【第二部】薬師令嬢と仮面侯爵〜家族に虐げられ醜怪な容姿と噂の侯爵様に嫁いだ私は、幸せで自由で愛される日々を過ごしています

黄舞

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第29話 公平性

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「ちょっと待って」
 
 薬を塗り終えた後、元の位置に戻ろうとする男性を引き止めた。
 男性は不思議そうな顔をしながら、私と従者の顔を交互に見る。

「へぇ。なんでしょう?」
「膝を、左膝を見せてくれる? 痛むの?」
「へ? あ、いや……あの……」
「悪いところがあってもし治せるなら、そこも見ておきたいの。いいわよね?」

 私の提案にどうすればいいのか戸惑っている男性ではなく、一部始終を静かに見ている従者に視線を向け聞く。
 私の問いに、従者は無言のまま動かない。

「問題ないみたいよ。さぁ、見せて」
「へぇ……すんません……」
「謝ることなんてないのよ。まぁ! これは痛いはずだわ!」

 男性の歩き方が、左脚をかばっているようだったので、てっきり膝が悪いのかと思ったら違った。
 膝の裏から太ももにかけて広範囲に発疹ができていたのだ。

「触らなくても痛むの? それとも触らなければ痛くない?」
「何もしなくても痛ぇんですが、歩いたりして布が擦れるとそりゃあまた痛くて」
「ハープ。五番の薬を塗ってあげて。水疱を潰さないように気を付けてね。それと……飲み薬も必要ね。今手元に無いから、次までに用意しておくわ」
「とんでもねぇ! 薬なんて払う金ねぇです! 火傷の痕は実験だということで無料にしてもらえるから来たんです」
「まぁ! でも、これをそのまま放っておくともっと酷いことになるわ。お金なんて要らないわ」
「お待ちください。お言葉ですが」

 私の声を従者が遮った。
 振り返ると、困った顔の従者が近づいて来る。

「困ります。勝手なことをされては」
「まぁ! 勝手なことだなんて。さっき聞いた時は何も言わなかったのに」
「この者が言う通り、火傷の痕については国庫がその費用を全額負担します。しかし、それ以外については予定にありません」
「でもこの人は病気なのよ? このまま放っておくと言うの?」
「必要ならば、それ相応の処理をすべきでしょう。しかし、その費用は自身が支払うべきです」
「でも、それじゃあ、お金のない人はどうすればいいと言うの!?」
「何事にも対価は必要です。それが用意できないのであれば、それまででしょう」

 私と従者とやり取りに、男性はオロオロとし始めてしまった。
 こんな言い合いなんかしている暇があったら、さっさと部屋に戻ってこの男性のための薬を作ってあげたいのに。
 それにまだ火傷の痕の治療を待っている人たちもいるわ。

「対価は私が出します。それで構わないでしょう!?」
「もしここに百人の病気の者がいて、みな対価が払えない者たちだとしたら、貴女は全て支払うと言うのですか? 千人だったら? 一万人だとしたら? 一人だったら救うのに、他の者は救わないと言うのですか? 私の仕える方はこの国の王です。私がもし一人を特別視したら、公平性は保てません。小さな不満の種が国を傾ける力になりうることは歴史が証明しています。貴女にその責任が取れるとでも?」

 従者は諭すような口調で私に言う。
 百人だったら時間があればなんとかなるかもしれない。
 でも、千人は難しい。
 薬の材料の確保すら困難だわ。
 それに、作る時間だって。
 薬を買うとしたら、いくらになるのかしら。
 作ってばかりで買ったことなど一度もないから、実際の価格なんて知らないもの。
 それを支払うと言ったら、オルガン様はお許しになるかしら。
 千人でもこれだもの。
 一万人なんて考えられない。

「あなた、名前は?」
「申し遅れました。カイオスと申します。状況をご理解いただけましたか?」
「ええ。カイオス。とても示唆に富む、私にとって貴重な意見だったわ。ありがとう。それを踏まえて。私はこの男性を治療したいの。さっき言ったように対価は私が払うわ」
「ですから――」
「聞いて。もしあなたの言うように、この男性を治して、他の人たちを治さなかったら公平性が保てないかもしれない。でも、もし今後も他の人たちを治し続けたら、私が諦めるまでは公平性は保てるでしょう? それに――」

 私はカイオスの目をしっかりと見つめて、言葉を続ける。

「もしここでこの男性の治療をしなかったとして。今後私が他の人を一人でも対価を得ずに治療したとしたら、すぐに公平性が保てなくと思わない?」
「……多分に屁理屈ですが……その可能性は否定できませんね……」
「分かってくれたみたいね。さぁ。これ以上は時間がもったいないわ。私たちの目的は、火傷の痕を綺麗にすることなはずでしょう?」
「分かりました。ただし、上に報告はさせていただきます」
「ご自由に。待たせたわね。ということで、お金は気にしないでちょうだい。他のみんなも、もし体調に気になることがあったら、遠慮なく言ってね?」
「あ、あの。すみません……おらなんかのために。ありがとうごぜぇます」
「いいのよ。私は私のしたいことをしてるだけなんだから。それに、今塗ったのはあくまで応急処置で、飲み薬はまだ無いの。もう少しだけ痛みを我慢してね?」
「へぇ。ありがとうごぜぇます」

 お礼の言葉を述べながら、男性は元の位置へと戻っていく。
 代わりにその隣に立っていた若い女性が部屋の中央へと歩いてきた。

「待たせたわね。さぁ。患部を見せてちょうだい」
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