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第3章
第45話
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「いいぞ」
そう言うとルークはその場から身を引いた。
ルークが先ほどまで立っていた場所を見ると、木々の間に一枚の布が張られていた。
「分かった。いっくよー」
ララが、短く呪文を唱える。杖先から大人の頭程度の大きさの火の玉が発せられ、布へ向かって飛んでいく。
火の玉は布にぶつかると、何事もなかったかのように消え失せた。残された布は先ほどと同じく汚れ一つ付かずに残っていた。
「えー。うっそー。それただの布でしょー。むー。カンちゃんめー。見てろー」
ララは集中を高め、高度な魔法を使うための詠唱を始めた。
「黄昏の女王、破壊の力よ、我らが宿敵に無慈悲なる一撃を」
ララが魔法を唱えると、今度は杖先に先ほどの10倍はある大きさの炎が出現し、それは瞬く間に先ほどと同じ大きさに収縮していった。
赤というよりも白に近い輝きを放つ炎球が、旗のようにたなびいている布に当たり爆ぜた。
爆音が鳴り響き、布を括り付けていた周囲の木々は跡形もなく吹き飛んだ。
砂埃が舞い、辺りの視界を遮る。カインがとっさに放った魔法により、周囲への影響は限定的のようだ。
「げほっ、げほっ! てめぇ、ララ! なんて魔法使いやがる! ちったあ周りのことを考えろ!」
「ちょっと、ララ。さすがに今のはやり過ぎよ。って、あら? あそこに落ちてるの、そうかしらね?」
舞っていた砂埃が落ち着いてきて、視界が少しずつ良好になってきた。
先ほど布があった少し後方の地面に、件の布が落ちているのが見える。
ミューは近付き、布を拾いあげると感嘆の声を上げた。
予想に反して、ララの最上級の魔法を受けても、布は砂埃で汚れはしたものの、穴一つ空くことなく、炎球の熱により燃えたり焦げたりした痕も見られなかった。
「おいおい。まじかよ。ミュー、その布ちょっと持ってろ」
ミューが両手で布を張るように持つ。
次の瞬間ルークの鋭い一撃で、布は半分に切り裂かれていた。
「ふむ。強度自体が上がっているってわけじゃないんだな」
「おいおい。それを作るのだって大変なんだぞ。まぁ、今回は炎の精霊魔法の付与のみで、単純な強度上昇の付与は付けてないからな。炎による攻撃はほぼ無力化できるが、それ以外なら子供でも切り裂けるだろうさ」
「くっそー。カンちゃん。どんだけ凄いのよー。今の魔法、鉄だって溶かすのに・・・」
「だから、そういう魔法を何の前触れもなく使うんじゃねぇって、いっつも言ってるだろうが!」
てへっと舌を出す姿はまるで子供のようだが、これでれっきとした年長者なのだから質が悪い。
しかし、ルークの関心はララではなく、たった今切り裂いた布に向けられていた。
「これは注目を浴びそうだが、実際どのくらい持つもんなんだ? 売るっていうことはあっちの手に渡るってことだ。これからぶちのめそうっていう相手を強化させちまったら意味がない」
「そうだな。今までしっかり試したことはないが、付与魔法は徐々にその効果を弱めていくようだ。特に強化のようなものの低下は、魔物避けなどに比べて随分と早いと思うが、それでも最大の効果を1週間くらい保つことはできるんじゃないかな。魔法のかけ方によるけれどね」
「そんなに長いのか。効果が弱まると言っても、急激に効果が無くなることはないんだろ? まぁ。この布なら、ララの得意の炎魔法が全く使えなくなるが、斬撃が有効ならそれほど問題にならんかもしれん。カイン、これと同じものをもう一度作ってくれるか?」
「ああ、それじゃあ、どうせならもう少し柄も上等なのを用意しようか。古代の遺跡から発見したって触れ込みにするなら、見た目もそれっぽい方がいいだろう?」
「ああ。そこらへんは全部お前に任せるぜ。金は足りるか?」
