【第二部】薬師令嬢と仮面侯爵〜家族に虐げられ醜怪な容姿と噂の侯爵様に嫁いだ私は、幸せで自由で愛される日々を過ごしています

黄舞

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第27話 少しの恥ずかしさ(オルガン視点)

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「さきほどから落ち着きませんね。オルガン様。何か心配事でもあるのですか?」

 侍従の言葉にぎょっとする。
 俺はそんなに落ち着かなくしていただろうか。
 昨日トロン陛下と謁見してから、元々の予定を早めて王都でも執務に入った。
 王都での執務は、年に何度もあり、そのための居だって構えている。
 俺が働きやすいように設計された部屋の作りで、いつも通りの難しい判断は必要なものの、慣れた仕事をするだけ。
 今声をかけてきた侍従だって、その他の者だって、全員前々から勤めているよく知っている。
 落ち着かない要素など、今の俺にあるわけがない。
 あるとしたら……それは一つしか考えられない。

「ああ。そう見えるか? 気のせいだ。気にするな」
「そうですか? 先ほどから部屋の中を行ったり来たりと歩かれていますし、ため息も多いように感じますが……」
「気にするな。大丈夫だ。分かったな?」
「は、はい! かしこまりました」

 我ながら大人げない対応をしている自覚はあるが、なんだか指摘されればされるほど、そちらに意識が向いてしまう気がしてしまうのだから仕方がない。
 トロン陛下のことだ。
 まさか身の危険があるなどということはないと思うが、俺が落ち着かないのはそれが原因ではない所がまた、な。

「まいったなぁ……まさか、一日会えないと分かっただけで、こうも気になるものだとは……」
「何かおっしゃいましたか?」
「なんでもない。気にするな」
「はぁ……」

 仕方がない。
 気分を紛らわせるには、目の前の仕事に集中するほかあるまい。
 他にやることもないと言えばないのだから。
 机の上に積まれた書類の山から一枚取り、内容を読む。
 新しい鉱山が見つかったという報告の書類だ。
 これは最初からややこしいものを引いたものだ。
 新しい鉱山となれば、どのくらいの算出が見込めそうなのか調査が必要だし、そもそもその所有権や利益を誰に配分するのか、決めなければならない。
 ページをめくると、案の定、鉱山を見つけた者、口利きをした者、鉱山のある領地の領主や果ては一見全く関係のなさそうなものまで、それぞれの屁理屈に思えるような理由を述べ、自分の権利を主張している内容がずらずらと書かれていた。
 最終決定はトロン陛下がなさるが、その前の検分が俺の仕事だ。
 色々と人を動かさなければならないな……
 ああ面倒くさい。
 こんなもの、さっさとオリンにでも引き継がせて、俺は領地でビオラとゆっくりと暮らしていたいというのに。
 おっと……さっそく雑念が入ってしまった。
 まずはドラムを鉱山のある町に派遣させるか。
 俺はドラムに指示を記した手紙を書きあげると、侍従に渡す。
 他に必要な人の配置も簡単に書いておいたから、後はドラムが上手く進めてくれるだろう。
 目の前の書類に調査中である印をつけ、分類分けの木箱へと入れる。
 次の書類を取り、同じように処理をしていく。

「オルガン様。そろそろお夕食のお時間ですが?」
「うん? ああ……もうそんな時間か……まいったな。いつもの半分くらいしか終わってない。仕方ない。明日に回すか」
「よろしいですか? それではいつものように食堂へ」

 食堂に向かい椅子に座ると、いつもの通り食事が運ばれてくる。

「なんだか……今日の料理は味気ないな?」
「そうですか? 申し訳ありません。すぐに作り直させます」
「いや……いい。気のせいかもしれん」
「分かりました。それでは次をお持ちしますので」

 皿の中の料理にナイフを入れ、フォークで口に運ぶ。
 見た目も味付けもおかしなところは感じない。
 ふと、いつも隣で美味しそうな顔をしながら頬張るビオラの笑顔が浮かんだ。
 ああ……なんということだ。
 自分の感情に気が付き、少し恥ずかしく思いながら、咀嚼そしゃくを繰り返す。
 落ち着かないのはビオラが心配だったからだと思っていたのだが。
 それだけではどうやらなさそうだ。

 ☆

 次の日、朝早くに私宛に手紙が届いた。
 ビオラからだ。
 机の上の書類を脇に置き、手紙を一度置く。
 封はされているが、よく見ると一度開けた痕跡が残っている。
 さすがに中身に問題があることが書かれていないか確認はされるか……
 ペーパーナイフで封を開け、手紙を読む。
 そこに書かれていたのは、不自由なく過ごせていること、薬作りが楽しいこと、そしてハープが一緒なので安心していることなどが書かれている。
 読み進めて行くと、途中で目が止まる。
 俺に一日会えなかっただけで寂しいと思っていることなど、俺のことが何行も書かれていた。

「まいったな……」

 昨日からまいってばかりだが、この手紙は今までの人生で一番まいったかもしれん。
 最後まで読み、封筒に大事にしまう。
 ふと、あることに気が付き、手紙を鼻先に近付けてみた。
 あぁ……彼女の香りだ。
 いつも作っている薬に使われる様々な植物たち。
 それが混じり合った独特な芳香。
 以前その話をビオラにしたら、恥ずかしそうに俺に問いかけてきたのを思い出す。

『オルガン様は……その……もっと良い匂いがお好みでしょうか?』
『いや。この匂いはとても落ち着くよ。良い匂いだ』

 匂いを楽しんだ後、手紙に口づけをする。
 そうだ。
 返信を書かなければ。
 よく考えたら、ビオラから手紙をもらうのも、ビオラに手紙を書くのも初めてだな。
 手紙など今まで飽きるほど書いたというのに、書き出しから手が止まる。
 いつまでも書かずにいても仕方ないので、今の素直な気持ちを文字にしたためていく。
 書き終わり封をした後、従者を呼ぶ。
 ビオラが頑張っている間に、俺は俺のするべきことをしておこう。
 無事に戻ってきた時に、驚きと、満面の笑顔を見られるように。
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