銀の魔眼は楽園を夢見る

黄舞

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第8話【素材細工鍛冶師ノーラ】

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 バジリスク討伐、そしてテレサたちに才能の具体的な育て方のレクチャーを終えたミトラたちは拠点である冒険者都市マーベラスに向かっていた。
 緊急だと判断し大枚をはたいて天馬を利用した甲斐あって、人的被害はなかったが、さすがに帰りまで利用することはできない。

 広大なリア大草原をひたすらに徒歩で歩いていた。
 正確に言うと、ミトラの補助魔法で身体能力を強化された上で走っているので、下手な馬車よりも速い。

 このペースで行けば、徒歩で一週間ほどかかる道のりを、三日程度で終えることができそうだ。
 しかし見渡す限りに背の低い草、たまに生える短い木しかないリア草原を走るだけでは空きが回る。

 ジルバが思い付きで言った言葉が、そもそもの発端だった。

「あー。さすがにこう、何にもない、変わり映えのしない景色が続くと飽きるなぁ」
「なんだ、ジルバ。だらしないぞ」

 ジルバに独り言に反応してしまったククルも全く悪くない、とはいえない。
 口とは裏腹に、ククルもまた飽きていたのだから。

「しかし、魔物も出ない。それじゃあ身体も鈍るぜ? お、そうだ。ククル。ひとつ賭けをしないか?」
「賭けだと? どういうことだ?」

 いい事を思いついたとにやけ顔のジルバに、ククルも興味を寄せた返事をする。

「次の休憩の時によ。どっちが上か、試してみようぜ。別に何か賭ける訳じゃなくてもいい。勝ち負けだ」
「詳しく話を聞こうじゃないか」

「ククルは自分の一番重い攻撃を俺に繰り出す。もちろん魔法剣を使っていい。それを俺は受ける。俺もスキルは使うぜ。それで、俺が動いたり攻撃を防ぎきれなかったらククルの勝ちだ。逆に受けきれたら俺の勝ち。勝負は一回。お互い全力だ」
「それはやるまでもないな。いくらなんでも私の勝ちだろう」

 ジルバの申し出にククルは鼻を鳴らす。
 ククルには【重力剣グラビティソード】という、魔法の力で剣の重みを極端に増やす技がある。

 素早く動く魔物には難しいが、当てさえすれば倒したばかりのバジリスクの体当たりよりも威力のある一撃を繰り出すことができた。
 いくらジルバでも、ミトラの補助魔法なしで受けきることはできないだろう、というのがククルの考えだった。

「なに二人で楽しそうにしてるの?」

 ジルバたちが話しているのを気付き、ミトラも興味を示す。
 運が悪いことにセトはこのパーティの中では最も体力に乏しく、話題に参加する余裕がなかった。

「お。ミトラ、あのな。実は――」
「何それ。面白そう! どうせなら俺がそれぞれ強化してあげるから、本当の全力でやろうよ!」

 ミトラもまだまだ若い少年だ。
 こういうどっちが強いか、というのに多大な興味を持つのは性格も一因としていたが。

 もしセトが聞いていたら、中止を勧めていただろう。
 セトが言えば少なくともミトラとジルバは止めていたに違いなかった。

「よーし。すぐに見たいから、ちょっと早いけど休憩しよう! ジラルドさんが用意してくれたご飯を食べたらね」
「おう! ふふん。ククルも後で言い訳するなよ? ミトラとの辛い修業の日々を過ごした年数は俺の方が遥かに長いってことを教えてやる」

「そっちこそ、何を言っても無駄だぞ? 結果が全てだからな」
「あはは。昔話で聞いたヤツみたいだね。最強の剣と最高の盾。打ち付けたらどちらが勝つかってやつ」

 ちょうど背の短い木が生えていて、木陰で一休みできる場所を見つけたのでそこで休憩をすることにした。
 運良く近くに川も流れていて飲水も確保できそうだ。

「ちょっと僕、水を組んでくるよ」
「うん。ありがとう」

 食事を終え、一息ついているところでセトが川へ水を汲みに行くと言い出した。
 適性などから考えるとジルバが適任のようにも思えるが、こういう細かいことにすぐに気が付き率先して行動するのがセトの良いところだ。