「大丈夫だよ。ルーク達が俺の分け前として取っておいてくれた金がたんまりあるからね。それにしても本当にいいのか? 実際のところ、俺は何もしていないんだぞ?」
「何を言ってる。細かいところが違っても、今までカインの魔法のおかげで俺らが強化されていたのは間違いないだろうが。それにこれからもな。だから、それはお前の正当な取り分だ。文句言わずに受け取るんだな」
「分かった。ありがとう。あんな大金、何に使うか分からないが、有効に使わせてもらうよ」
カインは付与魔法をかけるための適当な布を求めて、街の方へと歩いて行った。
◇
「本当、タイミングが悪いわね。これからどうしようか」
「今日一日かけて一台も見つからなかったってことは明日も無理でしょうね」
オスローからコルマールまで向かう馬車を探して、街にある乗り場に出向いた5人は、残念なことに目的の馬車を見つけることが出来なかった。
というのも、すでにコルマール行きの馬車は満員で、稼ごうと臨時に向かうことにした馬車も含めて、5人が乗れる馬車は一台もなかったのだ。
なんでも、近々開かれるという博覧会に参加したり、見学したりする人が大勢いるのだという。
どうやらコルマールの主がとんでもないことを言い出したらしい。
「それにしても国の中に国があるなんて不思議よねー」
サラは目の前に並べられた皿から、自分の食べたいものをつまんで食べながらそう言った。
一日中馬車を探して奔走し、結局見つからず日も暮れ始めたので、今日はおとなしく食事をしながら、今後のことを話し合うことにしたのだ。
ちなみに、今日の食事のメインは、この地方独特の食べ方である、大きめに焼かれた動物の肉を、大人の男性の手の平ほどの大きさの葉野菜の上に置き、香草や薬味などを乗せて、そのまま葉野菜で包み、黒に近い色をした甘辛い味のするタレを付けて食べる料理だった。
その他に根菜を薄く切り、甘酸っぱい汁につけたものや、葉野菜や根菜を甘辛い汁に長い間漬けたものなど、色々な料理が小さな皿に盛られ、所狭しと並んでいる。
「コルマールが独立したのが今から5年ほど前になりますから、私達があまり詳しくなくてもしょうがないですね。冒険者になる前の話ですから。そもそもコリカ公国はセレンディアのあるべリア王国とは別の国ですから、知らなくてもしょうがないですよ」
「でも、あまりいい噂聞かないからね。お父さんがそこに居ないなら、私はわざわざ行きたいと思わないかな」
「そうは言っても、結局カインさんが居るから、そこに行かないわけにはいかないでしょう? もうこうなったら歩くしかないわね。馬車がいつ見つかるか分からないし」
「そうね。ソニア達はどうするの? 元々そんな大した用事でもないんだから、わざわざ私達についてこなくてもいいのよ?」
「いえ! ご一緒させてください! ソフィさん達とゆっくり旅を出来るなんて、二度とない好機・・・じゃなかった、機会ですから!」
「ちょっとアレックス、なんか聞こえたわよ。サラさん、アレックスの冗談は放っておいて、予定通りご一緒させてください。お二人の姿を近くで見られる格好の機会ですから。これで、少しでもお二人の強さの秘密が分かれば、私達ももっと強くなれると思うんです」
「そう。それならこれからしばらくよろしくね」
「はい! こちらこそ! よろしくお願いします!」
4人が話している間、マークはこの地方の流行りの飲み方だと教えてもらった、発泡する琥珀色の比較的度数の低い酒と無色透明な度数の高い酒を同じコップの中に入れ、コップの底を勢いよく叩いて一気に泡を発生させた後、コップの中身を一気に飲み干すという、変わった飲み方を繰り返しており、すでに前後不覚に陥っていた。
教えてくれた地元の人の話によると、度数のわりに飲みやすいとのことだったが、そんな飲み方をすれば、すぐに酔いが回るのは至極当然だった。
ソニアがマークの失態に悪態を付きながら、アレックスに担がせ、宿に向かった。
