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第30話 高貴な方

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 次の女性は、背中に大きな筋状の火傷の痕が等間隔に並んでいた。
 聞けば、小さな頃に暖炉の扉に背中からぶつかってしまったのだと言う。
 痕の程度はさっきの男性よりもずっと良い。

「これなら……二番の薬と一番の薬を一緒に塗りましょう。ハープ、お願いね」
「かしこまりました」
「あの……治るものなんでしょうか? もう何年も前の火傷なんです」
「絶対に良くなるわ……とまでは約束できないのが残念だけれど。最善は尽くすわ。薬を一度塗ればそれで終わりってわけじゃないから、良くなっていくか、一緒にみていきましょ?」
「分かりました。ありがとうございます」

 女性からお礼を言われ、笑顔で応える。
 次は小さな男の子で、手のひらがただれている子だった。
 四番の薬を多めに塗って、その上から細長く切った布を巻いていく。

「次に会うまで取らないでね?」
「分かった!!」

 男の子に聞くと、元気な返事。
 思わず笑顔になる。
 残りの人を順に見ていく。
 場所も程度も火傷を負ってからの年数も様々だったが、用意した薬の中で一番効果が出るだろうと思われる組み合わせで対応していく。

「さて……これでひとまず全員終わったわね。しばらく、何度も薬を塗っていく必要があるのだけど、どうすればいいのかしら」
「それにつきましては、こちらで対応して問題ないものは引き取ります。どのような処方をすれば良いかお教え願えますか?」
「分かったわ、カイオス。それなら、薬と、どうやって使うか書いたものを用意するから。後で渡すわね」
「かしこまりました。それではお部屋へお戻りいただきましょう。ご案内いたします」

 カイオスに促されて部屋を出て、自室へと向かう。
 戻ってから一度だけ大きく息を吐いて、ソファへと深く腰を沈ませた。

「お疲れですか?」
「違うの。さっきのことをどうすればいいのか考えていたのよ。考えれば考えるほど、私一人ではどうしようもないと思い知らされて嫌になっちゃうわ」
「先ほどのこと……ですか?」
「カイオスに言われたでしょう? 私がいくら望んだとしても、全ての人を治すことは叶わないんだわ」

 カイオスには屁理屈と言われた。
 それでもあのまま見過ごすことができなかった。
 それは私のわがままなのかしら。

「ビオラ様。お言葉ですが、ビオラ様が屋敷にいらっしゃった時のことを覚えてらっしゃいますか? 私の手が荒れているのを気付いたビオラ様は、軟膏を作ってくださいましたね?」
「ええ。そうね。よく覚えているわ。今では、ハープが自分で作っているけれど」
「その際に、私もあの男性と同じことを言いました。薬を買うお金などないと」
「そうだったわね。でも要らないと言ったのよね。今日みたいに」

 よく考えたら、私は今まで薬に対価を求めたこと自体ないんだわ。

「その時、天国にあるという特別な実の話も教えてくださいましたね」
「ええ。どんな病でも治す赤い実のことね」
「そんな実なんて要らないとビオラ様はおっしゃいました。薬作りが好きだからと。それでいいじゃありませんか」
「どういうこと?」

 ハープの話はどこへ向かうのだろうかしら。

「ですから。ビオラ様はこの国の侯爵夫人でらっしゃいます。そんな高貴な方であるビオラ様が、好きな薬作りで、ご自身が望むように人助けをする。そこにどんな文句が出てきましょうか」
「つまり……私はグラーベ侯爵夫人だから、好きに振る舞っていいってこと?」
「もちろんです! ビオラ様の行動に口を挟めるのは、オルガン様かもしくは王族の方々くらいです。まぁ、オルガン様が口を挟むところを想像するのは難しいですが。それになりより、素晴らしいじゃないですか」
「素晴らしい?」
「ええ。立場が上の方が、弱者に対して横柄に振る舞うところを何度も見てきました。ビオラ様はそんなことをなさらないどころか、救いの手を差し伸べるのですよ? これぞまさしく高貴な方というのに相応しいお姿だと思います」
「あまりにも褒めすぎじゃない? ハープ」

 確かに好きなことをしている。
 いえ……させてもらっているんだわ。
 オルガン様に。
 そして、ハープやシンバルをはじめとした屋敷の人たちに。
 それがどれだけ幸せなことなのかは、屋敷に来る前、オルガン様に嫁ぐ前の生活を思い出せば、いやというほど理解できる。
 そんな、好きなことをしている私を、ハープは今褒めちぎってくれているのだから、頬も紅くなる。

「いいえ! こんなものじゃ足りないくらいですよ! 大体なんですか! 一従者が、侯爵夫人に口答えするなんて! オルガン様にお伝えすればいいんです! あんな者の言うことなんて気にしてはいけませんよ!」
「分かった。分かったわ。ハープ。だから落ち着いて。そうね……オルガン様に相談してみたらいいんだわ」
「そうです! あんな従者、首にしてやりましょう!!」
「違うわ。カイオスのことはもういいのよ。彼の言うことも一理あると思うし。そうじゃなくて、今よりもっとたくさんの人を救うための方法よ。私が薬の作り方を教えて、薬を作れる人を増やすという話もオルガン様が考えてくださったのよ。今回のことも、もしかしたら良い考えを与えてくださるかもしれないわ」
「いいお考えですね。オルガン様はとても頭の良い方ですから。それに幅広い知識をお持ちですし」
「そうね。そうと決まれば、早速手紙のお返事に併せて書きましょう。あ! その前に……」
「その前に?」
「あの男性のための飲み薬を作らないと。原料を用意してもらわないといけないわね。カイオスに頼みましょう。あとは、薬の処方の仕方も用意しないと」

 扉の前に待機していたカイオスに必要な物を伝える。
 手配してもらっている間に、それぞれの人に合わせた処方を書いた。
 やるべきことは済んだので、オルガン様への手紙を書き始める。
 書きたいことは尽きないわ。
 愛しい人へ書く手紙だもの。
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