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第1話【今日の謎は?】
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「佐久間くん、ちょっといいかね?」
「はい? 何でしょう?」
会長に呼ばれて私は席を立ち、その手招きに誘われて同じフロアにある小会議室へと向かいます。その途中に鏡の様になったロッカーの扉に写る自分を見てしまいました。
そこに映るのはとうとう四捨五入すれば40の声が聞こえた、よれっとした作業服を着たおじさんです。見慣れた顔ではありますが、我ながら幸薄そうな顔にため息が出てしまいます。
「まぁ、座ってくれ。ああ、扉は閉めてくれよ? それで話というのはだな……」
「はぁ……会長、また例の道楽ですか?」
「そうなんだ! なんだ。そんなにいやそうな顔をするな。俺の楽しみの一つなんだから」
「会長がどのような趣味をお持ちになろうと私は一向にかまいませんけれど。それに私を巻き込むのは止めてくださいよ」
私は大きくため息をつきました。まぁ呼ばれたときに大方の予想はついていましたから今更な気もしましたが、今回も会長の趣味に無理矢理付き合わされることになりそうです。
これでまた私を奇異に見る目が一層強くなりそうです……。
「まぁそういうな。佐久間くんのおかげで俺もなかなか鼻が高い。最近では結構話題になっていてな。今回も先方から是非! と呼ばれたんだ」
「はぁ。それは結構ですね。それで、私が断っても無駄なんでしょう。話というのはなんでしょうか?」
会長は私の言葉に嬉しそうに目を細めて口元は緩んでいます。よほどこれから話すことが楽しいご様子。
齢80の声ももうすぐだというのにお元気なことです。この元気は見習わないといけません。
「それで、話というのはだな。この前テニスで知り合った有名な菓子メーカーの社長の奥さんの依頼なんだが。どうやら、大切にしていたネックレスが盗まれたらしい」
「はぁ……窃盗ですか。それはすぐに警察に連絡した方がいいですね」
「まぁ、聞け。そのネックレスなんだが、価値はそんなにないらしい。なんでもまだ会社が大きくなる前に社長が初めて得た給料でプレゼントしたものなんだとか。奥さんにとっては大切な思い出が詰まった品らしいが、それがある日忽然と消えてしまったらしい」
会長の話はその後、社長と初めて会った時の白熱したテニスの試合とか、社長夫婦の一人娘は現在アメリカに在住で孫を連れて里帰り中だとか、色々な方向に話題が飛び長くなってしまったのでここでは割愛させていただきます。
要約するとこういうことでした。
社長の奥方が大切にしている真珠のネックレスがある日を境に突如無くなってしまった。
今でもそのネックレスは頻繁に使用していて無くなったのに気付いた前日も着用していたので盗まれた日は特定できている。
その日家に居たのは社長夫婦と里帰りしている一人娘とその息子、後は毎日家の世話をお願いしている住み込みの家政婦さん。
少なくとも敷地に設置している防犯カメラの映像を見た限りでは他に出入りした人はいない。
はてさて、この中にネックレスを盗んだと思われる犯人がいるようですが、今の情報では私にはさっぱりです。
止めてください会長。そんな期待した目で私を見るのは。私は超能力者とかじゃないですからね?
「そもそも盗んだのがその日家に居た誰かだとして、動機が全く分からん。奥さんの話ではすぐ近くに明らかにもっと価値のありそうな指輪や他のネックレスが飾ってあったそうだが、それは一つも手を付けられていなかったらしい」
「奥方以外もそのネックレスを大切にされていたということはご存じだったんですか?」
「そうだろうな。それはそれは大切にして、ことある毎に着けていたらしいから」
「うーん。困りましたね……全く分かりません。ということで、会長。諦めてください。私は業務に戻りますね」
そういって私が席を立とうとしたら、会長はとんでもないことを言い出します。
「何を言っているんだ。そういうと思ってこれから社長の家に状況を確認しに佐久間くんを連れていくと伝えているんだから。さっさと出かける準備をしなさい。ああ、例のように君の仕事は他の誰かに割り振るよう部長の金崎くんには予め伝えておいたから」
止めてください。ただでさえ低い私の評価がこれ以上下がったらどうするんですか!!
叫んでも無駄なのは分かっていますから、諦めて作業服の上着を取りに自分のデスクに戻ります。
うぅ……そんな目で見ないで下さい。私だって業務がしたいんです。仕事を押し付けられた人、ごめんなさい。
「また会長と外回りですか? 佐久間さん。営業でもないのに相変わらず不思議ですね。何処で何をしているのやら……」
「そうなんですよ。伊藤さん。私も好きでやっているわけじゃないんですけどね。いやだなぁ。そんな目で見ないで下さいよ」
伊藤さんは私のウン歳ほど年上のお方ですが、最近、というよりもずいぶん前から会長と仲良く出かけている私のことが気になるご様子。
私だって好き好んでこんなことしてる訳じゃないんです。分かってください!
「すいません。社用車のカギ借りていきます……」
「はーい。またですか? 佐久間さん。何処に行っているのか知りませんが、履歴消すときは気を付けてくださいね? この前戻ってきた時、登録してた目的地が全部消されてたって営業の人がカンカンでしたよ」
あぁ! そういえばこの前うっかり消してしまったんでした。
バレないと思ったらバレていたんですね。
「すいません! 今度謝っておきます」
「あはは。私に謝らなくてもいいですよ。はい。鍵です」
私はお礼を言って会社の前に止めてある車に乗り込みます。
もちろん助手席には会長が座ってます。止めてください。この車禁煙ですよ?