すでに日は完全に落ちていて、薄暗い月明かりの中を歩くサラの耳に、何処からともなく遠吠えが聞こえた気がした。
そう言うとルークはその場から身を引いた。
ルークが先ほどまで立っていた場所を見ると、木々の間に一枚の布が張られていた。
「分かった。いっくよー」
ララが、短く呪文を唱える。杖先から大人の頭程度の大きさの火の玉が発せられ、布へ向かって飛んでいく。
火の玉は布にぶつかると、何事もなかったかのように消え失せた。残された布は先ほどと同じく汚れ一つ付かずに残っていた。
「えー。うっそー。それただの布でしょー。むー。カンちゃんめー。見てろー」
ララは集中を高め、高度な魔法を使うための詠唱を始めた。
「黄昏の女王、破壊の力よ、我らが宿敵に無慈悲なる一撃を」
ララが魔法を唱えると、今度は杖先に先ほどの10倍はある大きさの炎が出現し、それは瞬く間に先ほどと同じ大きさに収縮していった。
赤というよりも白に近い輝きを放つ炎球が、旗のようにたなびいている布に当たり爆ぜた。
爆音が鳴り響き、布を括り付けていた周囲の木々は跡形もなく吹き飛んだ。
砂埃が舞い、辺りの視界を遮る。カインがとっさに放った魔法により、周囲への影響は限定的のようだ。
「げほっ、げほっ! てめぇ、ララ! なんて魔法使いやがる! ちったあ周りのことを考えろ!」
「ちょっと、ララ。さすがに今のはやり過ぎよ。って、あら? あそこに落ちてるの、そうかしらね?」
舞っていた砂埃が落ち着いてきて、視界が少しずつ良好になってきた。
先ほど布があった少し後方の地面に、件の布が落ちているのが見える。
ミューは近付き、布を拾いあげると感嘆の声を上げた。
予想に反して、ララの最上級の魔法を受けても、布は砂埃で汚れはしたものの、穴一つ空くことなく、炎球の熱により燃えたり焦げたりした痕も見られなかった。
「おいおい。まじかよ。ミュー、その布ちょっと持ってろ」
ミューが両手で布を張るように持つ。
次の瞬間ルークの鋭い一撃で、布は半分に切り裂かれていた。
「ふむ。強度自体が上がっているってわけじゃないんだな」
「おいおい。それを作るのだって大変なんだぞ。まぁ、今回は炎の精霊魔法の付与のみで、単純な強度上昇の付与は付けてないからな。炎による攻撃はほぼ無力化できるが、それ以外なら子供でも切り裂けるだろうさ」
「くっそー。カンちゃん。どんだけ凄いのよー。今の魔法、鉄だって溶かすのに・・・」
「だから、そういう魔法を何の前触れもなく使うんじゃねぇって、いっつも言ってるだろうが!」
てへっと舌を出す姿はまるで子供のようだが、これでれっきとした年長者なのだから質が悪い。
しかし、ルークの関心はララではなく、たった今切り裂いた布に向けられていた。
「これは注目を浴びそうだが、実際どのくらい持つもんなんだ? 売るっていうことはあっちの手に渡るってことだ。これからぶちのめそうっていう相手を強化させちまったら意味がない」
「そうだな。今までしっかり試したことはないが、付与魔法は徐々にその効果を弱めていくようだ。特に強化のようなものの低下は、魔物避けなどに比べて随分と早いと思うが、それでも最大の効果を1週間くらい保つことはできるんじゃないかな。魔法のかけ方によるけれどね」
「そんなに長いのか。効果が弱まると言っても、急激に効果が無くなることはないんだろ? まぁ。この布なら、ララの得意の炎魔法が全く使えなくなるが、斬撃が有効ならそれほど問題にならんかもしれん。カイン、これと同じものをもう一度作ってくれるか?」
「ああ、それじゃあ、どうせならもう少し柄も上等なのを用意しようか。古代の遺跡から発見したって触れ込みにするなら、見た目もそれっぽい方がいいだろう?」
「ああ。そこらへんは全部お前に任せるぜ。金は足りるか?」
「大丈夫だよ。ルーク達が俺の分け前として取っておいてくれた金がたんまりあるからね。それにしても本当にいいのか? 実際のところ、俺は何もしていないんだぞ?」
