正常な顔付き戻っていった。

「さて、三人が正気を取り戻してくれたところで、早速ですが何があったのか、教えてください」
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