 セトが全員分の水袋を受け取り歩いて行くのを見届けると、ミトラがおもむろに言い出す。

「さぁ。今のうちにさっきの対決始めちゃおうか? 少し広いところに行った方がいいかな?」
「おう。そうだな。まぁ、ここ以外はどこも障害物なんてないけどな」

 三人は木の根元から離れた草原の上に立つ。
 ジルバは盾を真正面にかざし、踏ん張りが効くように腰を深く落とした。

「先に教えてやるけどな。【硬化】も【重化】も普段は攻撃が当たる瞬間しか使わない。動きが制限されるからな。だが今回は動く必要が無い。つまり全力でスキルが使えるってことだからな」

 それに対しククルは件を両手でしっかりと持ち、上段に構えた格好で魔力を練り上げている。

「何をしても無駄なものは無駄だ。せいぜい怪我をしないよう盾をしっかり持ってろよ?」

 ミトラは二人の要望に合わせて強化魔法を順にかけていく。

「うん。いいよ。今かけたのは効果を強めるために時間が短いから、できるだけ急いでね」

 ミトラの合図とともに、ククルが全力で練り上げた魔力をミスリルの剣に流し込んでいく。
 今回ククルは負けないようにと初めての試みまで行う周到さだ。

 使う魔法は二つ。
 【重力破グラビティショック】とミトラも使った【烈風爆ストームボム】の合わせ技だ。

 二種類の魔法を同時に使うというのはかなり集中力が必要で、実戦ではまだ使い物にならない。
 しかしジルバも言っているように今回は動かない的に当てればいいのだ。

 魔法剣を振るうだけでいいのなら、今のククルの練度でも十分に可能だった。
 ククルは魔力を上手く制御しながら、自分に伝わる剣の重みは変わらぬように、しかし一撃に伝わる重量は限りなく重くしていく。

「行くぞ!! 【重烈風剣グラビティ・ストームソード】!!」

 掛け声と共にククルの剣がジルバの盾に振り下ろされる。
 ぶつかった瞬間、圧縮された空気が破裂するように、剣から衝撃波が発生する。

 これを受けたジルバは思っていた以上の一撃に顔を歪めながらも、全身の筋肉を緊張させ必死で耐えた。
 【重化】により質量は既に足元が沈むほどの圧力を地面に生み出している。

 【硬化】のおかげで例え城壁を壊すような衝撃にも耐えられるほどの強度を得ている。
 重い一撃も、その後に発生した衝撃もどちらも下手な魔物よりも威力があったが、耐えきれると確信した。

 しかし耐えきることができなかった。
 ククルの剣と、ジルバの盾が。

「ああああああ!?」
「うわぁぁぁぁ!?」

 ミスリルは魔力親和性が一般的に手に入る鉱物の中では抜群に高いのだが、強度の点においては鍛えた鋼よりも低い。
 魔力のおかげである程度保護されているとはいえ、あまりの衝撃にミスリル製の剣は中ほどから真っ二つに折れた。

 一方、ジルバの持っている盾は強度を高めた鋼に、さまざまな魔法を受けても大丈夫なよう特殊な油が塗られているものだった。
 普段はジルバの技量により、上手く衝撃を受け流すように受けていたが、今回は真正面から受けきってしまった。