「何を言ってる。細かいところが違っても、今までカインの魔法のおかげで俺らが強化されていたのは間違いないだろうが。それにこれからもな。だから、それはお前の正当な取り分だ。文句言わずに受け取るんだな」
「分かった。ありがとう。あんな大金、何に使うか分からないが、有効に使わせてもらうよ」
カインは付与魔法をかけるための適当な布を求めて、街の方へと歩いて行った。
◇
「本当、タイミングが悪いわね。これからどうしようか」
「今日一日かけて一台も見つからなかったってことは明日も無理でしょうね」
オスローからコルマールまで向かう馬車を探して、街にある乗り場に出向いた5人は、残念なことに目的の馬車を見つけることが出来なかった。
というのも、すでにコルマール行きの馬車は満員で、稼ごうと臨時に向かうことにした馬車も含めて、5人が乗れる馬車は一台もなかったのだ。
なんでも、近々開かれるという博覧会に参加したり、見学したりする人が大勢いるのだという。
どうやらコルマールの主がとんでもないことを言い出したらしい。
「それにしても国の中に国があるなんて不思議よねー」
サラは目の前に並べられた皿から、自分の食べたいものをつまんで食べながらそう言った。
一日中馬車を探して奔走し、結局見つからず日も暮れ始めたので、今日はおとなしく食事をしながら、今後のことを話し合うことにしたのだ。
ちなみに、今日の食事のメインは、この地方独特の食べ方である、大きめに焼かれた動物の肉を、大人の男性の手の平ほどの大きさの葉野菜の上に置き、香草や薬味などを乗せて、そのまま葉野菜で包み、黒に近い色をした甘辛い味のするタレを付けて食べる料理だった。
その他に根菜を薄く切り、甘酸っぱい汁につけたものや、葉野菜や根菜を甘辛い汁に長い間漬けたものなど、色々な料理が小さな皿に盛られ、所狭しと並んでいる。
「コルマールが独立したのが今から5年ほど前になりますから、私達があまり詳しくなくてもしょうがないですね。冒険者になる前の話ですから。そもそもコリカ公国はセレンディアのあるべリア王国とは別の国ですから、知らなくてもしょうがないですよ」
「でも、あまりいい噂聞かないからね。お父さんがそこに居ないなら、私はわざわざ行きたいと思わないかな」
「そうは言っても、結局カインさんが居るから、そこに行かないわけにはいかないでしょう? もうこうなったら歩くしかないわね。馬車がいつ見つかるか分からないし」
「そうね。ソニア達はどうするの? 元々そんな大した用事でもないんだから、わざわざ私達についてこなくてもいいのよ?」
「いえ! ご一緒させてください! ソフィさん達とゆっくり旅を出来るなんて、二度とない好機・・・じゃなかった、機会ですから!」
「ちょっとアレックス、なんか聞こえたわよ。サラさん、アレックスの冗談は放っておいて、予定通りご一緒させてください。お二人の姿を近くで見られる格好の機会ですから。これで、少しでもお二人の強さの秘密が分かれば、私達ももっと強くなれると思うんです」
「そう。それならこれからしばらくよろしくね」
「はい! こちらこそ! よろしくお願いします!」
4人が話している間、マークはこの地方の流行りの飲み方だと教えてもらった、発泡する琥珀色の比較的度数の低い酒と無色透明な度数の高い酒を同じコップの中に入れ、コップの底を勢いよく叩いて一気に泡を発生させた後、コップの中身を一気に飲み干すという、変わった飲み方を繰り返しており、すでに前後不覚に陥っていた。
教えてくれた地元の人の話によると、度数のわりに飲みやすいとのことだったが、そんな飲み方をすれば、すぐに酔いが回るのは至極当然だった。
ソニアがマークの失態に悪態を付きながら、アレックスに担がせ、宿に向かった。
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