辺境暮らしの付与術士

黄舞

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第2章

第26話

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 雲一つない澄み渡った青空の下、2人は木剣で稽古をしていた。稽古と言っても、サラが好きなように木剣を振り、カインがそれを時に受け、時には避けるだけの稽古だ。
 カーン、と小気味良い音が辺りに響く。
 もう何年も使い込んでいる木剣は、まるで新品のように滑らかで、かなりの強度で打ち合いをしているのにも関わらず、傷一つなかった。これもカインのお手製だ。

 サラが素早く上段から木剣を振りぬき、絶妙な距離で躱されたのを見るや、その勢いを利用して体を前に滑らし、今度は体の遠心力を利用して横にないだ。
 カインは危なげなくそれを受けると、木剣がぶつかる瞬間に体を浮かばせ、衝撃の力を利用し距離をとる。
 サラは勢いを殺さぬまま、斜め下から切り上げ、それも受けられると、一瞬にして腕を後ろに引き、素早く突いた。
 カインはまるで分かっていたかのように、片足を後ろに大きく引き、体を横にすることによって、その刺突を避けた。

 ソフィは驚愕していた。何度もサラと一緒に行動していたソフィは、今のサラが決して手を抜いているわけではないことが分かっていた。
 サラは力ではなく、素早さや全身のバネ、遠心力などの勢いを利用した攻撃を得意としている。

 その技術はSランクにふさわしく、仮にサラの愛用している長剣がなくても、十分に高ランク冒険者として活躍出来る程だ。
 その苛烈な攻撃をサラの父、カインはまるで事も無げに受けきっていた。それは驚くべきことだった。
 恐らくセレンディアの冒険者の中でも、サラの本気の攻撃を受けられる者はそうはいないだろうとソフィは思っていた。
 現役だったとしてもかなりの高齢にあたるカインが、ましてやとうの昔に引退した魔術師が、稽古とはいえ相手になるなどとは思ってもみなかった。

 サラは打ち込みながら満面の笑みを浮かべていた。父との稽古が楽しくてしょうがなかった。
 そもそも人を相手に稽古をするのはほぼ3年ぶりだった。
 冒険者になって間もなく、サラは勇気を振り絞って、同ランクの冒険者に打ち合いの稽古を頼んだ。
 その冒険者は下心もあったのだろうが、快諾し、そして大怪我を負った。
 サラの最初の一撃、小手調べのつもりで軽く放った一撃を、避けることも受けることも出来ずにまともに食らったのだ。

 以来、サラは独りで稽古を続けてきた。父に指摘された動きを思い浮かべながら、より速く、より正確に繰り出せるよう、何度も剣を振った。
 ランクが上がり、恐らく今なら同ランクで稽古の相手を探そうと思えば見つかるかもしれないが、それをするだけの社交性をサラは持っていなかった。

 父はサラが好きなように動いても、問題なく避け、受けてくれた。傍から見ていたシャルルの目には、まるで事前に相談があった演武でも見せられているような錯覚を覚えたに違いない。
 サラが攻撃を繰り出すよりも少し前に、すでにカインは動き始め、木剣が打ち出される先へと自分の木剣を構えているのだ。
 サラはずっとこうしていたいと思いながら、今までよりもさらに速度を上げて打ち込んだ。

 そんなカインだが、内心かなり焦っていた。さすがにSランクになっただけのことはあると思っていた。
 あえて顔に出さず、平然と相手をしているように見せていたが、カインは自身の持てる全てをそこに注ぎ込んでいた。
 補助魔法による全身の強化、魔力探知による先読み、そのどちらが欠けてもサラの相手など出来なかった。
 そもそもカインは年老いた魔術師なのだから、剣の打ち合いなど得意なわけもなく、身体能力でいえば駆け出しの剣士にも劣った。

 いくら同ランクの剣士に比べ力がない方だとは言え、サラの剣撃の勢いは凄まじく、そのままの身体能力ならば、受けた瞬間に木剣を吹き飛ばされていただろう。
 また、勢いもさることながら、その流れるような絶え間のない素早い攻撃は、事前に察知できていなければいくら身体強化したとは言え、到底避けられるものではなかった。

 長年サラの稽古相手をしていたこともカインに有利に働いていた。サラの癖をよく知っているのだ。
 魔力探知に加え、サラの動きの癖を熟知しているおかげで、かなりの精度で先読みが出来た。さらにその流れるような美しいとさえ思える無駄のない動きも先読みの手助けとなっていた。
 対人の稽古をカイン以外にやってこなかったサラの動きは、よく言えば無駄がなく、悪く言えば分かりやすかった。動きに虚実がないのだ。