電子タバコを吸いながら話しかけてくる会長の言葉に適当に相槌を打ちながら、私は会長に手渡された紙に書いてある住所をナビに入れて車を走らせました。
「はい? 何でしょう?」
会長に呼ばれて私は席を立ち、その手招きに誘われて同じフロアにある小会議室へと向かいます。その途中に鏡の様になったロッカーの扉に写る自分を見てしまいました。
そこに映るのはとうとう四捨五入すれば40の声が聞こえた、よれっとした作業服を着たおじさんです。見慣れた顔ではありますが、我ながら幸薄そうな顔にため息が出てしまいます。
「まぁ、座ってくれ。ああ、扉は閉めてくれよ? それで話というのはだな……」
「はぁ……会長、また例の道楽ですか?」
「そうなんだ! なんだ。そんなにいやそうな顔をするな。俺の楽しみの一つなんだから」
「会長がどのような趣味をお持ちになろうと私は一向にかまいませんけれど。それに私を巻き込むのは止めてくださいよ」
私は大きくため息をつきました。まぁ呼ばれたときに大方の予想はついていましたから今更な気もしましたが、今回も会長の趣味に無理矢理付き合わされることになりそうです。
これでまた私を奇異に見る目が一層強くなりそうです……。
「まぁそういうな。佐久間くんのおかげで俺もなかなか鼻が高い。最近では結構話題になっていてな。今回も先方から是非! と呼ばれたんだ」
「はぁ。それは結構ですね。それで、私が断っても無駄なんでしょう。話というのはなんでしょうか?」
会長は私の言葉に嬉しそうに目を細めて口元は緩んでいます。よほどこれから話すことが楽しいご様子。
齢80の声ももうすぐだというのにお元気なことです。この元気は見習わないといけません。
「それで、話というのはだな。この前テニスで知り合った有名な菓子メーカーの社長の奥さんの依頼なんだが。どうやら、大切にしていたネックレスが盗まれたらしい」
「はぁ……窃盗ですか。それはすぐに警察に連絡した方がいいですね」
「まぁ、聞け。そのネックレスなんだが、価値はそんなにないらしい。なんでもまだ会社が大きくなる前に社長が初めて得た給料でプレゼントしたものなんだとか。奥さんにとっては大切な思い出が詰まった品らしいが、それがある日忽然と消えてしまったらしい」
会長の話はその後、社長と初めて会った時の白熱したテニスの試合とか、社長夫婦の一人娘は現在アメリカに在住で孫を連れて里帰り中だとか、色々な方向に話題が飛び長くなってしまったのでここでは割愛させていただきます。
要約するとこういうことでした。
社長の奥方が大切にしている真珠のネックレスがある日を境に突如無くなってしまった。
今でもそのネックレスは頻繁に使用していて無くなったのに気付いた前日も着用していたので盗まれた日は特定できている。
その日家に居たのは社長夫婦と里帰りしている一人娘とその息子、後は毎日家の世話をお願いしている住み込みの家政婦さん。
少なくとも敷地に設置している防犯カメラの映像を見た限りでは他に出入りした人はいない。
はてさて、この中にネックレスを盗んだと思われる犯人がいるようですが、今の情報では私にはさっぱりです。
止めてください会長。そんな期待した目で私を見るのは。私は超能力者とかじゃないですからね?
「そもそも盗んだのがその日家に居た誰かだとして、動機が全く分からん。奥さんの話ではすぐ近くに明らかにもっと価値のありそうな指輪や他のネックレスが飾ってあったそうだが、それは一つも手を付けられていなかったらしい」
「奥方以外もそのネックレスを大切にされていたということはご存じだったんですか?」
「そうだろうな。それはそれは大切にして、ことある毎に着けていたらしいから」
「うーん。困りましたね……全く分かりません。ということで、会長。諦めてください。私は業務に戻りますね」
そういって私が席を立とうとしたら、会長はとんでもないことを言い出します。
「何を言っているんだ。そういうと思ってこれから社長の家に状況を確認しに佐久間くんを連れていくと伝えているんだから。さっさと出かける準備をしなさい。ああ、例のように君の仕事は他の誰かに割り振るよう部長の金崎くんには予め伝えておいたから」
止めてください。ただでさえ低い私の評価がこれ以上下がったらどうするんですか!!
叫んでも無駄なのは分かっていますから、諦めて作業服の上着を取りに自分のデスクに戻ります。
うぅ……そんな目で見ないで下さい。私だって業務がしたいんです。仕事を押し付けられた人、ごめんなさい。
「また会長と外回りですか? 佐久間さん。営業でもないのに相変わらず不思議ですね。何処で何をしているのやら……」
「そうなんですよ。伊藤さん。私も好きでやっているわけじゃないんですけどね。いやだなぁ。そんな目で見ないで下さいよ」
伊藤さんは私のウン歳ほど年上のお方ですが、最近、というよりもずいぶん前から会長と仲良く出かけている私のことが気になるご様子。
私だって好き好んでこんなことしてる訳じゃないんです。分かってください!
「すいません。社用車のカギ借りていきます……」
「はーい。またですか? 佐久間さん。何処に行っているのか知りませんが、履歴消すときは気を付けてくださいね? この前戻ってきた時、登録してた目的地が全部消されてたって営業の人がカンカンでしたよ」
あぁ! そういえばこの前うっかり消してしまったんでした。
バレないと思ったらバレていたんですね。
「すいません! 今度謝っておきます」
「あはは。私に謝らなくてもいいですよ。はい。鍵です」
私はお礼を言って会社の前に止めてある車に乗り込みます。
もちろん助手席には会長が座ってます。止めてください。この車禁煙ですよ?
電子タバコを吸いながら話しかけてくる会長の言葉に適当に相槌を打ちながら、私は会長に手渡された紙に書いてある住所をナビに入れて車を走らせました。
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