 特殊な加工はしてあるものの、あくまで一般的な鋼材である。
 あまりの衝撃に全面にヒビが発生し、そのままボロボロと崩れ落ちてしまった。

「なにやってるの!?」

 間が悪いことにちょうどその時、セトが水汲みから戻ってきた。
 折れた剣と粉々になった盾を持ち放心するククルとジルバは、セトの声に顔だけを向けた。

「いや……セト。これはね。なんというか……ほんとごめん」

 声を出すことすら困難な二人に変わって、青ざめた顔のミトラが謝罪の言葉を発する。
 この後三人が、セトに説教を食らったのは言うまでもない。



「こりゃまたえらい壊し方をしたな。直すのは無理だぞ?」

 冒険者都市マーベラスに戻ったミトラは、その足ですぐに馴染みの武器屋ザイツの元へ向かった。
 そして折れてしまったククルの剣を見せた結果、返って来たのが修理不可能という言葉だった。

「すまない……私が悪いんだ」

 今回は同席したククルが申し訳なさそうに呟く。

「まぁ。道具ってもんはいつか必ず壊れるんだ。そんなことでいちいち怒りゃあしねぇよ。それで、どうするんだ? 同じもん作るってなると結構かかるぞ?」

 結構かかると言うのは値段もそうだが、時間的にもということだ。
 ククルが使う魔法剣は、魔力親和性の高い素材を柄から剣先まで使ってることにより可能だ。

 そうでなければ素材自体が魔力に反発し破壊されるか、もしくは上手く伝わらず威力が半減してしまう。
 間に合わせでもいいから同じような武器を手に入れなければ、依頼を受けることもままならない。

 そうなれば早く実績を作ってクラン設立を目指したいミトラたちにとっては、嬉しいことではなかった。

「うーん。出来れば同等品とまではいかなくても、すぐに使えるものが欲しいな」
「そんなこと言ってもなぁ。嬢ちゃんがあれだろ? 最近話題の【魔法剣姫】ってやつ。魔力親和性が高いってのがなかなかなぁ」

 ザイツは髭の生えた顎を右手で撫でながら思案する。
 なかなかいい案が思いつかないようで、沈黙が続く。

「あー疲れた。父ちゃん、母ちゃんが飯だって。おや。お客さんかい? いらっしゃい」

 そこへ一人の少女が店の裏側から出てきた。
 ザイツ店は店舗に武器を作る工房と居住する部分が繋がっている構造だった。

「おう。ノーラ。ちょっと今立て込んでんだ。終わってから行くってあいつに伝えてくれ」
「あ! あんた。【魔法剣姫】って人だろ? かっこいいね、魔法剣! くぅ! あたしも負けてらんない!!」

 ノーラと呼ばれた少女は、栗色の髪の毛を無造作に伸ばし、頭にはオレンジ色も柄のついたバンダナを巻き、その上から鍛冶をする時に目を保護するゴーグルを乗せていた。
 腰には鍛冶で使う道具だろう工具がびっしりと詰まった革製のベルトを付けている。

 濃い灰色の瞳は、目の前にいるククルに羨望の眼差しを向けていた。
 どうやら彼女も父親同様の鍛冶師で、更にククルのことも聞きかじっているようだ。

「私のことを知ってくれているんだな。ありがとう」
「もちろん知ってるさ! 今まで誰も考えつかなかった魔法と剣の融合! そういうのだよ! 良いとこ取りってのはロマンだよね!」

 一人盛りあがってるノーラに、ククルは苦笑を返す。
 その間黙ってやり取りを見ていたミトラが口を開く。

 その瞳は銀色に変わっていた。

「ザイツ。娘さん? 見たところ、彼女も鍛冶を打つようだけど」
「ああ。自慢の娘だ。どうだ? 馬鹿みたいに可愛いだろう。坊主にだってやらんぞ?」

 ミトラの聞きたいことよりも、親バカを炸裂させるザイツに代わって、当のノーラが答える。

「そうさ! でもね。ただの鍛冶師じゃないよ! 鉱石を打つことしか脳のないただの鍛冶師じゃね。あたしは【素材細工鍛冶師】。魔物の素材を細工して武具を作る細工師と鍛冶師の良いとこ取りさ!」
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