 それでも、カインがサラの動きについていくのはやっとのことで、少しでも集中力を切らせばたちまち打ち破られてしまうほどだったが、カインは平然とした表情で相手を続けていた。
 理由は簡単で、娘にいい格好をしたかったのだ。いつか来るその日までは、父は偉大だと虚勢を張りたかったのだ。

 何とか今回はサラが満足するまで、父の威厳を保てたカインは安堵し、恐らく二日後に来るであろう筋肉痛を考え、まだ痛くもない腰を擦っていた。
 危ないからと稽古の前に少し離れた地面に置いておいたマチを拾いに行く。普段はカインの右肩が特等席だ。
 マチに近づくとすーすーと寝息が聞こえてくる。どうやらマチは2人の稽古を見ている内に、飽きて寝てしまったようだ。



「ところで、もうすぐ収穫祭があるけれど、2人はいつまでこの村にいるつもりだい?」
「ああ。そういえば、もうその時期なのね。せっかくだし、祭りが終わるまでは村に居ようかしら。どう? ソフィ」
「お祭りがあるの? 素敵ね。何か美味しいものが食べられるかしら」

 秋の収穫を祝い、来年の豊作を祈願する収穫祭は村の数少ない娯楽の一つだった。村総出で準備を行い、全員で神に感謝し、祭りを楽しみ騒ぐ、そんな行事だ。

「シャルルさんはいつまでいらっしゃるつもりですか?」
「えーと、そうね。その収穫祭というのはいつ開催されるのかしら?」
「ちょうど10日後ですね」
「それなら私もそれまで残ろうかしら。見れば見るほど興味のわく村だし。それにサラとソフィも一緒にセレンディアまで同行してくれるなら、道中の安全も確保できるし。2人も乗り継いで帰るよりもずっと早く帰れるのだから一石二鳥じゃない?」

「え? いいの? シャルル。お店の方のこととか心配にならない?」
「大丈夫よ。御者に頼んで町に行って本店への連絡をしてもらえば、問題はないわ。それに最近働き詰めだし、たまの休暇も必要よ」
「そうですか。私も娘が3人に増えたみたいで楽しいですし、好きなだけ滞在してください」

 その後、3人は収穫祭の準備の手伝いをしたり、サラの思い出の場所へ行ったりと普段とは違うのんびりとした日常を堪能した。
 サラは毎日のようにカインに稽古をせがみ、ソフィはマチの観察を続け、シャルルは村の作物などを値踏みしながらそれぞれが楽しく充実した日々を過ごした。



 村中が活気に沸いていた。この日ばかりは外からほとんど人の来ることのない村にも、近くの村や町からちらほらと人が訪れていた。
 村の広場には普段は祠に祭られているご神体が飾られ、村の司祭役が祝詞を述べていた。脇には今年収穫された数多くの作物が納められていた。

 カイン達も収穫祭を楽しんでいた。すると、突然村の入り口辺りが騒がしくなった。
 何事かと目を合わせながら、全員で騒ぎのもとへと足を運んだ。どうやら噂の領主代行が視察に来たらしい。

「どうやら収穫は無事に済んだようですね。それで、決められた税は納められそうですか?」

 領主代行は対応しているウィルに向かってそう聞いた。

「はい。すでに用意は済んでおります。こちらがその目録で」

 収穫を終え、出来高が分かった後、ウィルはすぐに今年の納税の目録を作っていた。その目録を見た領主代行は目を見開いた。

「小麦の量は例年通りとして、残りは金で払うとありますがこれは?」
「はい。こちらのシャルルさんに、村で取れた羊毛の買い取りの約束を取り付けてもらいまして。代行様の仰る通り、この村の羊毛はそれなりの金額で売れました。その代金で納税いたします」
「そうか、ならば問題ないでしょう。期日は例年通り。滞りなく納める様に」

 澄ました顔付きで領主代行は村を後にした。その時サラはあるものに気付いた。
 まだ秋とはいえ、この時期の村は冷えた。領主代行も外套の中に温かめの服を着ているようだ。その服にサラは見覚えがあった。
 今は亡きジョセフが立ち上げ王侯貴族に人気のブランドのものだった。

 サラはカインにそのことを耳打ちする。なるほど、と領主代行の真意を理解したカインはウィルにそのことを告げた。
 ウィルは「なるほど、今度の領主代行様には感謝しないと」と笑い、近くにいた村人達に真相を説明した。そのことは瞬く間に村中に広がり、村人達は領主代行に感謝しながら、いつもより盛大に収穫祭を祝った。
 村の外から来た人々は、ひどくご機嫌な村人達の様子を少し不思議に思いながら、一緒に収穫祭を楽しんだ。
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